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起死回生の一手-γ

ヘリローザ大陸のガルリア人の大国であるアガラシ王国は窮地に陥っていた。

同大陸にあるヴァルアキア人の大国であるエムレーオ帝国との戦争である。

既に戦争前の国境周辺の市街や砦は占拠されており、帝国の兵士たちは今も王国の国土を蹂躙している。


この現状を打破するため王国は様々な策を講じた。

大量破壊魔法の研究開発、前線兵士用の新型の武器の開発、そして周辺の人間種の国家への救援要請。

それぞれが一定の成果を見せたものの、戦局の打開には至らなかった。


そんなある日…


王立図書館、古代魔術の棚。

「なにか…なにかないのか!?

迫りくる魔物を撃退できる魔法は!」

古びて埃被った本を必死にめくり、役に立つものがないとわかったら放り投げている青年がいた。

この青年は王国の魔法開発に携わる者で、現状打破のために古代魔法を調べているのだ。

古代魔法は難解で強力なものと、今日当たり前に使用されているもの、何の役にも立たないがまるで強力な魔法のように描かれているものなど様々だ。

しかし古代魔法の解読は全文明において最優先事項である。

一端の人間が読み解けるはずがない。


彼もそれを心の何処かでは理解しているかもしれない。しかし、僅かな希望に縋りたいのだ。


そしてその希望は案外早く見つけられた。


それは彼が放り投げた本の1ページ。

たまたま彼の眼に飛び込んだ、打開の可能性。

「異界召喚魔法…」


眷属や使い魔の召喚は日常的に行われている。

しかし、そのどれもが主従関係あっての召喚である。

主従関係なしに召喚できる魔法は今日存在しない。

しかしその本には、

主従関係にない、異界の存在を呼び出す

とあった。

挿絵には、宮殿より巨大な四足歩行の生物や、指示に従って精密な動きを行う虫のような群れ、そして光り輝く剣を携えた戦士が描かれていた。


「これしかない!今すぐこの召喚魔法の研究を始めないと!」


青年は研究成果が戦局を変えられず、かなり暗い雰囲気の魔術研究室に先程の本を持って行った。


「先輩方、この魔法はどうでしょうか!?」

彼の説明と、この魔法が完成した暁に待つ希望を聞き、暗く沈んだ研究員達の顔に光と炎が灯る。

もしもこの魔法を完成できれば、異界から強力な存在を呼び出せる…

それが私達の言う事を聞かなくても、存在を抑止力とできるだろう。


そうして王立魔術研究所は、異界召喚魔法の研究に没頭した。

複数の古代魔術書から合致している部分と異なる部分を比べ、なぜ異なるかを調べたり、ひとまず手順の解読を進めたり、各々の方法で完成へ進んでいった。


ーーーー


数ヶ月経ったある日、研究所内での小さな召喚実験に成功。

異界の小生物を呼び出すことに成功した。

それは白い腹と茶色と黒の模様の入った小鳥で、可愛らしい声で鳴いた。

この結果に研究者たちは飛び跳ねるほど喜び、すぐさま規模を拡大した実験の準備を行っていった。


魔法陣を拡大し、魔力をより充填し、必要な素材量も増やす。

研究所内でやるには危険な大きさとなり、彼らは森で実験した。


呼び出された異界の生物は、全身を黒い体毛に覆われ、胸のあたりに傷跡のような白い模様がある巨大な魔物のようであった。

召喚された直後から強靭な身体能力で研究者や近くの魔物や野生動物を殺戮した。

集落に到達する前に戦士複数人でやっと息の根を止めることができ、生き残った研究者たちはますますこの研究の有益性を実感した。


青年が王立図書館で異界召喚魔法を見つけてから1年半後、研究所の主任が国王に研究成果の報告を行っていた。


「陛下、我々王立魔術研究所は新たな魔法の実用化に成功いたしました」

「ほう、その魔法とは?」

「はっ、その魔法は異界から強力な存在を呼び出す「異界召喚魔法」です。この魔法はある研究員が王立図書館で発見し、1年半の歳月をかけて実用化まで解読と改良を行ったものです。」

