包囲下-γ
シェトレン城がアガラシの占領下に置かれたことは2日後サイベのエムレーオ軍に伝わった。
「恐れていたことが起きてしまったな。
だから私たちはソル川を渡河したかったが、私たち以外はパルサル目掛けて突っ込んでいってしまった。
私たちだけではここを守りきれるか怪しい」
サイベには「知恵」を中心に「吸収」を行ったエムレーオの公爵、ヴォイズ卿が留まっていた。
「あとから来るはずだった諸侯の軍も、シェトレンがアガラシの手の内な限りどうしようもないでしょう」
「しかし、私たちは完全に囲まれているのだ。2方を敵、1方を山に、1方を川に、だ。
逃げることはできまい」
ヴォイズは自分の盾に施された装飾を眺めて言う。
「かといってアガラシに捕らえられれば家の恥辱である。
おそらく私のために父上は兵を寄越さないだろう。
そうなればただの震える恥さらしだ。
ならばやるべきことは1つである」
部下は黙ってヴォイズの言葉を待つ。
「これより私のもつ軍全てでシェトレン城を再び落としに行く。
兵士たちも、処刑や拘束よりも名誉の戦死のほうが誇らしいだろう」
「お言葉ですが閣下、シェトレン城には十二騎士団のうち第三騎士団と第四騎士団が集結しているという情報があります。
閣下の部隊だけではとても…」
「なにも私たち以外全員がパルサル攻めをしているわけではない。
ここサイベに向かっている者も居るだろう。
状況を説明して参加させれば最低限戦える数は揃うだろう。
もし揃わなかったとしても、私たちがアガラシ側から攻撃し、本来であれば増援として来るはずだった軍勢がエムレーオ側から攻撃することができれば落とせる可能性もあろう」
ヴォイズはそう言いながら、立ち上がった。
「前回は奇襲と交渉によってシェトレン城をエムレーオのものとした。
今回はあの城の破壊を厭わず敵を攻撃せよ」
そう言って、部下に行軍指示を出した。
ーーーー
出発の時、サイベに残っていた帝国兵はほとんどがヴォイズの列に加わっていた。
すでに数に於いてはこの時点でシェトレン城に駐屯するアガラシの軍勢を上回っていた。
行軍中にも他の帝国兵が加わっていき、いつの間にか平原を埋め尽くすかのような大軍勢になっていた。
ヴォイズは3つの部隊に分け、1つは城本体へ、1つは城壁へ、そして1つは自分の指揮下で状況に合わせた攻撃を行うことを決め、全員に伝えた。
合流した他の伯爵や公爵も作戦に同意し、武勲に関してはこの危機に気付き、兵を結集させることのできたヴォイズを中心に分けることが決められた。
「ヴォイズ、お前の眼は衰えちゃいないか?」
列に加わった公爵の一人、ハリーネ卿がヴォイズに声をかけた。
「ハリーネか、私の眼はまだまだ正確そうだ」
ヴォイズは「鑑定(能力)」というスキルを持っている。
焦点を合わせた相手の能力と、スキルや魔法の名称が説明文とともに見ることができる、任意発動のスキルだ。
「いまも君が昔より衰えたことがはっきりと見えている」
「ふん、じゃあその眼に治癒魔法でも使ってもらうんだな。
俺は今でも昔のまま戦えるんでな」
「そんなことより、準備ができたら攻撃するぞ。
ハリーネ公爵はこの作戦中は私の指揮下なんだろう?」
「はいはい、”参謀”さま」
ハリーネは自らが率いた軍のもとに戻り、ヴォイズの指示を待った。




