#12|推しに接近
聖の気まぐれで開催されるウサ耳フェスの真っ只中。たった今、照れ臭そうに目の前に立っている八島葉介一名がご来店したところなのだ。
席へ着くなり、葉介は僕のスカートを掴んでくる。
「わっ、ちょっ!?」
「ねえ、今日俺が来た理由、何となく分かるよな?」
周りが変な絡まれ方をされていると勘違いするため、今すぐその手を離してほしい。
来店した時点で、この人の目的くらい理解するに容易いのだ。
「ああ。尋乃さんのウサ耳を拝みに来たんだろ」
「そうなんだよ! 今日しか僕と都合のいい出勤日がなくてさ、急いで家から出たんだよ! そしたら弟が我が儘言い出して……」
葉介は一瞬にして目を輝かせながら、鼻息を荒くする。どうしよう、興奮スイッチを入れてしまった。
僕は早く口が止まらないだろうか、と無心で突っ立っていると、葉介は急に周囲を見渡し始めた。
「やっぱ、尋乃ちゃん忙しい?」
「う、うん。オーナーが『MAD*IN』のエースって言うくらいだから、人気は高い方だと思う」
爽やかイケメンの悲しげな表情を見てしまうと、より胸が痛んでしまう。何かしてあげたいとは思うが、芦戸さんの人気が高いのは勿論、フェアということもあって指名がいつもより入ってしまっているのだ。
ふと、葉介の後頭部が目に入る。
「あれ、後ろの方跳ねてないか?」
葉介の跳ねた髪に手を伸ばそうとした瞬間、椅子ごと後ずさりさせられた。なんか、地味にショック。
「あ、ごめん。嫌だよな」
「ち、違うんだ! 嫌とかじゃなくて、里玖がウサ耳つけてるの、なんかこっちまで照れる」
こいつ、何言ってんだよ。
顔を真っ赤にしてボソボソ言われてしまうと、僕も反応に困る。今気づいたのだが、やっぱイケメンは照れると手の甲を口元に持っていくんだな。
僕は小さくため息をついて芦戸さんを探してみると、やはり四方八方に店内を回っていた。これは一メイドとして、出来る限り手を尽くしてみるしかないな。
「なるべく、尋乃さんに対応してもらうよう声掛けてみるけど、人気で忙しそうだからチェキ指名で注文した方がいいかも」
「わざわざありがとう。でも、眺めるだけでも幸せだからさ」
「そう?」
僕が首を傾げても、葉介は満足気に頷くだけだった。
店の端で届ける料理を待っていると、一通り接客を終えた芦戸さんが精気を奪われた顔で目の前を通る。客から顔を逸らした瞬間、営業スマイルが跡形もなく消えたことは黙っておこう。
「尋乃さん。今いいですか」
「ん?」
遠慮がちに声を掛けてみると、すぐ天使スマイルに回復した。
「あの席の好青年みたいな人いるじゃないですか。芦戸さんのファンで、僕のとも……」
葉介を指しながら言う途中、僕らは友達と表して良いのか、という疑問が脳内を過り、言葉がつっかえてしまう。
しかし、これで僕らは友達じゃないという表現をしてしまうと、せっかく仲良くしてもらっている身としては図々しい上に、どうせ後から後悔する気がした。
「——僕の、友達なんです。本当に忙しい中迷惑だとは思うんですけど、対応行けそうな時あったらお願いしてもいいですか? そうじゃない時は、僕がすぐに対応するので」
「そうなんだ、分かった! なるべく行けるように頑張るね!」
無理強いなお願いをしてしまった自覚はあるが、芦戸さんは嫌な顔一つせずに笑顔で応えてくれた。
「でも、あんまり行けないと思うから、チェキ指名でもらった方が助かるかも」
「それはもう、伝えておきました」
「ナイッス!」
先輩は親指を立てながらウインクをして、羽ばたく天使のようにホールへ戻って行った。
これが今の僕に出来る、最大限の友達としての気遣いだと思いたい。
結局、葉介は先輩からなかなか対応してもらえなかったが、チェキを撮ってもらうことは出来たようだ。何故か、芦戸さんしか写っていなかったけど。
「本当にそれでいいのか?」
会計終わりの見送りで再確認しても、葉介は愛おしそうに写真を眺めるだけだった。
「うん。尋乃ちゃんだけ居ればいいから」
満足しているならいいのだが、この人は推しに対して、余計なものを入れたくないスタンスのオタクなのか。
色々な考え方を持つオタクが居るもんだと、このアルバイトを通じて痛感する。
「でもやっぱ、生で見ると可愛いね」
目を細めて呟く葉介は、本当に芦戸さんに惚れているのだと、目を見るだけで分かってしまった。
男の娘が好きだと初めて知った時から今まで、少なからず冗談が混じっているのではないかと軽率に考えていた自分を殴りたい。
「あし……尋乃さん可愛いよね」
危ない、キャストの本名はプライバシーの関係で漏出厳禁だった。言い留められて良かった。
葉介はチェキを大切にスリーブへ収納して、カバンを掛け直す。
「じゃ、明後日の学校でな。本格的に文化祭準備始まるからな。ちゃんと参加しろよー」
「分かってるって」
腕を大きく振りながら笑顔で帰って行く彼に、僕も控えめに手を振り返した。
文化祭の準備、か。去年の僕は、ほぼ居ないようなもんだと扱われていたが、今年は『陽キャ集団』と関わる機会も増えて数名から友達扱いをさせて貰っているため、どうなってしまうのだろうか。
ぼんやりと明後日の光景を想像しながら、僕は再び『MAD*IN』へ戻っていた。