「召喚魔法?眷属をその異界とやらに作るのか?」

「いえ、この召喚魔法は少し特殊で、眷属でも使い魔でもない異界の生物をそのまま召喚するのです。」

「眷属でも使い魔でもないだと。命令を聞かない存在などただ危険なだけではないか?」

「そうとは限りません。高度な知能を持った生命体であれば我々との意思疎通も可能でしょう。私たちはこの魔法の召喚対象を指定できる方法も発見しています。それは、召喚したい生物に近い生物を魔法陣の中心に置くのです」

「それは、生贄を捧げろと言っているのか。そこまでする価値のある魔法なんだろうな」

「大いに。現在までに最前線で召喚対象を指定せず召喚を行うことで強力な異界の生物を召喚し、魔族の軍勢にぶつけることで大損害を与えております。また、その効果か魔族は私達が試験を行っていた西部の町サイベへの攻撃を停止しております。

生贄を捧げずとも戦局を動かすのに十分な魔法といえます」

「ふむ、してその魔法は通常の魔術師でも再現が可能なのか?」

「はっ、少しばかり資材が必要ですが可能です」

「必要な素材は?」

「召喚したい生物よりも大量の生物の骨肉です。それは前線へ供給されている食料のうち肉類のものを使えばよいでしょう。干したり漬けたり焼いたりしても肉であれば問題ないことは確認済みです」

「わかった。今まで以上に肉類の供給を増やし、前線の魔術師へその魔法の手順を示した魔導書を供給しよう」

「ありがとうございます!この魔法は必ずや私達に勝利をもたらしてくれるでしょう!」


ーーーー


さらに数ヶ月が経つ。

異界召喚魔法は初めこそ各地で大戦果を挙げたが、魔族側の対応も早かった。

召喚に単純とはいえ儀式が必要なため魔術師が戦えない時間というのがある。

そこを的確に攻撃し、召喚を失敗させることで対処していた。

また仮に召喚できても、非力な生物が呼び出されてしまう場合もあり、かけた歳月に対して大きな戦果を得ることはできなかった。


研究員たちはついに生贄を捧げることを決意した。

人間での実施は初めてで、理論上誰かを使えば間違いなく異界の人間が呼び出されるはずである。

いや、今までに各地で何度も異界召喚魔法は使われてきたが、一度も高度な知能を持った生物はでてこなかった。

肉にありつくことしか考えていない凶暴な肉食生物、無力な家畜、逃げることしかできない草食生物。

意思疎通が成功した例はない。


しかしここで異界から人間を呼び、異界の武器や道具、技術を入手できたら、今度こそ大きく戦局は変わる。

そう考え、研究員たちは誰が生贄になるか議論した。

この際倫理は無視していた。

彼らは「賢く人間らしい者」こそが相応しいという結論に至り、研究主任が推薦され、本人もそれを受入れた。


魔法陣の上に主任が立つ。

念の為の生物の血液を周囲に撒き、魔法陣を完成させ、あとは儀式のみ。

研究員たちは泣いていた。

しかし止まれなかった。

儀式が終わるその瞬間まで、作業なき研究員は主任に敬礼していた。


「イコヘココテエコヲテベス、

キキヲエコガワ、

ヨノモケノイカイ!」


激しい光とともに主任は消えた。

”消えた”

そう、消えたのだ。

消えただけなのだ。


代わりの異界の人間は現れない。

研究員たちと魔術師は真っ青になって何を間違えたか調べた。

資材十分、魔法陣誤差髪の毛ほど、魔力十分、呪文は完璧に詠唱、いままでも何度も成功してきた場所での実施。

失敗の要素は見つからない。

しかし主任は消え、召喚されるはずの生き物がいない。


数時間に渡る検証の末研究員たちはある結論を出した。

「人間の召喚は不可能であった」

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