表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

#8|→友情の緑

 先ほど三人で話していた廊下から移動し、八島(はしま)と空き教室の壁に寄りかかって座り込んでいた。厳重にドアも締め切るほど、誰にも知られたくないことなのだろうか。


「あのさ、来宮(きのみや)なら良いかなと思って」


「何が?」


八島(はしま)は『MAD*IN』に来た日のように、モジモジしながら顔を赤らめている。


「俺さ、この前一人でメイドカフェに来ただろ?」


「うん」


 実は、密かに気になっていたのだ。あの爽やかイケメンがメイドに会いに来る理由が良く分からなかったのだ。


「その理由ってのがさ——」


 それにしても、理由って何だろうか。妹が居るとか、彼女が働いているとか、はたまた母親か。妹ならそこまで隠す必要もないだろうし、一番信憑性が高いのはメイドが母親説か。それなら誰にもバレたくないだろう。

 しかし、『八島(はしま)』という人を聞いたことも無ければ、わざわざメイド姿の母親なんかに会いに行くか? 

 悶々と思考を巡らせながら、勇気を振り絞ろうとする八島(はしま)をじっと見つめる。



「実は俺、『おとこのこ』が大好きなんだ。可愛い服を着た、男の子」


「……は? おとこの、こ?」


 聞き慣れない言葉に、脳がフリーズした。『おとこのこ』、『男のこ』、『男の()』か。

 『MAD*IN』で言うと、芦戸(あしど)さんや僕みたいな女装メイドみたいなもんか、と納得する。


「それで、どうしてうちのメイドカフェに来たの?」


 僕が質問した瞬間、八島(はしま)は一気に目をキラキラさせながら、勢い良く振り返ってきた。うわ、興奮して鼻息が荒くなってる。そんな姿、他の人には見せられないよな。


「SNSで見つけた『尋乃(ひろの)ちゃん』って子に一目惚れしてさ、ほらこの子」


 八島(はしま)はスマートフォンを取り出し、僕に押し付けてきた写真には、鏡越しに撮ったメイド服仕様の芦戸(あしど)さんの姿が写っていた。

 ちなみに、その写真と共に『この日、出勤します』という一言コメントと日時が添えられている。きっと、この人は投稿のスクリーンショットでもしたのだろう。


「ほら、この写真も可愛いんだよ!」


 カメラロールをスクロールしながら再び見せつけられた写真には、セーラー服を着ている尋乃(ひろの)さんがいた。メイドの時とは違い黒髪ボブのウィッグを被っているため、真由(まゆ)と雰囲気の似た清楚系女子に見える。


「どこの店か沢山探したら、まさか最寄りのメイドカフェにあんな天使が居るなんて思わないだろ!」


「お、おう」


興奮の余り声が大きくなった八島(はしま)に驚き、言葉を詰まらせてしまう。


「あ、ごめん! やっぱ引いたでしょ」


僕の反応を見てショックを受けたようで、爽やかさを捨てた八島(はしま)は縮こまってしまった。

 別に趣味に対して引いたわけではないのに、変に誤解を招いてしまったのかもしれない。


「うん、引いた。八島(はしま)の勢いに」


「え?」


 僕の回答に呆気に取られた八島(はしま)は予想以上に間抜けな顔をしていたせいで、思わず小さく笑みが漏れた。


八島(はしま)の趣味なんて、別に悪いことじゃないでしょ。僕なんて女装している身だから、むしろ親近感湧いたし。ほら、八島(はしま)って爽やかすぎてモテまくってるから」


「俺なんか爽やかじゃないって。そんなこと誰が言ってんだよ」


 八島(はしま)は如何にも、身に覚えがありませんと言うように笑いながら手を振っているが、こちとらあなたが女子に呼び出されている場面を何回も見ているんだぞ。

 しかも、この爽やか君は天然でこの対応をしているため、憎めない挙句、圧倒的にたちが悪い。


「でも、来宮(きのみや)に話して良かった。思春期の男子なんかに言ったら、(いじ)られるに決まってる」


「それはそうだね。僕も実感してる最中だし」


 照れと安心を含んで笑った八島(はしま)を見ると、こんな陽の人間でも抱えているものがあるのだと思ってしまった。

 その瞬間、僕と八島(はしま)がヒエラルキーの上下関係もない、同列にいる人間のように見えた。

 人間関係をまともに持ったことのない僕に、八島(はしま)は重大な秘密を打ち明けてくれたんだ。僕も本音で打ち明けた方が、おあいこになるのではないのか。


「じゃあ僕も言うけど、本当は八島(はしま)を入れた四人グループが苦手なんだわ」


「マジで!? 何が嫌なの!?」


僅かに勇気を出して打ち明けると、心外だという顔をされた。その反応で、お前が嫌な奴ではないことが証明されている気がするよ。


「僕自身の問題なんだけど、ちょっと近寄りがたくて怖いんだよね。なんか悪口言われてそうで」


「そんなこと言ってないんだけどなー」


八島(はしま)は、困ったようで頭を掻いている。

 あの四人各々に圧があるなんて言ったら更に悩ませそうだと思ったため、これ以上は口を噤んだ。


「でも、知らなかったわ。来宮(きのみや)以外にもそういう人いんのかな」


「さあ? それは無いんじゃない?」


「そっか」


このクラスに、僕以上の陰の人間は居ないし。学級長の羽瀬(はせ)のおかげもあって、クラスメイトは仲いいのだ。


「あのさ」


「ん?」


八島(はしま)が僕に向き合い直して、肩を掴んできた。


「——里玖(りく)って呼んでいい? 俺のことも葉介(ようすけ)って呼んでよ」


まさかの、名前呼び。今まで苗字+君で呼んでいた僕にとっては、ハードルが高い。

 しかし、あの八島(はしま)が、僕という人間に歩み寄ってくれているのだ。


「分かった、葉介(ようすけ)


 本音を打ち明ける時以上に勇気を振り絞って見ると、葉介(ようすけ)は今日一番爽やかに笑いかけていた。


「ははっ。なんか(かゆ)いな」


「ふっ、そうだね」


 僕もつられてむず痒くなり、座っていた膝元に顔を(うず)める。

 恋とは違う、初めて知ったこの妙な感覚が、胸に沁みついて離れなかった。





「おー、長かったね」


 葉介(ようすけ)と別れて美術室に戻ると、絵を描き続けていた真由(まゆ)は僕を見かけるなり声を掛けた。


「うん。ちょっと話しこんじゃって」


僕も元の席に腰掛けて、再びキャンパスと向き合う。


「でも、さっきより顔が明るくなったよ」


「え、そんなに暗かった?」


心外だという表情の僕を見つめながら、真由(まゆ)はニヤニヤしていた。


「何かあったのかなーとか思ってたけど、聞いたところで里玖(りく)が言う訳ないじゃん」


 少しいじけて話した親友は、結構僕のことを理解(わか)ってくれているのだとハッとさせらせた。案外友達を頼ってみても、いいのかもしれないな。


「今度からなるべく、真由(まゆ)を頼るよ」


「ふふ、なにそれ」


 僕らは笑い合いながら、目の前に広がる色彩に筆を進めた。

面白かったら、評価やコメントなどよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