表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

#4|もう一人

 次の日、『MAD*IN(マッドイン)』のロッカー室の扉を開けると、僕以外で唯一女装メイドをしている先輩の芦戸尋乃(あしど ひろの)が着替えの真っ最中だった。

 噂には聞いていたが、癖毛のある桃色の髪と白い肌に映える大きな黒目がウサギを彷彿(ほうふつ)とさせる。一言で表すと、とにかく可愛い。


「あ、おはよー」


芦戸(あしど)さんは柔らかい声色と共に笑顔を向ける。気のせいか、ロッカー室がいつもより甘くて良い匂いがする。 


「おはようございます。あっ、初めまして。来宮里玖(きのみや りく)です」


とりあえず僕は初対面として一礼すると、芦戸さんはふっと優しく微笑んだ。


芦戸尋乃(あしど ひろの)です。君が『里玖(りく)ちゃん』なんだね」


「そうです。ていうか、何で『ちゃん』付けなんですか?」


 服を脱ぎながら問いかけると、芦戸(あしど)さんは「んー」と言いながら、人差し指を顎に当てて斜め上を向いている。この人、可愛いだけじゃなくてあざとすぎるな。


(ひじり)さんがそう呼んでたし、顔が中性的で可愛いって言われたことない?」


(ひじり)にだけは、何回か言われたことはあります」


「へー」


 ロッカーに掛かっていたメイド服に腕を通そうとした瞬間、不意に桃色のロングヘアのウィッグを付けた芦戸(あしど)さんの姿が、鏡越しに見えた。

 心臓が、ドクンと鳴る。

 その姿は、本物の女の子みたいだ。いや、それ以上に——。


「僕なんかより、芦戸(あしど)さんの方が全然可愛いと思いますけど」


 反射で出た言葉だった。普段の僕ならこんなセリフ、絶対に言うもんか。

 それほどに、芦戸(あしど)さんのメイド姿は人を少しでも変えさせるほど、可愛さだけじゃない圧倒する()()があった。


「えー嬉しい。ありがと」


「……いえ」


 芦戸(あしど)さんは目を丸くさせると、すぐに頬を赤らめて前髪を触っている。そんな反応をされると僕まで段々恥ずかしくなってしまい、一気にぎこちない雰囲気になる。

 すると、(ひじり)が僕達を招集する声が聞こえてきた。芦戸(あしど)さんは、気合を入れるように鏡の前で一息吐く。


「じゃあ今日も頑張るか。分かんないことあったら、何でも僕に聞いてね」


 僕に振り返って愛嬌のある笑顔を見せると、桃色を(まと)った先輩は颯爽(さっそう)と部屋を後にした。

 やっぱり、芦戸(あしど)さんはすごく可愛らしい人だ。加えて親しみのある優しい人と同類の奴が、僕か。

 劣等感が増してしまい、芦戸(あしど)さんとは正反対の意味で一息吐いた。




 出勤してから一時間後。それは、起きた。

 一人席に、見覚えのある後頭部が見える。あの短髪に褐色の肌と、顔が見えなくても伝わる清涼感。まさかな、と思いながらも、僕は気を紛らわせようと空いたテーブルを拭くことに集中していた。

 しかし、気になる。気になって仕方がない。

 やはり人間は好奇心には勝てないもので、布巾を戻すついでに顔をちらっと横目で見た。


 ——やはり、彼は『陽キャ集団』の一人である八島葉介(はしま ようすけ)だ。あの爽やかイケメンの人気者が、一人で少し気持ち悪いほどにモジモジしながらメイドカフェに居るなんて、誰が想像できようか。

 こんなギャップがあったなんて。

 正直、僕からすると、親近感と好感度が急上昇していた。




 結局、八島(はしま)の接客をすることは無かったが、帰りの会計とお見送りをすることになってしまった。きっと、未だに正体はバレてないと思う。


「いってらっしゃいませ、ご主人様」


 僕はホッとしながらお辞儀をする。

 しかし、視界に入る八島(はしま)のスニーカーが動かない。顔を上げると、八島(はしま)は頭をポリポリ掻きながらこちらをじっと見ていた。


「どうかされましたか? 忘れ物でも——」


「言うか迷ったんだけど、来宮(きのみや)で合ってるよな?」


 心臓が、止まった。

 いつからだ、さっき会計した時か。でも、そんな短時間にバレるものなのか。そもそも、どうしてこいつは一人で来たのだ。——まさか、水瀬からの刺客か。そうだ、あいつならやりかねないぞ。

