1. From: across
教室は登校してくる生徒で徐々に騒がしくなってきていた。
眠たげに挨拶しながら入ってくる者、仲の良い友人同士で談笑する者、机に突っ伏している者もいれば、窓際の席で頬杖をつき意味もなく外を眺める自分もまたこの日常風景に溶けこんでいる。
俺は焦点の合わない視線を校舎の下に滑らす、ちょうど数人の男女が校門を通過したところだった。
『数人の男女』では誤解があるかもしれん。正確には1人の男子と数人の女子、だろうか。
しかし・・・朝からなんと言うか、なんとも言えない光景である。
学校でも指折りの美少女達が、どこのモデルか俳優かと見紛うばかりの美男子の腕やら腰やらを奪い合っている、というのは。
見る分には非常に絵になるのだが周囲の人間は居たたまれないのだろう、近くにいた男子生徒などは視線を地面に固定してそそくさと玄関に入っていく。
その哀愁漂う背中に俺は心の中でエールを送った。
教室に入ってきた者に女子の空気がにわかに色めきたち、男子の澱んだ溜め息が床を這い回る錯覚がした。そいつはドアを後ろ手に閉めるとこちらに歩み寄り声をかけてくる。
「おはよう、今日も早いね」
やや疲れを含んだトーンだった。
「重役出勤御苦労、ハ○太郎」
「・・・何その一時期流行った某愛玩動物アニメの主人公みたいなあだ名」
言いながら窓際の後ろから2番目の机・・・つまりは俺の前の席に腰掛ける。
「気にするな。それより朝から相当お疲れの様子だな」
「うん、なんか今朝変な夢見て。よく覚えてないんだけど・・・」
俺の皮肉には気付かずよくわからない近況報告をする男の制服には何者かに揉みくちゃにされた痕跡があった。
獅子堂真也
付き合いは3年目になる。
しかし、正直何故俺がこんな男と友人をやっているのだろうかと思う。
血の半分は外国からきてるらしく自然に煌めく金糸の髪、甘いマスクを際立たせる碧眼、180cmはある引き締まった体躯。
本人は知らんだろうがその出で立ちから女子生徒の間では『王子』などと呼ばれている。(かなり本気でそう呼ぶ者もいるらしい)
成績優秀で全国模試で順位一桁になったことがあるとかないとか。
スポーツ万能で体育の授業にバスケが選択された際、嫉妬に燃えるバスケ部員と対等に渡り合い、最後は華麗にダンクを決めるとか。
更に所属するサッカー部では1年生のかなり早い時期でレギュラーに抜擢されチームを全国大会に引っ張り上げたとか。
これだけ完璧超人やっていながら態度も嫌味なところがなく、むしろ紳士的なのだから異性から好意を寄せられるのは自然な流れである。
それに対して俺は教室の置物。
身長こそそれなりに高い方だが運動も勉強も並、冴えないクラスメイトという評価が妥当だろう。
空気のような存在、というかむしろ空気そのものだと自負している俺と何故王子がつるむのか周りも首を傾げていたし、俺も不思議だった。
いつだったかそんな疑問を直接投げかけたことがあった。
その時の回答は要約すると、クラスの同姓で自然に接してくれたのが俺だけだっただから、という感じだったと思う。(もっと爽やかな言い回しだった気もするが)
成程確かに全校男子の大半に妬まれているような状況ではまともな男友達もできんのだろう。
そうこうしている内にハーレム人口が増えていくのは滑稽な話だが。と俺は半ば部外者気分で観察していた。
「夢、ね・・・どんな?」
あまり聞きたくない気がするが一応続けさせる。
「いや、よく覚えていないんだ。ただ誰かに呼びかけられている感じがしたというか・・・」
「まぁ大概そんなものだろ、夢なんて。無理に思い出す必要はないと思うが」
その誰かというのは十中八九美少女なんだろうな。などと我ながらくだらん思考をめぐらせる。
「・・・そうだね。ごめん、朝から景気悪い顔見せて」
そう言うとようやく気分を切り替えたのか少し申し訳なさげに笑った。
付近の席の女子がその笑顔に悶絶している事には気付いてないのだろう。
「気にするな、ハ(ーレ)ム○郎」
会話を打ち切ったあたりで担任が入ってきた。
「きりーつ、れー」
学級委員がおざなりに終了の号令をかけると社会科教諭は気だるげに教室を這い出て行く。
帰り支度をしていると前の席から声をかけられた。
「じゃ、帰ろっか」
「?・・・部活はどうした」
こいつがサボりとは思えんが・・・。
「どうした、じゃないよ。再来週から定期テストじゃないか。ボケた?」
ボケていた。
「そうだったな。しかし、一緒に帰るのは構わんが彼女たちはいいのか?」
こいつの放課後が空いているとなればハレム住人たちが見逃すとは思えんのだが・・・。
「埋め合わせに勉強会をするっていう条件でね、今日は別ってことになったんだ」
こいつの周りに集まる女子は容姿がいいだけではない。
一癖も二癖もあるが性格においても美人が揃うらしく、都合が悪ければちゃんと引いてくれる者ばかりだという。
「そうか、じゃ帰るか」
言ってから立ち上がり、俺たちは教室を出た。
「あのさ、朝もした話なんだけど・・・」
「ん、どうした」
夕暮れの街角、誰もが家路に着きはじめる時間帯。
こいつと共に下校するのは久しぶりである。
いつも何かと忙しく、放課後は部長として周りをまとめながらも自らの練習にも精を出すサッカー部エース。一方、用事など滅多にない帰宅部3年目。学校以外の場所ではほとんど関わりもなかった。
しかし朝の話か、そこはかとなく面倒な予感がするが・・・。
「今朝見た夢が思い出せなくて気になるって言ったよね」
「言ったな」
「えと、内容、思い出したかもしれないんだ」
やけに歯切れが悪い。
「良かったな。で、内容ってのは?」
「なんか真っ白というか、真っ黒というか・・・何も見えない場所なんだけど声が聞こえて、しばらくずっとそのまま聞いてるだけで、気が付いたら目が覚めていたんだ」
「それなら今朝した話と同じだろう、誰かに呼ばれただなんだって・・・」
「うん、そうなんだけど、その声さ
今も聞こえるんだよね」
一瞬、微かな違和感を感じた。
こいつの話にではない。今の話には大きな違和感がある。
俺が現在、この小さな路地で拾うことのできる話し声は俺たちの2人分だ。
こいつが聞いている声とは俺たち以外のものを指しているのだろう。
それは分かりやすい不自然だ。
そうではなくもっと、どうでもいいような、気に留めるほどのことでもない不自然があった気がするのだが・・・。
まぁ、いいか。
「気にするな。空耳くらい、よくある」
俺も気にしないことにする。
「・・・いや、結構、大分、はっきり『そこを動くな』って聞こえ始めてるんだけど」
さて、さっさと帰るか。
「今日は早く帰ってゆっくり休め。疲れたんだろう?無理するな」
俺はそいつから気持ち距離を開けて歩き出そうとする。
「ちょ、待ってって!そんな哀しいものを見るような視線を向けないでよっ!」
ガッ
慌てて肩をつかまれる、その手から電流が伝い脳に直接叩き込まれた・・・・・声。こいつが例の呼び声だろうか。思考が白に侵され、視界が黒く染まる。瞬間-----
-----ヴンッ-----
-----友人の足元になにやら幾何学的な光の紋様が現れ、自分の意識が砂嵐に切り替わるような気がした。