#7|優しい懸念→
放課後、羽瀬悠季を除いた『陽キャ集団』三人の煮え切らない表情に後ろ髪を引かれる思いで、僕は美術室でキャンパスに絵を描いていた。
「里玖、最近何かあった?」
「え、何で?」
僕の隣で筆を動かしながら、美術室の副部長かつ僕の唯一の友人である倉敷真由が声を掛けてくる。窓から射す夕日が、彼女の白い肌と、胸まで下ろした艶のある黒髪に反射して眩しい。
「んー、最近クラスメイトと話してるのを見かけたから? いつも一人で居たのに」
「一言余計だわ。まあ、色々あったんだよ」
「へえ」
実は女装メイドのバイトをしていることがクラス中にバレた挙句、あの三人の表情が引っかかるなんてさらっと言える訳もない。適当に言葉を濁してみたが、真由は疑い深く僕を睨みつけた。絶対これは、納得してないな。
それでも僕は口を開くつもりも無いため、知らんふりをして絵に集中することにした。
「そういえば、里玖は文化祭用の作品進んでる? 実はあと一ヶ月くらいなんだよ」
「もうそんな時期か。どうせ、去年と同じで何点か展示するやつでしょ。コンクールも兼ねてるし結構進んでる」
僕らはキャンパスから目を逸らさず、筆を動かし続ける。
「ちなみに合作もあるから」
「は? 聞いてないんだけど」
驚きの余り、思わず真由に目を向けた。
「大丈夫。里玖はどうせ、私とだから」
「そーなん。ならいいや」
ドヤ顔をした副部長の言葉に安心して、僕は再びキャンパスを見つめた。
すると、突然真由に肩を叩かれる。
「ねえ。あの人達、里玖のこと待ってんじゃない?」
「え?」
指の差された方を見ると、美術室の入り口から水瀬慧都、八島葉介、入夜紫苑が覗いていた。美術部じゃなかったら、女子達がキャーキャー言ってるぞ。
僕と目が合った八島が、こちらへ手招きをしている。
何の用があるのかと思ったが、先ほどの三人の浮かない顔も気になっていたため、僕は重い腰を上げて入口へ向かった。
「ごめんね。美術室静かすぎるし、女子しか居ないから入りづらくてさ」
美術室から少し離れた廊下で立ち止まると、八島が申し訳なさそうに両手を合わせた。
「慧都、女子苦手だから」
「は? 紫苑お前、口塞ぐぞ」
たどたどしく話す入夜に、水瀬が犬のように威嚇する。こいつ、『俺が一番』という風に見せておいて弱点が女子なのか。
「まあまあ。本当はさ、メイドのこと秘密にしてたのに急にクラス中に広まっちゃったじゃん? それで慧都が来宮のこと気にしてたみたいで。僕も紫苑も来宮大丈夫かなって思ってたから、心配で部室まで来ちゃった」
「ケッ」
「あー、そうなんだ」
不貞腐れたような態度を取る水瀬を無視して、丁寧に事情を説明してくれた八島に相槌を打つ。
ガキ大将さんよ、お前が一番僕を心配してくれてるんだろ。優しくしてよ。
「来宮本人なの、さっき知った」
入夜は今まで、『僕の妹=メイドの人』だと信じ込んでいたのか。気付くの遅っそ。
水瀬はため息をつきながら頭を掻きむしると、呆れながら話し始めた。
「別に心配してるんじゃねえよ。ただ、この状況でいい気しない奴もいるだろ。だからイジメだって落ち込んでも、おかしくねえと思っただけだわ」
意外だった。結構、こいつも人のことを見て気を遣っているんだな。攻撃的な態度に反して、不器用な優しさのある人間なのだと驚いてしまった。
「それを心配っていうんじゃないの?」
「うっせえわ! 黙れ!」
僕も僅かに思っていたことを八島が容赦なく口にしたせいで、水瀬はまた顔を真っ赤にしながら威嚇した。
「でもさ——」
僕が言葉を発した途端、三人が一斉にこちらを見る。
「勿論、みんな弄ってくるけど別に悪口とかじゃないし、興味本位でメイドカフェのこと聞く人がほとんどだから落ち込むことは無いよ。ただ、たまにグイグイ来られすぎて不快に感じることはあるけどね」
「……そうかよ」
一通りは話し終えると、水瀬は目を逸らしながらボソッと呟き、八島と入夜は安心したようで穏やかに微笑んでいた。
「ありがとう、わざわざ」
「うん。良かった」
「慧都もホッとしてるってさ」
「ああ?」
感謝を伝えると、素直に受け取る者、誰かをからかう者、ツンツンしている者と各々の反応が個性的で、思わずふっと笑みが零れる。
「おい。もう用済んだなら俺帰るぞ」
水瀬は早速この場を去ろうとするが、お前から提案したんじゃないのか、という言葉は胸に留めておく。
「僕も。English Clubあるから」
入夜は英語の発音良すぎだろ。ていうか、部活の時間を割いてしまって申し訳ないな。
「うん。ありがとう」
二人の帰って行く背中を見送ると、スタスタ歩く水瀬の代わりに入夜が振り返りながら手を振ってくれた。
僕もそろそろ部室に戻ろうかと思った刹那、まだ帰っていない人が一名居たことに気付く。
「八島は帰んないの?」
声を掛けても、その場に立ったまま動く気配もない。
ただただ、いつもの爽やかフェイスからは想像できない深刻な顔で、僕をじっと見つめている。
「なあ、来宮。まだ時間、大丈夫か?」
何かを懇願するその瞳に、胸がギュッと締め付けられた。
僕の中の善意が働いたのか、直感で肯定する以外の選択肢が無かった。
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