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ちょっぴり風変わりな彼女への恋心

作者: 季山水晶

 高校の入学式の帰り、まだ一緒に帰る友達は誰も居ない。先輩たちの始業式は明日なので、校舎は静まり返っていた。これから三年間お世話になる学校をもう少し見学したくて、他の新入生が帰った後も俺は校舎の周りや校庭を見渡しながらゆっくり歩いていた。


 入学式に参加してくれていた先輩方も既に帰っており、誰も居ない校舎で一人歩いていると高校生になった実感がジワリと湧いてくる。


 思ったよりも掃除が行き届いているな、廊下の隅にも殆ど埃が落ちていない。新入生の為に丁寧に清掃をして下さったのだろう、有難い。静かな校舎をゆっくりと見学が出来て本当に良かった。


 そして校門まで続く満開の桜並木を、春らしい柔らかく暖かな風を受けながらゆっくりと歩いている時、彼女を見つけたんだ。なんて長い髪……


 彼女もまた俺と同じ新入生なのだろう。制服が新しい。


 遠かったので顔の細かい部分まではよく判らなかったが、遠目で見てもキラキラと光に反射する黒髪。腰近く迄あるそれは動く度に踊っていた。加えて、小さな顔にしては少し大きめの黒縁の眼鏡が俺の眼に焼き付いた。


 彼女は誰も見ていないと油断しているのか、とても嬉しそうに満開の桜の木にそっと触れたり、舞い散る花びらを両手いっぱい広げて自身を回転させながら身体に浴びたりしていた。


 その様子は何かドラマの一場面の様で「現実にこんなことをする娘がいるのだな」と思い、ほんの少し笑いが込み上げた。


 俺は近づこうとはせずに遠目でその様子を見ていた。近づいて声をかけでもすればこのドラマの様な光景がふいになる気がしたのだ。だから離れた場所で彼女の行動を黙ってみていた。


 桜と戯れるのに飽きたのか、彼女は広げた両腕を体側に着けると、キョロキョロと何かを探すように地面を見つめていた。何か考え事をしている様に見えたのだが、彼女は落ちているごみに気付き拾い始めたのだった。


 それらをゴミ箱に捨てると、手をぱんぱんと叩き、満足そうに校門から出て行ったんだ。


 ◇ ◇ ◇


 週末の休みを挟み、今日は初めての通常登校の日。次にあの、例の彼女を見たのは驚くほどショートカットになっている姿だった。腰近く迄あった美しい黒髪を持ち、大きめに見える黒縁の眼鏡を掛けていたその人は、首筋位までのショートカットに変わっていたのだ。


 うっすら覚えている背丈と身体のラインに、俺にとっては目立つ黒縁眼鏡、間違いなく入学式で見つけたあの女の子だ。ショートカットもよく似合っている。


 だが、始業式の時に見たあのインパクトの強い長い黒髪を知っているクラスメイトにとっては、さぞかし驚く出来事だっただろう。俺は彼女とは別のクラスだった為、その驚きの様子を見られなかったことは非常に残念。


 まあ、俺も仮にその場に居れば同じように驚いていたのだろうけれど


 ただ、いくら面影があったとしても、あれほど長い髪が切られていれば、前に踊っていたあの娘と彼女とが同一人物であるとは、到底思わなかったかもしれない。あの黒縁の眼鏡が俺の眼に焼き付いていればこそ確信できたんだ。


 そしてその二つの出来事が、常に彼女を目で追ってしまうきっかけとなったことは紛れもない事実だ。俺の眼は彼女に奪われたんだ。


 ◇ ◇ ◇


 五月のある放課後、俺が焼却炉へごみを捨てに行くときの事だ。


 学生用のサイクルポート付近で女子学生が一人で校舎を見上げたたずんでいた。


 そこへ帰宅する別の男子学生がサイクルポートから自転車を取り出した時、数台の自転車がドミノ倒しの様に倒れた。男子学生は相当急いでいたのか、倒れた自転車達を気にしながらもそのまま帰っていってしまった。


