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#9|文化祭、接近

 あれから数日経ち、バイトへの憂鬱な気持ちを抱えながら『MAD*IN(マッドイン)』のロッカー室を開けると、桃色のショートボブをした芦戸(あしど)さんの姿があった。


「え、芦戸(あしど)さん!?」


里玖(りく)ちゃんお疲れー。えへ、どお? 似合ってるかな?」


あざとさ全開で首を傾げる芦戸(あしど)さんは、ロングヘアでもショートヘアでも天使であることに変わりない。


「か、可愛いです」


「ふふ、ありがとー」


可愛さに悶えて口元を抑える僕をさらっと受け流す天使先輩は、やはり愛嬌でもメイドとしても天の上の存在なのだと再認識させられた。


「ロングのウィッグはもうしないんですか?」


「今日はお休みするだけ。ほら、不意打ちで髪型変えた方がみんな喜ぶし、お客さんもそれ目当てで来てくれたらお金になるしねー」


多分、本音は後者だろう。最後の方、鏡越しに見えた髪をとかす先輩の表情が、闇に覆われていた気がする。

 『MAD*IN(マッドイン)』は基本、業務の成績も給与の昇給に関わるため、心を犠牲にしながらでもお金の亡者になることは仕方ないのことだ。


「そういえば、そろそろ文化祭じゃない? 里玖(りく)ちゃんのクラスは何やるの?」


 もう、そんな時期か。

 きっと、クラスの出し物は文化祭準備で美術系を担当させられて、特に何の活躍もないまま文化祭を終えているんだろうか。


「あー、クラスのやつは明日決めるらしいですよ。部活では、美術部で絵を展示することが決まっているんで」


 そんなことを考えながら他人事のように話した途端、芦戸(あしど)さんは勢い良く振り返ると、僕にジリジリと歩み寄って来た。


「えー! 美術部なんだ! 里玖(りく)ちゃんの絵も見たいし、文化祭行ってもいい?」


心臓が、ギュンと締め付けられる。

首を傾げて上目遣いをする天使のお願いなんて、断られるわけがない。


「是非、来てください」


「やったあ」


 芦戸(あしど)さんは小さく両手でバンザイをしながら、再び鏡台の前に戻って行った。年上のはずなのに、なんだこの愛しさは。

 やはり、この先輩には勝てないと確信しながら、中途半端に首まで通したメイド服に腕を通し始めた。


里玖(りく)ちゃーん。俺も文化祭行くー」


「うわあっ!」


「げっ」


 声を上げた芦戸(あしど)さんに驚き、低い声のした方に目を向けると、この店のオーナー兼店長である従兄弟の(ひじり)が、入口に片肘を当てながらもたれかかっていた。スタイルが良い上にスーツを着ているせいで、長い脚に拍車がかかり、余計鼻につく。


(ひじり)は嫌だ。お前来たら厄介なんだよ」


「んだよ、可愛くねえな。可愛いけどー」


 僕が吐き捨てたところで、この金髪長髪野郎にはちっとも効くわけがないし、多分文化祭には絶対面白がって来やがる。しかし、『可愛くないのに可愛い』って何だ。

 すると、不貞腐れた僕の横でお茶を飲んでいた聖の元へ、芦戸(あしど)さんが駆け寄って来た。


「あの、聖さん」


「んあ、どうした尋乃」


 先輩は先ほどと打って変わり、気の詰めた表情で俯いている。何か相談でもあるだろうか。

 二人の邪魔にならないように、僕は静かに着替え続けることにした。


「えっと、今日の髪型変えてみたんですけど、どうですか?」


 顔を上げた芦戸(あしど)さんは、目を潤ませながら顔を赤らめる、僕の時とは全く違う上目遣いをしていた。

 視線は僕に向けられていないはずなのに、一瞬心が奪われてしまいそうになる。


「うーん、いいね。尋乃(ひろの)はいつも可愛いよ」


 (ひじり)は優しく頭を叩いて撫ぜた瞬間、先輩の顔は一気にピンク色に染まっていった。

 その姿は、まるで恋する乙女のようだ。


「あ! あ、ありがとうござ、います……」


「ふっ。よーし、今日も頑張ろーなー」


 メイド服を握り締め、消え入る声で呟いた芦戸(あしど)さんの声に小さく吹き出した(ひじり)は、何事もなく颯爽とロッカー室から出て行った。

 一部始終を見ていた僕からすると、葉介(ようすけ)の時とは違う、得体の知れないむず痒さを感じる。僕が鏡の前でウィッグを付け終わった後も、天使は火照った顔を緩ませて余韻に浸っている。

 その姿を無心で見つめていると、芦戸(あしど)さんは視線に気が付いてハッとした後、すぐに僕の腕を無理矢理掴んできた。


里玖(りく)ちゃんも! 早く行こっ!」


「うおっ、はい」


 ロッカー室から店内までさほど距離が無いのに、僕らは意味も無く走っていた。それは、芦戸(あしど)さんの行き場のない感情を紛らわすためであろうか。

 少しだけ、青春めいた先輩の姿が眩しく見えて、羨ましいと思ってしまった。

 

 ふと、芦戸(あしど)さんの髪型を、(ひじり)より先に僕が『可愛い』って伝えたはずじゃないかとは思ったが、それは言うだけ無駄だと思ったため、胸の奥に仕舞っておいた。





