表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/13

#5|また一人

 もう陽キャの奴らとは関わらないでおこう、と決心してから束の間。


 『陽キャ集団』の祈夜紫苑(いりや しおん)が、二人の見知らぬ男子と『MAD*IN』に来やがったのだ。この人、癖毛で前髪が思いくせに、制服の下にパーカー着てヘッドフォン付けている姿が絵になるの、陰の僕からしたら悔しいんだよな。

 ところで、僕は『陽キャ集団』にでも呪われているのか。こんなに続々と来るなんて、どう考えてもおかしいだろ。



「ご注文、お伺いします」


 しばらくして、僕が祈夜(いりや)達の席に着いても、祈夜(いりや)は決して僕の方を見ず、スマートフォンをずっと触っている。多分水瀬(みなせ)と同じように、付き添いで来たんだろうな。

 友人であろう人達の注文を受けて立ち去ろうとするが、それでも祈夜(いりや)はこちらを見ることは一切なかった。今日は、誰にもバレずに済むんだ、と心底安心していた。




 しばらくして、祈夜(いりや)達が会計を終える頃、僕は空いたテーブルを片付けていた。


「ちょっと待って」


会計をしたメイドが見送りをしようとした瞬間、あの祈夜(いりや)が口を開いたのだ。学校でも話しているのを見ないレベルで無口なのに。

 そして、僕の方に足音が近づいて来る。まさか、と思った瞬間、近くで足音が止まった。


「ねえ」


「はい、何でしょう」


僕は机から顔を上げると、祈夜(いりや)は無表情でこちらを見ている。


来宮里玖(きのみや りく)は、知ってるか」


「さあ? あ、あはは」


笑って誤魔化してもみても、祈夜(いりや)の表情が全く変わらない。

 数秒間、無言の時間が流れるが、何をしたいのだろうか。この人、学校でも無口だし、いつも何を考えているのか分からないんだよな。


「——お前、そいつの妹か?」


「は?」


急に何を言い出すんだ、と言いかけたが、祈夜(いりや)の顔が全く変わらない。もしかして、この人は天然なのか。

 そうなのだとしたら、これは僕にとって好都合に越したことはない。


「そ、そうなんだよね! そうそう!」


「ふ、だよな」


祈夜(いりや)は、少し笑った後、僕の答えに満足して帰って行った。

 その後ろ姿に、嘘をついてしまったという罪悪感が残る。しかし、これは僕の保身の為でもあると言い聞かせて気を紛らわしていた。




 次の日、自分の席に着くと、誰かに肩を控えめに叩かれる。振り返ると、そこには祈夜(いりや)が立っていた。

 相変わらず、周囲からの視線が痛い。すみませんね、僕のような陰の人間が話してしまって。


「お前、妹から聞いてないか?」


祈夜(いりや)は相変わらず、無表情のままだ。どうせ、昨日のことを聞いてくるのだろうと思ってたけど。


「聞いた聞いた。祈夜(いりや)君って人に会ったって」


あまり深堀されるのも困るため、僕は適当に言って流そうとした。


「あの、言い忘れてた」


「何が?」


言い淀んでいる祈夜(いりや)の顔を覗き込むと、急に僕から目線を逸らす。


「メイド、可愛かったって」


 そう呟く祈夜(いりや)の頬は、少しだけ火照っている。真実を知っている水瀬(みなせ)八島(はしま)が吹き出したのが見えて、僕はさらに居た堪れなくなる。


「つ、伝えとくよ……」


 僕は早くこの会話を終わらせたくて、適当な言葉を投げた。もう恥ずかしいし、妹なんて居ないし、他の人も笑っているし。

 このクラスで、僕の人権が本格的に消えた気がした。





 昼休み、教室で絵を描いていると、八島(はしま)に空き教室に連れて行かれた。


「なあ、あの二人にもバレたのか!?」


八島(はしま)は声を潜めて、僕の肩を揺らす。祈夜(いりや)が『妹』発言した時、笑っていた水瀬(みなせ)とは反対にハラハラしてたもんな。


「昨日店に来た男子集団の中に、祈夜(いりや)君が居たんだよ。僕の妹だと勘違いしてるからけど」


「俺が言えた事じゃないけど、気の毒だな。しかも可愛いって言ってたし」


おい八島(はしま)、最後モジモジして言うなよ。こっちまで気まずくなるだろうが。


「そもそも、高校生ってメイドカフェに行くもんなの? マジで来すぎだって」


腰に手を当ててため息交じりに俯くと、八島(はしま)は僕の頭をポンと優しく触った。


「俺はちゃんと秘密にするからさ、何かあったら相談してくれよ」


顔を上げると、八島(はしま)は爽やかに笑っている。この笑顔に何人の女子が倒れるんだろう、と不覚にも思ってしまった。


「おい葉介(ようすけ)。探したぞ」


 急に聞こえた声にハッとして振り返ると、水瀬(みなせ)が空き教室のドアに立ち尽くしていた。こんなこと、前にもあったな。


「最近、二人でこそこそすることが多いよね」


水瀬(みなせ)が僕を睨みつけながら近づいて来る。そうだ、こいつ僕のことが気に食わないんだった。

 わずかに恐怖を感じて口を噤んでいると、八島(はしま)が僕の前に立っていた。


「いや、実は俺が来宮(きのみや)のバイトのことを偶然知っちゃって、それで今、紫苑(しおん)にバレそうだからどうしようっていう話をしてたんだよ。ていうか、慧都(けいと)来宮(きのみや)のバイトのこと知ってるんだろ?」


「知ってるけどさ……」


八島(はしま)に言いくるめられて頭を掻いた水瀬(みなせ)は、八島(はしま)に隠れた僕にビシッと指を差す。


「言っておくけど、俺が最初に知ったんだからな! だから、俺がお前を弄る(いじ )権利があるんだからな!」


こいつ、ガキ大将すぎやしないか。


「いや、そんな権利無いけど」


「俺が良ければいいんだよ!」


 水瀬(みなせ)は僕の反論にも聞く耳を持たず、鼻をフンッと鳴らして帰って行った。高校二年生にしては、やっぱ傲慢すぎるよな。


 嵐のようなガキ大将に呆気に取られていると、八島(はしま)が失笑した。


「あっはは。ごめんね、あいつツンデレだからさ」


いや、ツンデレではなくないか。


 その後も何故か八島(はしま)は笑っていたが、何がそんなに面白いのか良く分からなかった。やっぱり、水瀬(みなせ)は怖いし、祈夜(いりや)には変な勘違いをされたままだし。


 なんか、また嫌な予感がしそうな気がするけど、僕は無理矢理目を瞑った。

面白かったら、評価やコメントなどよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