 校舎を見上げたたずんでいたその女子学生は、自転車の倒れる音に反応しそこに目をやった。


 倒れている自転車に気付いた女子学生はサイクルポートに近寄り、黙って一台一台丁寧に自転車を立てだした。


 俺も急いでその場へ近寄ると、自転車を整えていたのはあの黒縁の眼鏡の彼女だった。


 初めてこんな近くで見た。目が大きくて可愛い…こんな運命の出会いみたいなシチュエーション。折角のこの機会を有効に生かさないとくれた神様に申し訳が立たない。


「あの…見ていたよ、放っておいて行っちゃうなんて酷いよね」


 俺のつまらない問いかけに対して彼女はピクリとも反応せずに、黙々と自転車を立て直している。


 言葉の選択を誤った……


 だが、これ以上何を言ってよいかもわからない俺は、一緒に自転車を立て直しに参加した。俺は気付かれない様に、こそっと彼女の行動を横目で見ていたが、残念な事に一度も俺を気にする様子はなかった。例えていうなら、飲み会の席で俺だけが酔っ払っていて浮かれ気分、彼女はしらふって感じだろうか。まあ、未成年の俺は酒など飲んだことは無いので、小説などでよく出る場面を想定しただけなのだが。


 ガチャガチャ言わせながら、黙々と自転車を整えていく。中には自転車のハンドルと車輪が絡みつき、知恵の輪の様になっているものもあったが、無言の連係プレーでさばくことが出来た。まあ、殆ど……いや、すべて俺がしゃしゃり出たのだが。


 二十台程自転車が止められるサイクルポート一基分の倒れていた自転車が全て立ち直った時、初めて彼女はほんの僅かだが俺に視線を向け「有難う」と呟いた。


 初めて聞いた彼女の声に驚いた俺は「君が倒したわけでもないのにお礼なんて」とまたしてもつまらない返答をしてしまった。本当に自己嫌悪に陥る、こんな時、もっと気の利いた言葉が言えたなら、会話が弾むかもしれないのに……


 彼女はそれ以上こちらを見る事も無く、黙って帰って行った。


 ほら、やっぱりだ。ああ…折角神様がくださった機会をどうやら俺は活かすことが出来なかったらしい。


 まあ、仕方なし。そう言えばあの娘は一体何を見ていたのだろう?


 俺は彼女が、自転車が倒れる前に何を見ていたのかが気になった。俺は彼女が立っていたサイクルポート付近に行き、彼女と同じように校舎を見上げてみた。そこで俺の目に入ってきたのはツバメの巣、中から小さな雛も数匹顔を出している。


 そうか、あの娘はこの雛たちを見に来ていたのか…


 黙って自転車を立て直す彼女、ツバメの雛たちに目を向ける彼女。どういう娘なのだろう一体。あの娘の事が知りたい…


 ◇ ◇ ◇


 井川いかわ睦美むつみ、俺と同じクラスで中学生の時にも同じクラスになった事もある。彼女は別のクラスなのに、あの黒縁眼鏡の女の子、森坂もりさか琴芭ことみと唯一仲良くしている女子だ。


 俺は相変わらず、森坂琴芭の事を目で追っている。客観的に自分を見るとストーカーと思えてしまう程だ。だから井川睦美と森坂琴芭が仲良くしているのに気づいてしまったわけだ。


 二人とも女子の中ではおとなしい部類なので、基本的には目立たない。クラスの中では仲良くしている友達も居て、決して避けられたりいじめられたりしているわけではないが、プライベートで仲良くしているクラスメイトは得には居なさそうだ。


 中学が同じでもなく、クラスも別々なのに、何故そんな二人が仲良くなっているのか。それは俺がストーカー……じゃなく、彼女の事を目で追っているからこそわかる事。その理由は二人とも本が好きで、ほぼ毎日図書室通いなのだ。知らない相手同士でも、毎日図書室で出会えば、何らかのきっかけで話したりする機会も出来るだろう。彼女たちの出会いは、一冊の本をほぼ同時に取ろうとしたところから始まった。その本が何なのかは後から調べて知ったのだが、ガウディとかいう建築家の事について書かれた本だった。高校生が読むにはマニアックな本だったので、意気投合したらしい。二人がその本を読み終えた後、俺もそれを借りてみたが、さっぱりだった。


 なんでそんな事を知っているかと言うと、その場に俺が居合わせたからだ。丁度近くの席で本を読んでいると、二人が揃って本を手に伸ばすその瞬間に。その日を境に彼女たちは隣合わせで本を読むようになったのだ。


 俺も本は嫌いじゃないので、それを自分のいい訳として週に2回は図書室に行っている。本当は毎日行きたいのだが、流石にそれをやるとストーカーと思われそうなので、それ以上は控える事にしたんだ。


