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12話「鳥の仮面」

 霧がかった景色に光が射す。


 雲がまだ厚く残っているが空が見える。地平線の方の空は紺から青紫へ、桃色から橙色と上を見れば段々と空の移り変わっている。私は静まり返った砦の前に立ち、胸に手を当て、それから腰の鞘に納めているミザリコードの柄を軽く触れ深呼吸をし、砦の前から立ち去った。


 ヴィクトリア隊長との待ち合わせは、砦の中ではなく、ここの少し離れた隠れた場所である。

 風は相変わらず強く、私の背中を押す。開けた草地は風から棚引かせそよぐ音がした。草地の鳥の鳴き声や虫の鳴き声もかき消すように。

 待ち合わせ場所は砦の少し離れた林の中の道に入り、林の中の道は木の枝の影で薄暗い。道を抜けるとそこには小さな木造の小屋があり、屋根にはところどころ草や苔が生えている。

 壁も朽ち始めているので当分誰も手がかけなかったのだろう。小屋の周りには白い花が所々咲いている。茂みには赤い木の実がついていて、鳥が啄んだような箇所があった。

 

 私は姉がいるかと辺りを見回し歩いた。さっそく小屋の扉を開け中を確認した。小屋の中は使い古された簡易な寝泊まりする家具一式があり、天井には蜘蛛の巣が張り獲物を待ち構えている蜘蛛だけで中には誰もいなかった。

 ジェーンは居るのかともう一度小屋の中を見回したがいない。古ぼけた木製の家具が薄闇の中にあるだけだった。

 

 そうだ、私が殺した。


「畜生!」


 咄嗟に後退りながら小屋から出た。扉を壊れるぐらいに勢いよく閉め、閉めた音が大きく夕暮れの空と林辺りに響く。


「もう少し静かに閉める事は出来ないのか」

 

 背後から嫌でも聞きなれた声が聞こえ、振り替えるとヴィクトリア隊長が腕組をしながら片足に体重をかけて立っていた。

 

「はぁ……はぁ……」


 私は気づくと息遣いが荒くなり、二の腕を押さえ上半身は丸まっていた。その様子を姉に見られたのが恥ずかしくなり姿勢を正した。ゆっくりと。

 

「……いないかと思ってたよ」

 

 私は眉を潜めながら言った。

 

「取ってきたか」

 

 私の姉である冷たい鳥の仮面の向こう側発した声音の第一声だった。姉は腕組みをしながら続ける。

 

「よくやった。それでどこに?」

 

 相変わらずだとため息をついた。

 

「白々しい」

 

 私は眉間に皺をよせ眉をひそめながら、手を胸に当てた。ヴィクトリアの視線が私の胸に突き刺す。

 

「帰りが想定より遅かったから、本当に心臓を取ってきたのかが懐疑でね」


 鉄仮面は空を仰ぎ、また私に視線を向ける。

 

「何せジナヴラ、あなたが帰ってくるまで18日間かかった」


 腕組みが緩み崩れ片手に腰を当てた。体重をかける方は変わらず銀の右足に体重をかけている。

 

「知ってる顔の……しかも友人に手をかける事に躊躇(ちゅうちょ)がない訳がないだろ……」

 

私は姉の仮面から夕暮れの空へと見上げた。空は紺色に移り変わっていく。また仮面へ視線を戻した。

 

「通りすがりの人に介抱してもらってね」

 

 冷たい鳥の仮面は軽く首をかしげた。この受け取れる仕草からしては逃げたと思っているだろう。当たり前だ。こんなの逃げたくなるに決まっている。

 

「それなら、あなたの介抱をした人へ礼をしなければならない」

「礼ならもうとっくにすませた」


 私はにやりと笑い、胸に当てた手で眉間に持っていき抑えた。深呼吸をし、息を深く吐く。腰の鞘からミザリコードを抜き、目の前に立つヴィクトリア隊長に差し出す。

 

「ほら、とっととやれよ」

 

 どうせ殺されるなら、自分で今まで使っていた物が良い。最後に私のわがままを通せられるのなら。

 ヴィクトリアは剣の柄を銀色に反射した手甲の手で掴もうとかざした。伸ばした手甲の右腕は肩まで銀色が続いている。銀の手は私の剣を差し出している方の手に触れた。私は思わず手を引きそうになったが柄を強く握り、姉の仮面に(ガン)つける。ヴィクトリアはゆっくりと私の手を撫でながら剣の柄を軽く握った。視線は剣から私の顔に移る。

 

「らしくない」

 

 そう言ってヴィクトリアは私の剣を離した。私は何で期待していたのだろうと、目を閉じ溜息をついて剣を持つ片手を下げた。

 

「わかってくれるとは思っていたんだけどね」

 

 私がまた目を開けると、ヴィクトリア隊長は静かにミゼリコードを構えて立っていた。剣の引き金を引き慈悲の雫は刃を伝い、薄暗い林の中のわずかな光を集めて反射している。私はそれを見て逆手に持っていたミゼリコードを構え直した。

 

「……気が変わったか」

「らしくないって言われたら、そうしてやろうってだけだよ」

 

 片手に持った剣の刃でヴィクトリアの胸に指した。刃とヴィクトリアの革の胸当てに針を刺す程度に当てた。それに対し動じずに銀の手で握り、金属同士のこすれる音が辺りに響く。

 ヴィクトリアは銀の片手で私の剣を勢いよく跳ね除けた。その反動で大きくよろめき後頭に倒れた。その時に持っていた剣も手放した。剣は林の方の茂みの前の地面に見事に突き刺さったのを横目で見たあと、見下ろしている姉が仁王立ちで私の顔を覗いている。私は姉と目が合ったような気がしたので捨て台詞を吐いた。

 

「薬たっぷりで頼むよ」

 

 私は意地になって鳥の仮面を見続けた。

 ヴィクトリアは黙ってミゼリコードの薬の入ったシリンダーの引き金を静かに強く引き、刃につたう慈悲の雫が地面を打つ音が聞こえる。ミゼリコードを両手に逆手に持ち、私の胸に当てる。

 服が冷たく張り付く感覚がする。剣を胸から浮かした後、勢いよく私の胸に突き刺した。胸あたりに鋭い痛みを感じ、少ししてから痛みを感じなくなった。残るのは冷たい異物感だけだった。見える景色がぼやけてきた。

これでジェーンの後を追える。

 姉は鳥の仮面を外した。仮面を外している所を見るのは数年ぶりだ。視界が強くぼやけているので顔がよくわからない。

 見えるのは剣の反射した光だけで私は静かに目を閉じた。 闇だけになり聞こえる音は草木同士こすれあう音と金属同士のこすれる音だけが聞こえ、その音も徐々に聞こえなくなり残るのは静寂になった。

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