#13|文化祭準備、始動
クラスの出し物のテーマが「メイド喫茶」に決まり、とうとう最大の山場が来てしまった。
「じゃあ早速、係決めちゃおうか」
委員長である羽瀬が、手を叩く。
そう。これで、僕がどれほど迷惑を掛けない立ち位置に入れるかが決まるのだ。僕はどうせ、美術部だし装飾係だろうな。
「じゃあメニュー係、誰やりますかー」
「私調理部だし、やろうかな」
ここは大体、料理が得意な人やあんまり接客したがらない人が逃げ込む係の一つである。なんせ俺は、料理は苦手だからパスするけど。
メニュー係は大体半数が女子となり、スムーズに決定した。その後の会計係には慧都を始めとした、クラスの中心にいる人達で決まってしまった。
「次、装飾係やりたい人ー」
やっと、僕の出番が来た。
羽瀬の声が聞こえ、手を上げようとした瞬間――。
「はーい!」
「俺もやるわ」
二十人いかないくらいだろうか。思っていた以上に手が挙がってしまい、出そうとしていた手を引っ込めてしまった。
「え、ちょっ、この係だけ多くない?! 一応十人くらいで考えてたんだけどなー」
困惑する羽瀬に、僕は静かに共感する。実質雑用係みたいなものを、こんなにやりたい人が居るなんて、誰が考えていたか。
じゃんけんで決めるなら、僕はあまり参加したくないし諦めようかな。
「じゃあ仕方無いけど、じゃんけんして決めようか」
装飾係への道、終了。
僕は小さくため息をつきながら、黒板に書かれた係一覧に目を向ける。他は服飾係と、ちゃんと雑用係もあるじゃないか!
よし、この雑用係を狙おう。部活が忙しくてあんまり参加できないと、少し言い訳をして優遇してもらうか。
「次、服飾担当してくれる人ー」
羽瀬が声を上げるも、手を挙げる人がほとんど居ない。
仕方ないだろう。メイド服なんて親近感が無いし、出し物一番の見どころになる責任感も大きいのだから、素人が手を出しにくいのも分かる。
「えっと、どうしようかな……」
頬を掻きながら困惑する羽瀬に同情するも、申し訳ないが僕には眺めることしか出来ない。
「あのさ、押し付けるみたいになるんだけど、服飾係は一番メイドを理解している来宮が担当するべきだと思うんだ」
「はっ?」
羽瀬の言葉で、心臓が大きく跳ね上がる。自分の耳を疑ったところで、みんなの視線が明らかに僕に向いているということは、そういうことだろう。
どうして、よりにもよって名指しという最悪な形になるんだ。
「メイド喫茶なんて、ほとんどの人行ったことないと思うしさ。来宮が良ければ力になってくれない?」
クラス中から期待の眼差しで向けられて、非常に居心地が悪い。人前で推薦されて、僕みたいな立場の人間がとても断れるような空気ではなくなってしまった。
羽瀬、お前いい性格してんな。
「わ、分かりました。やります」
「良かったー。まじでありがとう、助かる!」
仕方無しに応えると、羽瀬は笑顔で安堵する。今は無駄に顔の整ったその顔が、いつも以上に憎くてたまらないよ。
「じゃあ、俺も!」
良く通った声のした方を見ると、葉介が挙手していた。
「私もやるー」
「私も!裁縫出来るし!」
続いて女子が数名声を上げて、服飾係が決定した。クラスの女子とはほとんど関わったことが無かった為、広く関わりのある葉介の存在に、少しだけホッとする。
雑用係は、結局決める訳でもなく、手の空いた人がなる、という意味不明な形で決定してしまった。
「じゃあ最後、ここからが本題です!」
また他に必要な係があっただろうか。僕は思い当たるものが見当たらず、漠然と羽瀬を見つめる。
「誰メイドやりますか!」
教室中が静まり返った。誰も手上げる訳ないよな、そりゃ。
先にメイドを決めておいた方が服のサイズも決めやすくなる上に、シフトも組みやすくなるのは頷ける。
でも、これはメイド喫茶アルバイトの僕に、矢印が向きやすくなる状況ではないか。効果はほとんどないかもしれないが、俯いて必死に存在感を消そうとする。
「おい」
「慧都、どうぞ」
また彼は何か仕掛ける気か。
僕は次に出てくる言葉に怯えながらも、耳を傾ける。
「部活の出し物忙しくない人とかがいいんじゃね? 分かんないけど」
珍しく、慧都は僕を売らなかった。僕はそこそこ美術部の準備もあり、忙しくないと言えば噓になる。僕に注目がいかないように、的を逸らしてくれたと思うのは、勘違いだろうか。
「なるほどね。他にある?」
羽瀬も納得してくれたし、ひとまず回避出来た。慧都に後でお礼言っておこうかな。
「わ、話題性があった方がいいんじゃないかな?」
「確かに。集客出来なきゃ意味ないもんねー」
女子が意見を言い、羽瀬は深く頷く。
「となると、水瀬君適任なんじゃない? 水泳部って入ってないようなもんでしょ?」
明るめな女子の一言で、一気に慧都に注目が集まった。
「あ!? それでも俺はしねえからな!?」
「話題性も取れるしさ、どう?」
「どう? じゃねえよ!」
顔を真っ赤にした慧都に、女子は追い打ちをかけるように説得する。若干言い負かされている彼を少し面白いと思ってしまい、僕は少しだけ笑ってしまう。
「慧都、紫苑と一緒ならどう? 出来れば葉介も」
「げっ……」
流石、羽瀬は慧都の扱いを分かっている。言い逃れ出来なくなった慧都は、口を噤んでしまった。
「いいよ」
「ええ俺? 結構男臭くない?」
「葉介は爽やかだから大丈夫。紫苑も快諾してくれたから三人は決定ね!」
ヘッドホンを外して頷く入夜とは対照的に、葉介は変なところに気を遣っている。
男臭くなるなんて、みんなそうなるに決まってるだろうに。僕はそれを受け入れて、メイド喫茶に居るんだぞ。
「お前もやれよ」
「僕、学級委員長なんで」
「くそっ」
慧都が羽瀬を巻き込もうとするも、ドヤ顔を決められて失敗してる様子が、少し情けなくて面白いと思ってしまった。
「来宮」
「えっ……」
安心しきっていた全身に、鳥肌が走る。入夜が、僕の名前を呼んだ気がする。慧都を笑ってしまった罰が当たってしまったか。
ドクドク心臓を鳴らしながら、ぎこちなく入夜に顔を向ける。
「君も僕らの仲間だよ」
散々あまり介入して来なかった入夜に、無表情かつ真っ直ぐな目で見られてしまったら、もう逃げ道なんてある訳がない。
「は、はい……」
震える声で、承諾してしまった僕は、何て情けないのだろう。声も裏返ってしまったし。
「大体男子はこれくらいでいいかな。別に足りなくなったら他の男子で回してくれてもいいし。じゃあ、女子も決めちゃうか」
絶望した僕を置いて、羽瀬はこのまま話を進めてしまい、女子はやりたい人ですぐ決定してしまった。
話し合いは散々な結果で終わってしまったが、僕の文化祭はどうなるのやら……。