 図書館での俺は、二人とは少し離れた席で本を読むのだが、実際は二人が気になって何度も同じ所を開いてしまう。なるべく二人を見ない様にしているのだが、耳にかかった髪を掻き上げる仕草一つさえ目で追ってしまうのだ。あぁ、こんな事が二人にばれたら、俺の来る日は図書館に来なくなってしまうかもしれない。


 彼女たちの行動といえば、図書室ではただ黙って隣で本を読んで過ごすだけ。ザ、文化部って感じの二人が隣合わせで本を読む姿はなかなか絵になるもので、不思議と見飽きない。こんな事をやっているから、自身をストーカーみたいに思ってしまうのだろうな。


 まあ、それはいいとして、二人は決まって校門閉鎖前の17時に席を立ち、その日読んだ本の感想を帰り道に話すのだ。本当に楽しそうに談笑している。誤解のないように言っておくが、決して帰り道まで付き纏っているのではない。本当にたまたま帰り道が一緒になった時にその会話が聞こえてきたのだよ。


 俺も、もっともっと本を読めば、彼女たちの会話に混ざることが出来るだろうか。


  ◇ ◇ ◇


 体育祭、偶然にも俺と井川睦美と森坂琴芭は同じ紅組になっていた。神様に感謝、今回こそはこの機会を大切にいたします。たまたま同じ紅組になった事をきっかけに、運よく話すことが出来れば僅かずつでも距離が近くなるかもしれない。紅組は全て同じエリアに席があるので、俺はキョロキョロと辺りを見渡した。いた、あれは井川だ。


 井川は赤の鉢巻きを頭に巻いて、半興奮状態で柔軟体操をしていたが、折角同じ紅組になった森坂の姿が見えない。仲良さそうに話しているのは同じクラスの佐々木だ。おかしい、仲良しの二人の事だから常に森坂と井川はクラスは違えど、一緒に居ると思っていたのにどういうことだ?


 だが、俺がいきなり井川の元へ行って「なあ、森坂はどうしたんだ?」なんて聞けるわけもない。そもそも、井川ともあまり話したことが無いのだから。うーん、他に彼女の事を調べる手段としては……うん、そうだ。プログラム。


 俺はプログラムに書いてある競技の出場者一覧へ眼をやった。サッと見ただけでは森坂の名を見つけることが出来なかった。ん?無い、もう一度最初から。おかしい、やっぱり名前が載っていない。確かに最初に配られたチーム一覧表には森坂の名前はあったはずだ。あの喜びが幻だったとは到底思えない。なら、どうして出場者名簿から名前が無くなっているのか……


 今の俺に考えられることは、人数の加減でチーム分けが微妙に再編成されて、森坂が違うチームに行った、もしくは突然彼女に何か用事が出来て体育祭を欠席した、のどちらかのはず。後者は違う。突然の欠席なら出場者名簿から名前が消されているはずがない。という事は別のチームに居るという事か。


 俺は競技の間、他チームの生徒に目をやり必死になって彼女を探した。


「おい、えらく必死になって競技を見ているじゃないか。お前がスポーツに興味があるとは思わなかったぜ」


 競技に釘付けになっている俺に、クラスメイトの伊藤が話しかけてきた。伊藤は一応俺の数少ない友人と呼べるうちの一人で、いわゆる脳筋。スポーツ大好き少年だ。自分の出番以外興味を示さず、雑談を繰り返している他の生徒と違い、熱心に観戦している俺が気になったのだろう。


 同じ興味を示すものが見つかれば、話したくなるのは人間のさが。同調してもらえる事を前提に伊藤は笑顔を浮かべていた。


 俺の興味は何処に森坂が居るのかという事であって、誰が運動能力に優れているかとか、どのチームが優勢かとかではない。だが、俺は一応空気が読める男だ、この場でわざわざ場の空気を乱すことはしたくない。


「ああ、皆よく頑張っているよな。俺も、もう少し運動が出来ればもっと貢献できるのに、残念だよ」


 嘘は言っていない。伊藤と違って、実際に俺は然程運動が得意ではない。だが、それを悲観したり、負い目に感じたりしているわけでもない。人にはそれぞれ得手不得手がありバランスが取れていると思っている。そもそも集団があるからこそ比較ができて、得手不得手が成立するのだ。独りだと得手も不得手も無い。だから得意の者が頑張れるのは不得意の者が居るからであって、不得意の者は得意の者の貢献者なのだ。


