プロローグ 平穏の崩壊
僕達は裕福とはいかなくても、それなりに楽しい生活をしていた。
朝起きて、畑を耕し、幼馴染のエマと笑い合い、夕暮れには家族と食卓を囲む。
ありふれた、けれど黄金のような日々。
「ねえ、アレン。明日も晴れるといいわね」
エマが花のような笑顔でそう言った時、僕は疑いもしなかった。
そ
この光景が死ぬまで続いて、平和な日々を過ごすと、この時まで本気で思っていたんだ。
――世界は、一瞬で裏返る。
ガギィィィィンッ!!
脳内に響いたことのないノイズが走った瞬間、空が裂けた。
赤黒い亀裂から降り注いだのは、雨ではない。
「絶望」という名の、殺戮者たちだった。
「グギャアアアアッ!」
「ヒギッ、た、助け――」
悲鳴。
肉が裂ける音。
血の鉄錆びた臭い。
燃え盛る炎の熱さ。
現実は不条理で、残酷だ。
ついさっきまで「明日」を語っていた村が、今はただの屠殺場に変わっている。
「ア……レ、ン……」
足元を見る。
僕の腕の中には、エマがいた。
腹部からは、赤黒い何かがとめどなく溢れ出している。
その瞳から、急速に光が失われていく。
「いやだ、エマ。死ぬな、死なないでくれ!」
回復魔法? 使えない。
薬草? 燃えてしまった。
僕には何もない。
ただ、冷たくなっていく一番大切な人の体温を、指の隙間から零れ落ちる命を感じることしかできない。
「
最期に彼女は僕を案じ、事切れた。
「あ、ああ……アアアアアアッ!!」
歯を食いしばり、眼の前の光景を目に焼き付ける。
燃える家。食い殺される父と母。弄ばれる村の人々。
そして、それを見て嘲笑う、黒い翼を生やした魔族たち。
僕の心の中で、何かが音を立てて砕け散った。
同時に、どす黒く、熱い溶岩のような感情が噴き出した。
『条件達成。感情エネルギーが臨界点を突破しました』
『固有スキル《復讐者》が覚醒します』
脳内に響く無機質な声。
だが、そんなものはどうでもいい。
僕の手の中にある幼なじみの亡骸。
そして無惨に殺された家族。
僕は、魔族を許さない。
神が許しても、世界が許しても、僕だけは絶対に許さない。
「殺す……殺してやる……!」
これは魔族への復讐だ。
僕から家族や幼なじみを奪った事、地獄で後悔させてやる。
一匹残らず、根絶やしにしてやる。
『目標設定:魔族の根絶』
『ステータス:全リミッター解除』
炎の中で僕は立ち上がった。
かつての心優しい少年は死んだ。
ここにいるのは、復讐という名の燃料だけで動く、ただの「怪物」だ。
ここから、僕の――勇者の復讐が始まる。




