#8|→友情の緑
先ほど三人で話していた廊下から移動し、八島と空き教室の壁に寄りかかって座り込んでいた。厳重にドアも締め切るほど、誰にも知られたくないことなのだろうか。
「あのさ、来宮なら良いかなと思って」
「何が?」
八島は『MAD*IN』に来た日のように、モジモジしながら顔を赤らめている。
「俺さ、この前一人でメイドカフェに来ただろ?」
「うん」
実は、密かに気になっていたのだ。あの爽やかイケメンがメイドに会いに来る理由が良く分からなかったのだ。
「その理由ってのがさ——」
それにしても、理由って何だろうか。妹が居るとか、彼女が働いているとか、はたまた母親か。妹ならそこまで隠す必要もないだろうし、一番信憑性が高いのはメイドが母親説か。それなら誰にもバレたくないだろう。
しかし、『八島』という人を聞いたことも無ければ、わざわざメイド姿の母親なんかに会いに行くか?
悶々と思考を巡らせながら、勇気を振り絞ろうとする八島をじっと見つめる。
「実は俺、『おとこのこ』が大好きなんだ。可愛い服を着た、男の子」
「……は? おとこの、こ?」
聞き慣れない言葉に、脳がフリーズした。『おとこのこ』、『男のこ』、『男の娘』か。
『MAD*IN』で言うと、芦戸さんや僕みたいな女装メイドみたいなもんか、と納得する。
「それで、どうしてうちのメイドカフェに来たの?」
僕が質問した瞬間、八島は一気に目をキラキラさせながら、勢い良く振り返ってきた。うわ、興奮して鼻息が荒くなってる。そんな姿、他の人には見せられないよな。
「SNSで見つけた『尋乃ちゃん』って子に一目惚れしてさ、ほらこの子」
八島はスマートフォンを取り出し、僕に押し付けてきた写真には、鏡越しに撮ったメイド服仕様の芦戸さんの姿が写っていた。
ちなみに、その写真と共に『この日、出勤します』という一言コメントと日時が添えられている。きっと、この人は投稿のスクリーンショットでもしたのだろう。
「ほら、この写真も可愛いんだよ!」
カメラロールをスクロールしながら再び見せつけられた写真には、セーラー服を着ている尋乃さんがいた。メイドの時とは違い黒髪ボブのウィッグを被っているため、真由と雰囲気の似た清楚系女子に見える。
「どこの店か沢山探したら、まさか最寄りのメイドカフェにあんな天使が居るなんて思わないだろ!」
「お、おう」
興奮の余り声が大きくなった八島に驚き、言葉を詰まらせてしまう。
「あ、ごめん! やっぱ引いたでしょ」
僕の反応を見てショックを受けたようで、爽やかさを捨てた八島は縮こまってしまった。
別に趣味に対して引いたわけではないのに、変に誤解を招いてしまったのかもしれない。
「うん、引いた。八島の勢いに」
「え?」
僕の回答に呆気に取られた八島は予想以上に間抜けな顔をしていたせいで、思わず小さく笑みが漏れた。
「八島の趣味なんて、別に悪いことじゃないでしょ。僕なんて女装している身だから、むしろ親近感湧いたし。ほら、八島って爽やかすぎてモテまくってるから」
「俺なんか爽やかじゃないって。そんなこと誰が言ってんだよ」
八島は如何にも、身に覚えがありませんと言うように笑いながら手を振っているが、こちとらあなたが女子に呼び出されている場面を何回も見ているんだぞ。
しかも、この爽やか君は天然でこの対応をしているため、憎めない挙句、圧倒的にたちが悪い。
「でも、来宮に話して良かった。思春期の男子なんかに言ったら、弄られるに決まってる」
「それはそうだね。僕も実感してる最中だし」
照れと安心を含んで笑った八島を見ると、こんな陽の人間でも抱えているものがあるのだと思ってしまった。
その瞬間、僕と八島がヒエラルキーの上下関係もない、同列にいる人間のように見えた。
人間関係をまともに持ったことのない僕に、八島は重大な秘密を打ち明けてくれたんだ。僕も本音で打ち明けた方が、おあいこになるのではないのか。
「じゃあ僕も言うけど、本当は八島を入れた四人グループが苦手なんだわ」
「マジで!? 何が嫌なの!?」
僅かに勇気を出して打ち明けると、心外だという顔をされた。その反応で、お前が嫌な奴ではないことが証明されている気がするよ。
「僕自身の問題なんだけど、ちょっと近寄りがたくて怖いんだよね。なんか悪口言われてそうで」
「そんなこと言ってないんだけどなー」
八島は、困ったようで頭を掻いている。
あの四人各々に圧があるなんて言ったら更に悩ませそうだと思ったため、これ以上は口を噤んだ。
「でも、知らなかったわ。来宮以外にもそういう人いんのかな」
「さあ? それは無いんじゃない?」
「そっか」
このクラスに、僕以上の陰の人間は居ないし。学級長の羽瀬のおかげもあって、クラスメイトは仲いいのだ。
「あのさ」
「ん?」
八島が僕に向き合い直して、肩を掴んできた。
「——里玖って呼んでいい? 俺のことも葉介って呼んでよ」
まさかの、名前呼び。今まで苗字+君で呼んでいた僕にとっては、ハードルが高い。
しかし、あの八島が、僕という人間に歩み寄ってくれているのだ。
「分かった、葉介」
本音を打ち明ける時以上に勇気を振り絞って見ると、葉介は今日一番爽やかに笑いかけていた。
「ははっ。なんか痒いな」
「ふっ、そうだね」
僕もつられてむず痒くなり、座っていた膝元に顔を埋める。
恋とは違う、初めて知ったこの妙な感覚が、胸に沁みついて離れなかった。
「おー、長かったね」
葉介と別れて美術室に戻ると、絵を描き続けていた真由は僕を見かけるなり声を掛けた。
「うん。ちょっと話しこんじゃって」
僕も元の席に腰掛けて、再びキャンパスと向き合う。
「でも、さっきより顔が明るくなったよ」
「え、そんなに暗かった?」
心外だという表情の僕を見つめながら、真由はニヤニヤしていた。
「何かあったのかなーとか思ってたけど、聞いたところで里玖が言う訳ないじゃん」
少しいじけて話した親友は、結構僕のことを理解ってくれているのだとハッとさせらせた。案外友達を頼ってみても、いいのかもしれないな。
「今度からなるべく、真由を頼るよ」
「ふふ、なにそれ」
僕らは笑い合いながら、目の前に広がる色彩に筆を進めた。
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