魔術なき街‐γ
ヘトブはレサン王国の金属産業のほとんどを担っている。
やっていないことといえば貨幣の製造ぐらいであろうか。
製造はしていないだけで、貨幣に使われる金や銀はここで採掘されたものがほとんどである。
数百年前から、ヘトブは鉄と銅の産地として細々と栄えてきた。
百年前、そんなヘトブ鉱山の第83坑道が魔石の大結晶の鉱脈を掘り当てる。
ゴールドラッシュならぬマジックラッシュとでも表現するべきか、古き街はこれを機に一気に再開発された。
その時からイルダの一族はここヘトブの統治を任された。
別の港湾都市での手腕を買われて領地が交換されたのである。
ヘトブの街は一風変わった規則がある。
魔術の禁止だ。
不思議なことに魔石が採れる街で魔術を使ってはならないのだ。
なぜかというと魔石を効率よく使用するために、余計な魔法を使って反応させてはいけないから。
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「そうか、わかった」
イルダは文書を机にしまった。
「どう思われますか?」
補佐官が言う。
「どうもこうもない、アガラシがナギサ・キリサキとその一味を指名手配した、それだけだ」
「手配書の似顔絵、伯爵はご存じで?」
「ああ、少し前にこの街で大量の鉄板を購入して盗賊団を無力化したやつらだ。
⋯して、シェンタはどのように?」
「アガラシが遺物を独占して以降レサンとアガラシは険悪な関係です。
またこのナギサという人はとても強力な存在らしいので、わが国で保護することも検討中とのこと」
「おそらく各都市に受け入れられる準備をするよう通達が来るな、お前は街中の宿泊施設をまとめてこい」
「了解しました、失礼します」
補佐官は去った。
「あの時の私は彼が旅の若者だと思って接してしまったが、いまは違う。
私の悲願のためにも、彼にはヘトブに来てほしいものだ」
イルダはそう言って窓に向かう。
「いつ見ても美しい光景だ。
鉄と蒸気とほんのちょっとの魔法だけでここまでの都市を維持できている。
支配階級の生活水準はシェンタに迫る勢いであるし、被支配階級の生活水準に至ってはレサン最高、いや世界最高峰とも言えるだろう。
子供の時から技術を学びながら働き、老人は動ける者はまだ働いて動けぬ者は教えている。
女性はそんな彼らを支えるために働き、身籠れば休暇だからと子供を増やす。
完璧じゃないか、人も増え続けているしそれに従って街は巨大化していっている。
悲願の独立も近いぞ⋯」
すると、扉が勢いよく開く。
「イルダ卿!突然の訪問謝罪するが、あの怪人のこと!」
「ああカービンか、聞いているよ、アガラシから指名手配を受けているようじゃないか」
「あいつの功績はすさまじい!ここで受け入れてやってくれないか?」
イルダは振り向いて首をかしげる。
「なぜだ?君の領地やシェンタで保護すればいいだろう?」
「俺たちの領地はミヌマスの監視下だ、ヴェルティアを一人で討伐できるようなやつをミヌマスの近くに置くわけにはいかない」
「ミヌマス"陛下”だ、私だから良いが言葉遣いは気をつけたまえ」
「あいつんとこにアガラシから親書と金塊がやってきた、方針を変えて怪人をとっ捕まえるかもしれん!」
カービンの訴えを聞いたイルダは高笑いした。
「あーっはっはっは!そうだとすれば君は私に叛逆をしろというのか!
いいだろう、しかしそのときは君は協力したまえよ?
ほら、契約書だ」
イルダはどこからともなく魔法契約書を取り出した。
「恩に着る、署名は無骨な俺の字でもいいな?」
「君の字ならなんでもいいのさ」
契約書にはイルダはナギサを匿うこと、それが発覚しイルダが処罰されそうになったときカービンはイルダの側に立つことが記載されていた。
「ふふふ、存外早く夢は叶うのかもしれないな」




