14話:予兆
「ここが、今日から僕たちの城だ」
辺境都市の一等地にそびえ立つ、元貴族の別荘。
広大な庭園に、部屋数は三十を超える豪邸。
本来なら金貨1000枚はくだらない物件だが、僕の『Aランク(特務)』の権限と、ギルドマスターへの無言の圧力により、破格の値段で買い叩いた。
「……
リズが呆れたように天井を見上げる。
彼女の身なりは見違えていた。
ボロボロの布切れから、漆黒の軽鎧へ。
僕が買い与えた特注品だ。銀色の髪が黒に映え、その姿は美しい死神を連想させる。
「形から入るのも重要だ。それに、すぐに狭くなるさ」
僕たちは二人だけじゃない。
これから戦力を増やし、魔王軍に対抗するための軍団を作り上げる。ここは、その拠点だ。
「リズ、体の調子は?」
「……全快だ。溢れすぎて、制御が難しいほどに」
リズが庭の大岩に視線を向ける。
彼女が爪を一閃させた瞬間。
ザンッ。
音もなく、大岩が「三枚おろし」にされて崩れ落ちた。
魔法ではない。純粋な身体能力による斬撃。
【配下ステータス確認】
名前:リズ
Lv:40 → 45
装備:黒狼の戦装束(S級素材)
状態:魔力過剰適合
評価:単騎で城塞攻略が可能
「悪くない」
僕が頷くと、リズは尻尾を小さく振った。
忠誠心もステータスも、順調に育っている。
その時だった。
ズズズズズズッ……!!
突然、地面が低く唸った。
地震? いや、違う。
これは物理的な揺れではない。大気中の魔素が共鳴して震えているのだ。
「主、これは……!」
リズが耳を立て、南の方角を睨みつける。
獣の勘が警鐘を鳴らしているらしい。
「ああ。……嫌な空気だ」
僕の肌にも、ピリピリとした不快感が走る。
ただの魔物じゃない。
この都市の地下深く、あるいは遠方から、何かが「目覚めようとしている」気配。
バンッ!!
屋敷の扉が乱暴に叩かれた。
現れたのは、息を切らせたギルドマスターだ。
「ア、アレン様ッ! 大変です! 緊急事態が……!」
彼は顔面蒼白で、一枚の羊皮紙を突き出した。
「たった今、都市の魔力観測機が異常数値を検出しました! 『忘却の地下遺跡』の方角から、信じられない規模のエネルギー反応が!」
「……遺跡?」
僕が受けているSランク任務の場所だ。
まだ手付かずだったが、向こうから挨拶に来たというわけか。
「数値から予測される危険度は……『災害級』。この都市が……いや、この地方一帯が消し飛ぶレベルです!」
ギルドマスターの足が震えている。
都市の守備隊も、他の冒険者たちも、この「予兆」を感じ取ってパニックに陥っているのだろう。
だが。
「……ふっ」
僕の口から漏れたのは、乾いた笑いだった。
災害レベル?
都市が消し飛ぶ?
(それがどうした)
僕の脳裏には、あの日の地獄が焼き付いている。
魔法
「落ち着けよ。僕が行く」
「し、しかし……! 相手の正体も規模も不明なんですよ!?」
「だからこそだ」
僕は立ち上がり、腰の『王家の短剣』を撫でた。
リズが背後で無言に爪を立てる。主人の戦意を感じ取り、彼女の殺気も膨れ上がっている。
「デカい獲物なら、実入りもいいだろう?」
未知の脅威。
それは常人にとっては絶望だが、僕にとっては「莫大な経験値」と「レアアイテム」の塊にしか見えない。
「準備するぞ、リズ。稼ぎ時だ」
「帝国の意図」
窓の外、南の空が赤く染まり始めていた。
嵐が来る。
だが、その嵐の中心に立つのは、魔物ではない。
僕たちだ。
『クエスト更新:予兆の調査』
『推奨レベル:測定不能』
……ただ、一つだけ誤算があった。
この豪邸とリズの装備、そしてこれからの遠征準備。
僕の懐事情が、マズいことになっていることに、この時の僕はまだ気づいていなかった。