 俺の本心は兎も角、俺の「もっと貢献できるのに」と言ったひと言に気を良くした伊藤は、更にニコニコしながら「いや、お前も頑張っているよ。そうやって熱心に見てくれているだけでも、頑張ろうって思う奴もいるものさ」と話を合わせて来る。


 そう言えば、伊藤は体育委員だったな。もしかして森坂の名が無くなった事情を知っているかもしれない。


 俺は本当の意図を悟られない様に、注意深く伊藤に尋ねた。


「そう言えば、チーム分けは再編成でも行われたのか?」


「ん?どうしてだ?そんな話は聞いてないぞ?」


 伊藤は怪訝な表情を浮かべる。


「何となくだけど、チームの人数が少なくなって様な気がしてな。チームの一覧表から名前が消えている奴でも居るのではないかって思っただけさ」


「なんだなんだ?ははぁ、さては誰か気になる奴が同じチームに居たのに、居ないから気になっていたってとこかぁ?」


 う、なかなか鋭い。さりげなく聞いたつもりだったが、一気に急所を突かれるとは。


「いや、別にそういう訳ではないんだけど、なんか、何となく見た名前が居たのに居なかったら、勘違いしたのかと思って確かめたくなっただけで……深い意味なんてないんだけどな。まあ、気にしないでくれ、どうでもいい事なんだよ」


 深い意味なんて無い……とは言い難い、下手ない訳だった。「どうでもいい事なんだよ」と言ったが、どうでもよくないと言っているみたいなものだ。さっきの一言で分かった様に伊藤は鋭い奴だ。そもそも質問する相手を間違えていたのだ。


 伊藤は少しの間沈黙をして、口角を少し上げて含み笑いをした後、こう言った。


「ああ、深い意味なんて無いよな。ちょっと気になっただけだよな。あ、そうそう、森坂なら個人的な事情で欠席になっているぜ、チーム分けが決まった次の日くらいに欠席が決まったって先生から教えて貰ったんだ。一応、俺、体育委員だしな。じゃあ、この後も応援よろしく」


「え、な、なんで森坂?……ちょ……」


 俺は必死になって否定しようとしたが、既に伊藤は行ってしまった後だった。あいつは一体どうゆうつもりであのような発言をしたんだ?俺が森坂の事を気にしているって知っていたのか?なぜバレた?


 その後の運動会は、伊藤の眼が気になって自分なりには一生懸命に参加し、応援した。あの様に言われてしまった以上、俺が腑抜ふぬけになったら伊藤の予想を肯定したことになってしまう。同級生の中には「○○が好き」と、堂々という奴も居るが、俺はそういうタイプではない。


 この恋を成就させたい事に間違いはないが、それ以上に失敗したくはない。つまりフラれるのは嫌なのだ。それも第三者が絡んだことによってフラれてしまうと、一生その第三者を恨んでしまいそうで、そういう自分もきらいになってしまうだろう。


 そんな事を考えている時、俺の方へ向けられている嫌悪の眼差しには全く気が付いていなかった。


  ◇ ◇ ◇


 体育祭も終わって、少し疲れは残っていたが、俺は図書室へ向かった。今日、森坂は休んでいるので図書室へきているはずはない。こんな時こそ、集中して読書に励める。来るかどうか分からないが、来るべき日に向けてしっかり知識を蓄えておかないと。


 俺が本棚で本を物色している時である。流石に体育祭の後なので誰もこのエリアには存在しないと油断していたその時、いきなり背後から尖った口調で声をかけられたのだ。


「ちょっと、芝野。あんた森坂琴芭の事が気になっているみたいね」


 心臓が止まるかと思った。いきなり話しかけられたのと、森坂の名前が飛び出した事で俺の動揺は隠せなかった。


「え、あ、え、何のことだ?」


 振り向くとそこには井川睦美が仁王立ちしていた。しかし、なぜ怒っている?意味が分からん。


「体育祭の時聞こえていたわよ。伊藤と森坂の事を話していたでしょう。あんたいつも図書室に来ていたわよね、森坂目当てだったとはね。あの娘は誰とも付き合わないし、あんたと友達にもならないわ。変に期待なんてしない事ね。それと、私達にも関わらないでくれる」


