#3|日常→非日常
「お前、同じクラスの来宮だろ。来宮里玖」
メイドの恰好をした僕は今、同じクラスの『陽キャ集団』の一人である水瀬慧都に、正体がバレようとしている。水瀬に引き止められた腕から、全身の血が冷えていく感覚がする。
「それは、どちら様でしょうか?」
「おい、とぼけんなよ。無駄だぞ」
僕なりに精一杯他人の振りをしたのに、それもバッサリ切られてしまった。
すると、水瀬は僕から手を放して、スマホを操作し始める。
「そこまで認めないなら、クラス中に広めるしかないよなー」
水瀬はクラスのグループトークにメッセージを打ち込み、あとは送信ボタンを押すだけで拡散される一歩手前の画面を見せびらかしてきた。
「は、ちょっ……!?」
僕は阻止しようと必死に手を伸ばすが、水瀬が背伸びをするせいでギリギリ届かない。
もうどうなってもいいやと諦め、僕は大きくジャンプをして強引にスマホと奪い取ると、机に強く押し付けた。
「ダメ」
息を荒らしながら、水瀬を睨みつける。
「その反応は、認めたってことでいいんだよな?」
「認めるので広めるのだけはやめてください。お願いします」
偉そうに足を組んで座った水瀬に、僕はプライドを捨てて深々とお辞儀する。
「何? 二人とも友達だったの?」
一方水瀬の友人は、呑気に水を飲みながら話しかけてきた。どこの何を見てそう思うんだよ。どう考えても、カツアゲされてる店員と客みたいなもんだろうがよ。
「そーだよな、里玖ちゃん?」
水瀬は何かを企んだような笑顔で僕に肩を組み、顔を近づけてくる。その表情からは、「拒否するな」と言われている気がする。
「……はい」
僕は『陽キャ集団』に抗えるわけもなく、首を縦に振ってしまった。
店の端に戻った僕の顔がげっそりしているように見えたのか、体調を心配した別のメイドがレジと代わってくれた。
そして、水瀬達の会計を終えて、やりたくもないお見送りをする。
「ありがとうございました」
「おい、来宮」
水瀬が急に近付いて来て、僕の耳元に口元を寄せる。
「可愛かったよ」
僕の目の前は、一瞬にして絶望一色となった。その日はずっと、その声と嘲笑った水瀬の顔がこびり付いていた。
ああ。明日の学校、休もうかな。
次の日、教室に入るとすでに『陽キャ集団』が来ており、他の男女も混じりながら談笑していた。僕の席は窓側の端っこの方で、前でも後ろでもない中途半端な席。
真ん中の後ろで集まっている『陽キャ集団』を回避するために、僕は前方の入り口から侵入して、なるべく距離を取りながら通過する。
「来宮」
すると突然、水瀬から名前を呼ばれる。その瞬間、一気に静まり返り、クラス中から視線が集まった。胃が痛くなりそうだ。
「はい」
僕はお腹を抑えながらゆっくりと水瀬の方を見ると、昨日と同様に嘲笑った顔をしている。
「昨日のさ」
あ、これ多分、バラされるやつだ。
「ち、ちょっと!」
僕は無心で『陽キャ集団』の中に入り、気が付くと水瀬の口を手で塞いでいた。
我に返った瞬間、一気に顔が真っ青になり、鼓動が激しくなっていく。
僕は居た堪れなくなり、水瀬の手首を掴んで教室の外へ連れ出した。
「言わないんじゃなかったのかよ!」
僕は連れてきた空き教室で、目の前の水瀬に向かって大声を上げる。走ったせいで息も荒れていて情けないが、水瀬にバラされる方がよっぽど嫌だった。
すると、そんな僕を見下して、水瀬は鼻で笑う。
「何のことだよ」
「は?」
「昨日の友達の話だよ。お前、美術部だったんだな」
僕を、からかったんじゃないのか。一瞬、舐められたのかと怒りの線が切れそうになったが、ホッと胸をなでおろす。
「そうだけど?」
僕は少し不貞腐れた返事をする。
「あいつも美術部だったからお前のこと知ってたぞ。上手いってちょっと有名だったって」
あの呑気に水を飲んでいた彼、僕のことを知っていたのか。
店では申し訳ないことをしたなと少し反省すると同時に、水瀬がクラス中に僕の秘密を拡散するんじゃないかと疑ったことにも罪悪感が増してくる。
「何か、ごめん」
俯いて謝ると、水瀬は「ハッ」と声に出して笑った。
「まあ、お前の弱み握れたし良かったわ。意外と話しやすいし」
俺が良くねえよ。そもそもこいつ、最初から弄る気満々だったな。
水瀬は再び嘲笑っていたが、先ほどとは違い、その顔からは少しあどけなさが垣間見えた。
僕は仕方がないといった風に、ため息をつく。
「あんま余計な事しないでよ」
これは陰の僕に出来る、最大の抵抗だ。
「大丈夫だって。俺らもう友達だしな。」
水瀬は楽しそうに肩を組んできたが、僕は喜んで受け入れた覚えはないぞ。
水瀬に顔を向けると、じっと見つめる眼力の強さに圧倒されて、一瞬背筋がゾワッととする。
「あはは……」
僕には断言する勇気も無かったため、その場を笑ってごまかした。
こんな絡み方がこれからも続くと考えると、目の前が真っ暗になった。
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