忍びのハンゾウ、想いと願い
前作:「私は暗殺者、のち公爵令嬢は冒険に出る」を読むと尚良いかもしれません。
ワシは、チューブ国の忍びハンゾウ。ジパングー連合国にある忍びの里に生まれ戦乱の世を生き抜いてきた。当時は、まだジパングー将国と呼ばれておりショーグン家が治めていた。中小の8つの地域から成る国で各地をまとめていたダイミョー家を従えていたが、厳しい年貢の取り立てや飢饉により各地では戦乱が勃発していた。
若かりし頃、ダイミョー家の反乱からショーグン家の跡取りを助ける為に、この身に呪いを受けた。徐々に身体が弱っていくとても強力な呪いで寿命と合わせてもあと残り1年程の命。もう探し物も見つからないかも知れんと覚悟していた…。
そんな時、最後に面白いお嬢ちゃんと出会う。名はキュベレット、どう見ても他国の貴族で訳ありだろうと思った。
きっかけは、ある任務の帰りに多くの盗賊に襲われている豪華な馬車を見つけたことじゃ。商人か?と思ったが、倒れていく護衛たちを見て慌てて飛び込んだ結果、たまたま人助けをした。
(ムッ⁈何やつだ!)このワシが足音や気配を感じられない。恐ろしい程の手練れか、正面に見るまで気がつかなかった。
見たところ、女子で白銀の髪に蒼い目、少しつり目だが10代後半か20代前半の年頃。服装は見た事も無い格好じゃ。しかも傍らには、珍しい色をしたドラゴンの幼体も控えていた。
忍びに似ているが何処か違う。外から来ている外国の忍びか?しかも先程の動きから、多分暗殺に特化している。敵対していれば、このワシでさえ知らぬ間にやられておったわ。
「おじいちゃんも人助けですか?」
その言葉で我に帰る。ケガ人も多く商人からの依頼で護衛として共に町を目指す事になった。
その途中で聞けば、お嬢ちゃんは遠くオンジー王国の貴族で長年の婚約者から不義理な扱いを受けて冒険者になったらしい。
しかも、まさかの「冤罪で婚約破棄!」自由に生きるため、この機会に世界を旅してみようと思ったと言うが、考え方が面白い。
仮に、新しい婚約者を見つけて冤罪を晴らしてやるとかそう言った考えは無いらしい。なかなか挑戦的な娘じゃ。
そんな、お嬢ちゃんと一緒に行動することが増えた。任務終わりには、決まって団子を堪能し、毎回「お団子は、正義!」とよく分からない事も言っている。(まぁ、美味しければそれで良いが…。)
ワシが身に付けたイガ流は、情報収集や戦場での諜報・調略活動、破壊工作が主な任務だ。
中には戦闘に長けた者もおり「火の術」や護身や厄除けの「呪術」を得意としている者もいてショーグンやダイミョー、ハタモトなど多くの権力者に雇われていた。
その為、権力争いに巻き込まれた仲間は若くして任務で散っていく者も大勢いた。
名誉や出世など関係なく、雇い主とは「金銭でのやり取り」が多い。日銭を稼ぐ為に、色々な任務をこなした。場合によっては、仲間内で敵味方に別れることもあった。
お嬢ちゃんを見ていると、あの娘を思い出す。争いに巻き込まれて散った、クノイチのお咲。
幼馴染で黒髪に蒼目の忍びにしては、感情表現豊かな娘だった。何かと衝突しては同じ任務についていた。つり目で氷のような視線、花が綻ぶように笑うところにも惹きつけられた。
クノイチには珍しく「桜花と小桜」という小太刀を器用に二刀使う。共に刀身が薄い桃色に煌めく片刃の刀で、刃渡りは短めだが、とても頑丈で切れ味は鋭い。
この小太刀を使い花びらが舞うように、目を眩まし、身を隠し、敵を刺す「花吹雪の術」が得意だった。
お嬢ちゃんが使う「凍結の短剣」や氷魔法も何となく似ているような気がする。
ふと、あの時代の事を考える。
とても時期が悪かった。ショーグンの実権を奪うためのダイミョーの反乱に巻き込まれた争い。多くの者が散っていった。イガ流の忍び同士でも戦い、少なくない仲間の裏切りもあった。
その少し前に円満に抜け忍となったお咲から、私の代わりに「ハンゾウを守ってくれるように」と桜花を託される。当時22歳で目出度くハタモトの嫡男と縁を結び夫婦になる予定だった‥。幸せになってほしかった‥。
しかし、よこしまな思いをもっていた、あの裏切り者によってその幸せは奪われた。
ワシは、あの時少し離れた別な場所で戦っていた。全てが終わった頃、その知らせを受けて何度も何度も悔いていた。
その後、「ジパングー将国」は、ショーグン家が亡命し「ジパングー連合国」へと姿を変えていった。現在は、中小の8つの国から成る各国をダイミョーと呼ばれる権力者達が治めている。
あれから、お嬢ちゃんやブリザードドラゴンの「ブリちゃん」と一緒に行動していると新しい発見が何度もある。忍びと似た術を使う上に、土いじりが好きで薬草に詳しく外国の魔法も使う。
特に、料理は食べた事もない味ばかり、さらに美味いとくれば胃袋を掴まれそうで怖ささえある。
ショーグンに仕えていた隠密集団「オニワバン」か?と思う程に多才である。
そう言えば、追っ手からショーグンを守っていたオニワバンで黒髪蒼目の坊主は生きているじゃろうか?まだ幼かったが「青い炎」と二刀を使う当代きっての天才じゃった。
ワシに残された時間もあと僅か…。あの頃の想いや生きてきた意味、新しい発見をくれるお嬢ちゃんに冒険に役立つ何かを残してやりたい。
そうじゃ、イガ流の「秘伝書と桜花」を託そう。お嬢ちゃんなら悪いようにはしないじゃろう。秘伝書の最後には、直筆で冒険に役立てて欲しいと書いておく。
願わくば、「クナイ」と呼ばれる暗器を空中に浮かべ自由自在に操って攻撃する奥義「華の舞」を身につけて欲しい。これがオススメとも記しておく。
これぐらいのワガママはいいじゃろう。最後を看取ってくれるお礼だと言えば受け取ってくれるじゃろう。ブリちゃんには、「成長を助ける丸薬」とお肉じゃな…。
心残りは、小桜。お咲の愛刀で桜花と二刀一対の小太刀。いくら探しても見つからない。ワシは、いつの日か桜花と小桜が再び出会えるように願っている。
しかし長年、探しているがあの裏切り者が見つからない。悔しいが時間がない、受けた呪いとは別に命の灯火が限界に向かっておる。
最後に、お嬢ちゃんからある国の呪詛返しの話を聞く。他人を呪って殺そうとするならば、自身もその報いで殺されるという「人を呪わば棺桶二つ」非常に興味深い。
もしかしたら、呪いを受けた経験とワシの最後を振り絞れば、護身や厄除けの応用で「その呪詛返し」が使えるかも知れん‥。本当にお嬢ちゃん達と出会えて幸運じゃった。
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ある朝、穏やかに眠る様にハンゾウは亡くなった。
最後を看取ったキュベレットとブリちゃんは、別れに涙し、悲しみに浸りながらその夜もほとんどご飯を食べれなかった。
時を同じくして、他国のダイミョー家では隠居していた元筆頭家老が誰にも気づかれず苦悶の表情で亡くなっていた。周りが異変に気づいたのは、3日後のことだった…。