 一方的に好きな事を言われた。伊藤があのように言っただけで、俺は森坂の名前など一言も言っていないし、その事を聞いたこともない。それがどうしてこうなる?今まで関わった事も無いのに……これからも関わるなと。今、正に一方的に第三者を通して俺はフラれたのだ。


 それに驚いた事に、おとなしい部類の井川がこんなにも凄い剣幕で怒りをぶつけて来るとは予想外だった。


 判らない事は、全て彼女の思い込みに他ならないはずなのに、どうしてそう言い切れるのか?伊藤が変な解釈をして他人に言いふらしたか?それとも週二回図書室に来ているだけでストーカーと思われたのか?それでもほとんど一緒の時間に帰ったりもしていないし、図書室でも俺はいつも固定の場所に座っているので、そう思われる理由も分からない。考えれば考える程なんだかイライラしてきた。


「ちょっと待てよ。俺はその森坂さんと喋った事も無いし、気にしていると言った事もない。勝手な思い込みで俺の貴重な読書時間を奪うのは止めてくれるか」


 つい、強い口調でそう言ってしまった。あのサイクルポートでの一件で二言三言、言葉は交わしたが、決して会話と言える代物ではないので、嘘は言っていない。


 俺のそのセリフで井川は絶句した。その態度で根拠があってそう言っているのではない、という事が理解できた。なら何故、彼女は根拠も無いのにそう言ってくるのか。逆に森坂の身辺に何かあったのではないかと心配になってくる。ただ、その事を問うと「ほら気にしているじゃないの」とこれ見よがしに逆襲に入るだろう。気になるがここは堪える方が賢明だ。


 俺が彼女の返答を待ち、黙って立っていると「何も無いのならいいわよ」と捨て台詞を吐いて図書室を出て行ってしまった。


 もしかして、森坂はいつも図書室で一緒になる俺の事が嫌で、その事を井川に言っているとしたら……だから、井川は森坂の居ない今日を狙って俺に言いに来たとか……ネガティブな想像しかできない、へこむなぁ。


  ◇ ◇ ◇


 それから数週間、井川は俺と出会っても特に何も言ってはこなかった。体育祭を休んだ森坂も元気に登校をして、図書室にも今までと同じように顔を出す。俺は図書室に行くことは止めなかった。俺が行かなくなれば、井川のいう事を肯定した事になってしまうからだ。


 図書室では俺の方を時折チラチラ気にしているのは井川だけであって、森坂は全く俺を気にする気配はない。彼女が俺に対し嫌悪感を持っているのではないかと言う疑惑は、俺の思い過ごしかも知れない。そう思うと、どういう意図で井川が俺に食って掛かってきたのかを知りたくはなるが、またあの剣幕で来られることを想像すると、とても話しかける気にはならなかった。


 初夏のある日、寝過ごした俺は大慌てで学校に向かっていた。遅刻は確実、この時間、校門は閉まっているので裏門から入るしかない。もう既に授業は始まっている時間なのでこの辺りには誰も居ない。開き直った俺はイチョウ並木が風に吹かれ、奏でている優しい音を聞きながら初夏の爽やかさを味わった。風が俺の汗を乾かしながら熱された体温を心地よく奪ってくれる。


 次の授業が始まる迄、どうやって時間を潰そうか……等と考えている時である。


 1本のイチョウの木の陰に誰かが座り込んでいるのが見えた。女子学生だ。後ろから見ると身体は木にもたれかかり、腕はダランと垂れさがっている。眠っているのか?……いや、どちらかと言うとぐったりしている様に見える。しんどくて倒れているのか?


 俺は急いでその女子学生に近寄った。なんと、そこで木にもたれかかりぐったりしていたのは森坂だったのだ。彼女は目をつむり顔に汗をじっとりと搔いている。頬も赤く呼吸も早い。どう見ても昼寝をしているという感じではない。


「おい、大丈夫か?しっかりしろ、森坂」


 俺はしゃがみ込んで彼女の肩を叩き、そう声をかけると森坂はうっすら目を開けた。これは起きたというより、刺激によって目を開けたって感じの奴だ。この行動が良いのかどうかは分からないが、俺はカバンから持参の冷えたお茶を出した。そして付属のコップにお茶を入れ、彼女の口元へ持って言った。