 翌日の五時間目、学級長の羽瀬悠季(はせ ゆうき)が教壇に立ち、僕達2年B組は『文化祭で何の出し物をするか』を決める話し合いをしていた。

 今年は僕達のクラスが、『当たり』と言われている『教室を使った飲食店』をすることになったおかげで、去年以上にみんなの気合が入っていることは間違いない。


「はいはーい! じゃあ何の店をやりたいのか、挙手制でどんどん言っちゃってー!」


 羽瀬(はせ)が指示を出した瞬間、クラスのあらゆるところから意見が飛び交う。

 僕は意見を言わずに最終投票にしっかり参加する派なため、この時間は黒板に増えていく文字を眺めるだけだ。


「焼き鳥とか焼きそば!」


「たこ焼きとか誰でも出来るじゃんね」


そのラインナップは、屋台あるあるだもんな。作り方も複雑じゃないし、メニューとしては無難だ。


「オムライスは?」


「ナンカレー屋!」


このタイミングでカレーかよ。しかも、カレーライスではなくて『ナン』カレー指定の意味があるのか。本人の趣味嗜好入りすぎだろうが。


「甘いものを良いよねー!」


「揚げオレオ!」


「クレープとかワッフルとか良くない?」


メイドカフェにアルバイトしていても、最近のスイーツとやらは中々把握できないため、そこは甘党にお任せしよう。




 しばらくして、案が出揃ったところで、気怠そうに聞いていた水瀬(みなせ)が手を挙げた。


「なあ、ただ店をやるだけじゃつまらねえだろ。テーマとかコンセプトが必要なんじゃねえか?」


「確かに……。(けい)ちゃんありがとっ! じゃあ、先にテーマを絞っちゃおう! これも挙手制でどんどん言っちゃってー!」


羽瀬(はせ)の言葉を合図に、再び教室が騒がしくなった。


「今まで出たメニューを見る限り、何でも通用するテーマの方が良いよね」


「ネタ系に走る?」


「でも俺らのクラスには、イケメン四銃士が居るんだぞ! 有効活用するべきだろ!」


多分、僕にとっての『陽キャ集団』のことだろうな。


「となったら、イケメンカフェとか?」


「安直すぎんだろ」


それは僕も同感。逆にやりづらくないか。


「まあ、○○カフェ系がいいよねー」


なんか、嫌な予感がする。


「動物カフェ! みんなケモ耳と尻尾をつけるの!」


「もうあのイケメン達を生かすなら、執事とかもアリ」


多分、そろそろ来るな。


「あ! じゃあ、メイド喫茶は!?」


 一人の女子の発言により、教室内が清々しいほどの静寂に包まれた。それと同時に、僕への視線が一点集中している。その目には気遣いを感じる者も居るが、大半は承諾する希望に満ち溢れている。


 メイド喫茶を提案した子には全く罪が無いのに、僕のせいで『憧れの出し物ランキングトップ3』にランクインするであろう定番モノをここまで腫れ物にさせてしまったと思うと、たまらなく申し訳なかった。

 しかし、もしメイド喫茶に決まってしまった場合、必然的にメイド姿を披露する事態になるはずなので嫌だ。反対に、ここで断ってしまったら場の空気を濁してしまい、憧れや希望をへし折ってしまう。

 そこまでして、僕は悪役にはなりなくは無い。よし、腹を括ろうか。


「いやー、僕は全然構わないし、むしろ言い案だと思うな。あはは」


本当は、嫌だけどね。


「本当!? じゃあ、一応案で出しておくね!」


 羽瀬(はせ)の底抜けに明るい声によって、場の空気に活気が戻り、案の最終投票をすることになった。


「じゃあ、目を瞑ってー」


僕は、辛うじてマシな『動物カフェ』に手を挙げたからな。耳とか尻尾なんて、僕が付けることはないだろうけど。


「目開けていいよー。投票の結果は……」


 心臓が、ドクドクと鳴り響く。あの空気になったなら、メイドカフェは回避しているはずだ。それだけで、僕は救われるのだ。

 固唾を飲んで、黒板を見つめる。


「じゃーん! ——メイドカフェに決定でーす!」


 発表と同時に、文字の上に付けられてた赤い花丸を呆然と見つめる。

 嘘だ。そこまでして、みんなやりたかったのか。絶望からか、落胆からか、僕は机の上でうなだれてしまった。


「イケメンのメイド見れるのかー!」


来宮(きのみや)の本物もあるぞー」


「そうじゃん! よろしくな、来宮(きのみや)!」


「……うん」


 クラスメイトに前向きな言葉を掛けられて「取り消したい」とは言える訳もなく、力ない笑顔を見せるしかなかった。




 それから、残りの時間は自習にするということで、担任の先生は職員室に戻って行ってしまった。

 教室が再び騒がしくなる中、僕は絵を描こうと筆箱を取り出した瞬間、机の上に陰が覆いかぶる。


「おい、来い」


 それは、水瀬慧都(みなせ けいと)だった。

 顔を上げると、無理矢理腕を引っ張り上げられ、教室の外へ連れて行かされてしまった。 


 僕はこれから、脅迫か又は説教か、はたまた暴論を吐かれてしまうのではないかという恐怖に怯えながら、重い足取りで歩いていた。

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