 色々な思考が駆け巡り混乱した僕は、八島(はしま)の胸倉を掴んで強く引き寄せた。


「おい、誰から聞いた?」


「え、何!?」


 八島(はしま)は戸惑った顔をしている。本当に心当たりがないのか。


「バイトのこと、誰かから聞いたんだろ」


再度低い声で睨みつけると、首がもげるくらい横に振られた。


「ち、違うわ! 誤解すんなよ!」


 大声で動揺する爽やか君が嘘をついているように見えなかったため、仕方なく胸倉から手を離す。


「じゃあ、どうしてここに一人で来たんだよ」


「……俺は、こういう店にちょっと興味があっただけで。本当は誰にもバレたくなかったんだよ」


 八島(はしま)は首の裏を掻きながら、先ほどとは比べ物にならない小さな声で呟いた。こいつも可愛いものに対する興味があったんだな。

 ということは、『本当は誰にもバレたくない』点は僕と利害が一致しているじゃないか。


「分かった。今日のことは、二人だけの秘密にしよう。どうだ、これでおあいこだろ?」


僕の提案に、八島(はしま)は深く頷く。


「頼むよ、来宮(きのみや)


 それはこっちのセリフだよ。僕が苦手とする集団から二人目が来るなんて誰が思ったことか。

 きっと、八島(はしま)水瀬(みなせ)のような性悪なことはしないだろうと、去っていく背中を見つめていた。





 次の日学校に行くと、案の定昨日のことは広まっておらず、部活に行く直前に廊下で八島(はしま)に呼び止められた。


来宮(きのみや)、昨日のこと秘密にしてくれてありがとう」


「いや、こちらこそ」


 驚いた。わざわざ僕にお礼を言いに来たのか。なんていい奴なんだ。


「あのさ、言いたくないなら別にいいんだけど、何キッカケであの店に来たの?」


「それ、聞いちゃうんだ……」


恐る恐る伺うと、八島(はしま)は想像以上に絶望した顔をしている。


「え!? いや、無理に言わなくていいんだけど」


まさか地雷を踏んでしまったのかと慌ててフォローするが、八島(はしま)はふっと笑った。


「いや、さすがに言うよ。秘密作ってもらってるし」


秘密を共有しているだけで色々打ち明けて貰えることは嬉しいが、少しだけ罪悪感が生まれる。

 八島(はしま)は周囲に人が居ないことを確認して、顔を近づけてきた。


「SNSで偶然尋乃(ひろの)ちゃんを見つけて、会いたくなった」


 小声でそう話す八島(はしま)の顔は、見事に真っ赤になっていた。『陽キャ集団』一番のモテ男も、こんな顔するんだな。

 そもそも今知ったのだが、芦戸(あしど)さんSNSやってたのか。


「僕あんまりSNSやってないから分かんないんだけど、芦戸(あしど)さんのどんな写真見たの?」


 純粋に聞いただけなのに、八島(はしま)は赤い顔で目を泳がせながら言葉を詰まらせる。


「そそそれは、えっと、今度見せるから! だから、昨日のことも秘密にしといて」


「うん。分かったけど」


やらしいものでも見たのかと誤解を招く反応だぞ、という言葉は胸に留めておき、僕は気にしていない風に装った。


「あ、そういえば慧都(けいと)と何かあった? あいつから誰かに話しかけるなんて無いからさ」


 八島(はしま)はハッと思い出したかのように話題を変える。やっぱ、変な絡み方してたら誰でも気になるよな。


「あー。実は、八島(はしま)君の何日か前に水瀬(みなせ)君があの店に来てたんだよ。その時に僕だってバレちゃって。多分、あの人は僕の弱みを握って楽しんでいるだけだと思うんだけど」


「あはは。慧都って子供っぽいとこあるからさ。悪い、代わりに謝る」


 爽やか君はウィンクしながら片手で謝罪した。それ、イケメンしか許されないやつだぞ。


「葉介!」


 すると、遠くから水瀬(みなせ)八島(はしま)を呼びながら駆け寄って来た。なんて、出来たタイミングだ。

 僕は反射で、つい身構えてしまう。なんというか、水瀬(みなせ)八島(はしま)と違って怖いんだよな。


「おい、行くぞ」


「あ、じゃあねー。来宮(きのみや)


 水瀬(みなせ)から強引に連れて行かれているくせに、八島(はしま)はヘラヘラ笑いながら僕に手を振ってきた。僕もなんとなく手を振り返すと、顔だけ振り返った暴君にキッと威嚇される。

 これは、図に乗るな、という忠告だ。一瞬でも、あの爽やかイケメン八島(はしま)と会話が出来て楽しい、なんて思ってしまった自分の立場を気付かされた。

 

 そうだ、僕は陰の人間なんだ。ひっそり生きよう、と改めて決心した。

面白かったら、評価やコメントなどよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