#5|また一人
もう陽キャの奴らとは関わらないでおこう、と決心してから束の間。
『陽キャ集団』の祈夜紫苑が、二人の見知らぬ男子と『MAD*IN』に来やがったのだ。この人、癖毛で前髪が思いくせに、制服の下にパーカー着てヘッドフォン付けている姿が絵になるの、陰の僕からしたら悔しいんだよな。
ところで、僕は『陽キャ集団』にでも呪われているのか。こんなに続々と来るなんて、どう考えてもおかしいだろ。
「ご注文、お伺いします」
しばらくして、僕が祈夜達の席に着いても、祈夜は決して僕の方を見ず、スマートフォンをずっと触っている。多分水瀬と同じように、付き添いで来たんだろうな。
友人であろう人達の注文を受けて立ち去ろうとするが、それでも祈夜はこちらを見ることは一切なかった。今日は、誰にもバレずに済むんだ、と心底安心していた。
しばらくして、祈夜達が会計を終える頃、僕は空いたテーブルを片付けていた。
「ちょっと待って」
会計をしたメイドが見送りをしようとした瞬間、あの祈夜が口を開いたのだ。学校でも話しているのを見ないレベルで無口なのに。
そして、僕の方に足音が近づいて来る。まさか、と思った瞬間、近くで足音が止まった。
「ねえ」
「はい、何でしょう」
僕は机から顔を上げると、祈夜は無表情でこちらを見ている。
「来宮里玖は、知ってるか」
「さあ? あ、あはは」
笑って誤魔化してもみても、祈夜の表情が全く変わらない。
数秒間、無言の時間が流れるが、何をしたいのだろうか。この人、学校でも無口だし、いつも何を考えているのか分からないんだよな。
「——お前、そいつの妹か?」
「は?」
急に何を言い出すんだ、と言いかけたが、祈夜の顔が全く変わらない。もしかして、この人は天然なのか。
そうなのだとしたら、これは僕にとって好都合に越したことはない。
「そ、そうなんだよね! そうそう!」
「ふ、だよな」
祈夜は、少し笑った後、僕の答えに満足して帰って行った。
その後ろ姿に、嘘をついてしまったという罪悪感が残る。しかし、これは僕の保身の為でもあると言い聞かせて気を紛らわしていた。
次の日、自分の席に着くと、誰かに肩を控えめに叩かれる。振り返ると、そこには祈夜が立っていた。
相変わらず、周囲からの視線が痛い。すみませんね、僕のような陰の人間が話してしまって。
「お前、妹から聞いてないか?」
祈夜は相変わらず、無表情のままだ。どうせ、昨日のことを聞いてくるのだろうと思ってたけど。
「聞いた聞いた。祈夜君って人に会ったって」
あまり深堀されるのも困るため、僕は適当に言って流そうとした。
「あの、言い忘れてた」
「何が?」
言い淀んでいる祈夜の顔を覗き込むと、急に僕から目線を逸らす。
「メイド、可愛かったって」
そう呟く祈夜の頬は、少しだけ火照っている。真実を知っている水瀬と八島が吹き出したのが見えて、僕はさらに居た堪れなくなる。
「つ、伝えとくよ……」
僕は早くこの会話を終わらせたくて、適当な言葉を投げた。もう恥ずかしいし、妹なんて居ないし、他の人も笑っているし。
このクラスで、僕の人権が本格的に消えた気がした。
昼休み、教室で絵を描いていると、八島に空き教室に連れて行かれた。
「なあ、あの二人にもバレたのか!?」
八島は声を潜めて、僕の肩を揺らす。祈夜が『妹』発言した時、笑っていた水瀬とは反対にハラハラしてたもんな。
「昨日店に来た男子集団の中に、祈夜君が居たんだよ。僕の妹だと勘違いしてるからけど」
「俺が言えた事じゃないけど、気の毒だな。しかも可愛いって言ってたし」
おい八島、最後モジモジして言うなよ。こっちまで気まずくなるだろうが。
「そもそも、高校生ってメイドカフェに行くもんなの? マジで来すぎだって」
腰に手を当ててため息交じりに俯くと、八島は僕の頭をポンと優しく触った。
「俺はちゃんと秘密にするからさ、何かあったら相談してくれよ」
顔を上げると、八島は爽やかに笑っている。この笑顔に何人の女子が倒れるんだろう、と不覚にも思ってしまった。
「おい葉介。探したぞ」
急に聞こえた声にハッとして振り返ると、水瀬が空き教室のドアに立ち尽くしていた。こんなこと、前にもあったな。
「最近、二人でこそこそすることが多いよね」
水瀬が僕を睨みつけながら近づいて来る。そうだ、こいつ僕のことが気に食わないんだった。
わずかに恐怖を感じて口を噤んでいると、八島が僕の前に立っていた。
「いや、実は俺が来宮のバイトのことを偶然知っちゃって、それで今、紫苑にバレそうだからどうしようっていう話をしてたんだよ。ていうか、慧都も来宮のバイトのこと知ってるんだろ?」
「知ってるけどさ……」
八島に言いくるめられて頭を掻いた水瀬は、八島に隠れた僕にビシッと指を差す。
「言っておくけど、俺が最初に知ったんだからな! だから、俺がお前を弄る権利があるんだからな!」
こいつ、ガキ大将すぎやしないか。
「いや、そんな権利無いけど」
「俺が良ければいいんだよ!」
水瀬は僕の反論にも聞く耳を持たず、鼻をフンッと鳴らして帰って行った。高校二年生にしては、やっぱ傲慢すぎるよな。
嵐のようなガキ大将に呆気に取られていると、八島が失笑した。
「あっはは。ごめんね、あいつツンデレだからさ」
いや、ツンデレではなくないか。
その後も何故か八島は笑っていたが、何がそんなに面白いのか良く分からなかった。やっぱり、水瀬は怖いし、祈夜には変な勘違いをされたままだし。
なんか、また嫌な予感がしそうな気がするけど、僕は無理矢理目を瞑った。
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