#1|きっかけは突然に(前編)
僕の通う私立椛山高校2年B組には、男女問わず皆が集まる『陽キャ集団』という、僕が勝手に名前を付けているグループが存在する。
そのグループは、水瀬慧都、八島陽介、祈夜紫苑、羽瀬悠季の、顔も良ければキャラも個性的な四人で構成されている。
僕、『来宮里玖』は普段そんな人達とは無縁で、教室の隅で絵を描きながら過ごしている。
いわゆる、影の薄い陰側の人間なのだ。
そんな生き苦しさを感じることも無い今は、夏休みの終盤に差し掛かった頃。外は蒸し暑い中、僕はクーラーの効いた自室のベッドに転がりながら、ゲームをしていた。絵を描いて、眠って、ゲームしての繰り返し。なんて幸せな時間なのだろうとしみじみ感じていた、午後三時。
突然、ズボンのポケットに入れていたスマホが震えた。一旦ゲームを止めて、スマホを手にすると、画面には『杉澤聖』の文字が映っていた。
彼は、昔から家を空けていた親の代わりに、僕の世話をしてくれている従兄弟なのだ。あまり電話をかけてこないため、不思議に思いながらも電話に出る。
「もしもし」
「里玖ちゃん久しぶりー。早速、頼みがあるんだけどー」
相変わらず、聖の呑気な声が聞こえてくる。昔からこのような頼み方には、いい思い出が無いのだ。
「はい、何でしょう」
あまり期待はせず、嫌々答える。
「里玖ちゃんの高校って、バイト出来る?」
一瞬、耳を疑った。今までの頼み事は、大体コンビニにお菓子を買いに行かされたり、ヤケ酒した聖の愚痴のサンドバックになったりなど、地味に面倒臭いものばかりだったからだ。
しかし、このバイトにも裏があるかもしれない。
「うん。部活に支障が無ければ出来るよ」
「じゃあ、明日の十四時から、俺のやってるカフェでキッチンやって欲しいのよ」
キッチンということは、接客がほとんどないということ。しかも、僕はほぼ一人暮らしだったため、高校生にしては料理も出来る方だ。
これは、僕にうってつけのアルバイトじゃないのか。
「分かった。場所分かんないから、明日家に迎えに来て」
都合のいいバイトが見つかり、自然と上がりそうになる口角を、手で抑えながら答える。
「りょーかーい。一時間前くらいに行くから、楽しみにしてるね」
「うん」
僕の答えを聞き、少し高くなった聖の声を耳にしてから、電話を切った。
「やっほー。相変わらず可愛いね」
次の日、チャイムに反応して玄関の扉を開けると、長い金髪を後ろに括りながらピアスを何個も付けている目つきが悪い長身の男が、ヘラヘラしながら片手をポッケに突っ込んで手を振っていた。何故かバーテンダーのようなスーツを着ていて、スタイルがより良く見える。
「聖こそ、髪伸びすぎじゃない?」
前見たときはハーフアップが限界だった髪も、少し会わないだけで結構伸びるのか。僕は踵を少し潰しながら、スニーカーを履き始める。
「これは俺が好きでやってんの。てか、そんな口聞けるのは今だけだよー」
「え?」
僕は玄関に鍵を掛けて、一回り大きい背中の後を追った。
煽るように言った聖の言葉にどのような意図があったのか、この時はまだ知らなかった。
しばらく歩いた後、「ここだよ」と指を差された店を見ると、そこは焦げ茶色のレンガを基調としたアンティーク風な外観に、ライトグリーンのドアがアクセントになっている。ドア横には、『MAD*IN』と書かれた看板が掲げられていた。窓からは、わずかにハートマークのステンドグラスと白レースのカーテンが見える。
「店の名前は、マッドイン?」
「そうだよ」
「なんか、お洒落で可愛らしい見た目だね」
あの従兄弟が、ここまで良さげな店を経営しているとは、少し意外だ。
「中の方がもっと可愛いよ」
聖は自慢げに鼻で笑い、『CLOSE』と書かれたドアを開けた。
「お疲れ様でーす」
真っ白で可愛らしい店内に居たのは、メイド服を着た一人の女性だった。
初めて見る光景に、少しの間言葉を失ってしまう。
「え、どういう事!? 聖、ここって……」
「うん。メイドカフェ」
しれっと答える聖とは反対に、顔が一気に真っ青になった。僕はこのようなキラキラとした空間が、あまり得意ではないのだ。
「えー! 聞いてないんだけど!」
「言ってないからねー」
必死に訴える僕を適当に流して、聖は店の裏の方に消えてしまった。
それからすぐ戻ってくると、奴の腕にはメイド服一式が掛かっていた。
「じゃあ、これ。はい」
聖は僕に、何故かそのメイド服を差し出す。
「何で僕に? キッチンは?」
僕は聖に顔を上げたが、ゆっくりと目を逸らされる。
「キッチン? あれ、何のことかな?」
ふざけてとぼける聖の態度に、嫌な予感がじわじわと湧いてくる。
「え、僕が? メイドになるってこと……?」
「そのつもりですけど」
聖は胡散臭く笑いながら、もう一度メイド服をわずかに押し付けてきた。
その一言で、背中から一気に冷や汗が滲んでいくと同時に、聖への怒りが増していく。
「ぼ、僕を騙したなああああ!!!!!」
勢いに任せて大声で叫びながら、聖の服を掴んで激しく揺らしてやった。
「だって本当のこと言ったら、絶対里玖ちゃんやってくれないしー」
「当たり前だろ! ていうか僕男だし! そういう趣味もないし無理だから!」
ヘラヘラとする聖の肩を掴み、必死に顔を近づけて訴える。
しかし、そんな僕の反応を見て、聖はわざとらしく鼻で笑った。
「昔すごく里玖ちゃんの世話には苦労したなあ。小学生の時、怖い夢見ちゃっておも……」
「それを言うな! 色んな意味で汚いからな!」
僕は慌てて背伸びをし、無駄に身長の高い金髪野郎の口元を抑える。
聖は呆れたように話していたが、僕の黒歴史を秘密にする代わりに、嫌でもメイドをやらせようと脅しているのだ。本当に手が汚い、どうしようもない二十八歳だ。
そして聖は、睨みつけることしか出来なくなった僕の顔をニヤニヤしながら覗き込む。
「この俺に感謝してるとか、恩返ししたいとかあるなら、手伝ってくれるよな?」
こうなってしまったら、首を縦に振るしかないじゃないか。
「……はあい」
「何だその不貞腐れた返事。じゃあ、ロッカー室案内するから着いてこーい。すぐ研修会するからなー」
僕は大きいため息をついた後、嫌々聖に着いて行った。
ああ、もう本当に家に帰りたい。
二作目です。不定期になりますが、ご了承ください。
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