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9話「慈悲の雫」

 盲目になりたい。


「懐かしいわ」


 辺り一面には白い羽と白い大きい鳥と赤い花びらが散乱している。自分の足元のたくさんの赤い花びらと白い羽を見て、殺しても殺してもキリがないのかと絶望感が私の心に襲う。


 終わりが、終わりが見えない。


 傷が新しいうちに慈悲の雫を一滴、自身に垂らす。一瞬滲みたが痛みの感覚がなくなる。そして,少しの幸福をもたらさせてくれる。体が脱力し、その場で座り込む。黒いロングワンピースとその下の白いロングスカートの裾が赤茶色く変色している。

 

「はぁ……」

 

 顔を曇り空に仰いだ。雲から射し込む僅かな光が眩しくて温かい。体がよろめいてしまうので刀を力強く地面に突き刺し、刀の柄を持って体を支えた。

 この慈悲の雫で天使や殺された人はこれより強くて楽になるのかと羨ましく、生きる事は傷だらけになることだと思った。腰のベルトの小さなポシェットの中の液剤の入った瓶を確認した。残り少なくなってきた。また作らねばならない。ポシェットの蓋をしめた。


 あの時、あの倒れていた兵士から力づくで殺して何もかも奪えば、またどこかへ行ける気がしたけど出来なかった。まだ、あの粗暴な女の肌と傷痕の感触がはっきりと思い出させる。

 

 いけない。思い出してはいけない。あの方があの場から去ることを許してくれたのだから。

 

 私は刀を支えにし、立ち上がった。弔いの湖の浜には白い羽が乱雑に風によって散らばっている。草木が横になるぐらいの強い逆風で前髪が煽られ少し息苦しい。頭を下に向け、握った刀を眺めた。


 まだまだ狩らねばならない。まだ足りない。

 根絶やしにしてやるとトリの死骸を踏み歩いて越えた。


 集落と教会の人に、目につかないように教会に戻った。湖の近くの教会には裏庭があり、すぐ森になっていて人通りがほぼない。人がいるとすれば庭の手入れや掃除用のバケツの水を捨てる人ぐらいか。

 あまり日の当たらない場所の教会の外壁の際に白いドクダミの花が咲いている。裏口の近くの物置部屋に入り、そこに用意した服に着替えをして、刀は汚れを落とし手入れをしてから薄暗い部屋の奥に隠した。次に斬るために斬れなくなるのは困る。

 教会の広間に出ると私は至ってなんの変哲のない僧侶として振る舞う。ここに祈りに来ている人達は私のしていることは私以外、誰も知らない。目の前にいる私はあなた達の信じているものを狩っているともしらずに。

 だけど、私はここにいる間はただの人でありたい。

 広間の香が鼻をくすぐり、煙は風に乗って開いた扉の方へ向かいながら、私を人の体を巻いていった。


「ビルギット、どこ行ってたの?」


 私の名前を呼んだのは両目の部分に包帯をしている黒髪のショートボブで、体型は痩せぎみで服装は綿性のいかにも病人が切るような寝巻き用のワンピースだった。

 

「お仕事で少しお出かけしてました」


 嘘は言ってはいない。


「今日やっとあなたの声が聞けたわ。心細くて仕方なかったよ」

 

 曇り空で薄暗くよくわかりにくかった。昼間すぎあたりのようだ。今日は時間が過ぎるのを早く感じる。


 「私はいつだってここにいますよ」

「ほらすぐ天使に連れていかれそうな事言ってる」


 エリカという盲目の娘はそういって広間のベンチに勢いよく座り込んだ。連れていかれそうなのはどっちだか。


「仕事って、前言ってた倒れてた人のこと?」

「関連はありますね」

「えー何その曇らせた言い方!」


 この調子でエリカは失明したのにも関わらず彼女は明るく振る舞っている。彼女なりの心配させないための振る舞い方なのだろう。


 「倒れていた方は無事回復して出発しましたよ」

「それは良かった!」

 

 エリカは静かに笑い、祈るように両手を合わせた。


 あの女に祈るのか。

 

 私は自分の後ろにある顔が蝋で覆われた女神像を見上げた。女神像の足元には祈りに来た人達がお供え物をしたり、焼香をしている。焼香の焼け焦げた臭いがまた鼻をくすぐった。今度は両目を奪われた娘の方に顔を向け私は聞いた。

 

「エリカはもし自分が信じていたものに裏切られていたことに気づいたらどうするの?」


 私はゆっくり喋った。エリカの両手は下げ、頭を下げた。


 「難しいね。だけど、信じていた事に否定はしたくないかな」


 盲目の娘は私を見上げるように顔を上げた。見上げたのは女神像の方かもしれない。

 

「意地悪ね」


 エリカの声は弱々しく小さくなった。

 決めた。狩りの続きをしよう。私はまた裏庭の入り口の方に向かって歩きだす。


「ねぇ! ビルギット、どこへ?」


 エリカは置いていかれまいと勢いよくベンチから立ち上がった。私は声をかけられたので立ち止まった。


 「お仕事の続きですよ」

 「私はいつだってここにいます。必ず戻って来ますから」


 香の煙がいつもより色濃く私の体を包み、そのままエリカを後にした。私はこの時だけはエリカの前から見えなくなった。

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