合流その1-α
ジェスチャーだけでの意思疎通は困難だ。
現にいま目の前にいる人に早く解放してほしいと伝えることもできない。
あのあと私の手を握った人は、そのまま私をさっき出たばかりの街の方へ引っ張って行った。
入口の警備員はもう驚くことに疲れた様子だ。
そしてさっき出ていった役所にまた戻ってきた。
しかし今度は正面でも従業員用らしい通路でもなく、しっかりと整備の行き届いた別の入口からであった。
エレベーターらしきものに乗せられ、ここまで引っ張ってきた人が小さな粘土のようなものを2つ渡してきたが、全く使い道が浮かばなかった。
するとその人がそれをねって変形させて耳らしきところに入れた。
なるほど、これは耳栓だ。
しかし私には必要もない上、この状態では使えないのでそっと返却した。
エレベーターは蒸気だけで動くにしては妙に高速かつ安定していた。
ここにも魔法があるのだろうか。
エレベーターが止まり、手を握ってる人に誘導されるがまま歩いた。
内装は私の価値観からしても豪華だと感じた。
壁や天井は貴金属で飾り付けられ、床には歩くところに絨毯らしきものが敷かれており、その両脇に一定間隔で花が生けてある花瓶が設置されていた。
故郷の歴史資料で見た王宮の廊下のようであった。
ただしこちらはあちこちに点検用であろうパイプが剥き出しになっている。
案内されるがまま一番奥の部屋に入ると、これまた豪華な部屋だった。
貴金属、主に金と銀の美術品らしきものがあちこちに飾られ、大窓を背にした人が1人どっかりと座れる椅子、引き出しが複数備えられた机、廊下で敷かれていたものよりもわかりやすく上等な絨毯、そして壁には何かの標語のような物が掛かっていた。
ここまで案内した人はその大きな椅子に座り、私にその前に来るように手招きをした。
私がそこに移動すると突然後ろに目の前のものほどではないが座り心地の良さそうな椅子が現れ、なんとなくそれに座った。
私が着席すると口を開いて何かを言い始めたが、
当然何もわからない。
ただ、その途中で資料のようなものを見せられ、文章の方は読めないものの顔写真の方は先程無力化した強盗集団の中にいたことを思い出し、やはり常習犯だったと再認識。
その後も今に至るまでずっと喋っているが、なにせ私が言葉を理解できない以上、ダイチに説教するようなものだ。
ーーーー
数分後、この空気を破る事が起こった。
突然この部屋に新たな人物が現れたのだ。
見た目は、体に合わないほど巨大な上着を羽織っていて前を開けている、その下には藍色の服を着ていて、髪の毛も虹彩も真っ赤な女性だ。
室内だと言うのに邪魔なほど巨大な帽子を被り、歩行補助にしても大げさな杖を持っている、という結構強烈な格好である。
目の前の椅子に座っていた人は立ち上がって帽子の人に何か言っている。
そして帽子の人も何か言っている。
私は言い争っているように感じたが、これがこの星流の会話なのかもしれないので静観していた。
しばらくして両方とも私の方を指さしながら何かを言い合っている。
もしも、この星の人々の表情や仕草が私の故郷と同じ意味だとしたら、今私の目の前の2人は怒りと強い意志を顔に出し、帽子の人には必死さを、椅子の人には頑固さを感じた。
それに始めよりも声量が上がっているような気がする。
私はこの状況で勝手に帰れるほど強い心を持ち合わせていなかった。
なので何も考えずに目の前の状況を眺めていた。
突然、この前と同じ声が響いた。
『この人はあなたを利用しようとしてるんです!早く私と一緒に逃げましょう!』
『まてまて、私はここの言葉がわからない。だからどう利用しようとしてるのか、いままで何を言ってくれたかもわかってないんだ。
そもそも君は目の前の2人のうちどっちだ?
帽子を被ってる方か?ここまで連れてきた方か?』
『えっと、帽子を被ってる方です。
というか、私たちが何を言い争ってたのかももしかして…?』
『もちろんわからなかった。
これがここでの会話の仕方なのかと思っていたよ』
『これは…ちょっとした意見の衝突なのでこれが普通の会話ってわけじゃないです』
『そうか。
一体何を話していたのか、私にも伝えてくれるか?』
『えっと…
まず私はあなたを早く開放するようにと言っていて、イルダ卿…あ、私じゃない方です…はあなたを傭兵だと思っていて鎮圧用に雇いたいと語っていたんです。
で、私は「傭兵なんかじゃなくて我が国の国賓です、早く解放しなさい」と言っていたんです』
『国賓?私はただの遭難者だぞ。
そんな偉い立場になったことはない』
『でも、あなたを招くよう陛下は仰ったのです。だから何が何でもついてきてもらいますよ』
『そちらにも事情があるのかもしれないけれど、私もはやく元の場所に帰りたい。
この部屋から解放してくれるのは嬉しいけど、あなたについていくつもりはない』
『だめです!
来てもらわないと私が困ります!』
数分考えて、私ははっきりと念じた。
『わかった。あなたの言う通りにしよう』
『本当ですか!?』
『ただし、このイルダ卿を説得したうえで君が言う目的地までに寄り道させてくれるなら、だ』
『どれだけかかってもいいですので、アガラシ王国に来て頂ければいいのです!
わかりました、イルダ卿にあなたの意思を伝えさせていただきますね』
帽子の人はイルダ卿に何か話した。
するとイルダ卿はひどく残念な様子で、私たちに向かってこの部屋から出ていくようハンドサインで示した。