「ほら、冷たいお茶これを飲んで、大丈夫まだ一度も俺は口をつけていないから……」


 唇までコップを運ぶとコクン……コクン……と言わせ二口程飲水。そして再び彼女は目を閉じる。飲んだ、意識はあるようだ。


「俺の背中につかまって、直ぐに保健室迄連れて行ってあげるから」


 こんな時はお姫様抱っこをする方が格好は良いのだが、それ程腕力のない俺には到底そんなことは出来ない。せいぜい背負う事が精一杯。直ぐに先生を呼びに行くという選択肢もあるのだが、ここからだと保健室迄それ程の距離はない。背負ってなら十分運べるし、何より彼女から目を離したくないという気持ちの方が強かった。


 俺は彼女の前に背を向けて、腕を引き背中に抱き寄せた。彼女自身も自分に危機が迫っている事を自覚していたのか、素直に俺の首に手を回してくれたんだ。


 そして彼女は俺に聞こえるか聞こえないかのくらいの声で「接近してしまうきっかけが出来てしまうとは……時の流れは残酷ね」と呟いた。聞こえないふりをした俺だが、全く意味は分からなかった。


 ◇ ◇ ◇


「先生!大変です。裏の木の下で森坂が倒れていたんです」


 倒れていたとは少し語弊があるかもしれないが、まあ似たようなものだし許して貰おう。


 森坂を背負っている俺に驚いた保健室の山本先生は、直ぐに俺の背中に回って彼女を支え、ベッドに寝かせた。俺も一度気分が悪くなって世話になった事がある山本先生は、保健師の資格を持っている女の教師なので、きっと最適な方法で彼女を診てくれる。


「森坂……」


 山本先生の表情が以前俺を見てくれた時より、過剰に心配している様に見えたのは気のせいか?


 山本先生は彼女の名前を呟いた後、俺の方へ向き直った。


「芝野くん、有難う。森坂さんにはしばらくここで休んでもらうから。それと、授業中なのにあなたと森坂さんは、なんでここに居るのかしら?」


 山本先生が保健師からいきなり教師に戻った。仕方がない、俺は素直に遅刻してきた事と、森坂を発見した状況を説明した。


「もう、今度から遅刻しないようにね。森坂さんの事は私がちゃんと診ておくから、今からでも授業に出てきなさい」


 お姉さんの様な先生にそう言われてしまうと次の授業が始まるまでの間、どこかで時間を潰すことが出来なくなってしまった。仕方がない、目立つことは避けたいのだけれど授業に出るか……


 そう言えば、彼女の名前を知らないはずの俺が「森坂」って何度も口走っていた。後で、「何で知っていた?」とか聞かれると嫌だな。いっその事、学校中全員の名前を思えているとでも言おうか?うん、そんな事は無理だな。


 俺はそんなどうでもいいようなことを考えながら授業に向かった。


 ◇ ◇ ◇


 森坂が倒れた日から五日後に夏休みに入った。直ぐに夏休みだった為、大事をとったのか森坂はあの日から学校には来てはいなかった。元気な彼女の顔が見られなかったので、その後どうなったのかが心配になる。ただ、誰にもその事を聞くことは出来ないけれど……


 夏休みに入って一週間は全員必須の個別の進路相談があり、俺の枠は休みから三日目の午前中だった。


 進路相談当日の事である。俺の通っている学校は二足制なので、校舎に入る際上履きに履き替える必要があるのだが、上履きの中に手紙が入っていたのだ。


 もしかしたら不幸の手紙かも知れないのに、こういうシチュエーションはついついラブレターを思い浮かべてしまう。丁寧に封をされた薄緑の綺麗な封筒で、可愛い一凛の花が模様についてある。中身が気になる所だが、これから進路相談なのであとでゆっくり読むことにした。


「おい、芝野。お前ならもっと成績を伸ばせるはずだ。夏休みの間頑張れよ」


 中の下である成績の俺に、担任教師は誰にでも言っているだろうセリフを吐いた。きっと皆にそう言っているのだろうと思いながら、義務的に「はい、頑張ります」と元気に言ってやった。早く帰って手紙の中身を知りたい俺は、そう言うと直ぐに帰れるかと思っていたが、やる気があると思われたのか、教師は勉強の仕方などを事細かく語り出した。またやってしまったいつもの語彙選択ミス。だるそうに聞くと別の意味で説教されそうなので、熱心なフリをして話を聞いた。とは言え、彼も俺の将来を考えて一生懸命語ってくれているのだ。そう考えると有難い話なのである。が、別に今日でなくても……


 目一杯時間を使って個別相談を受けた俺は、手紙をどこで読もうかと考えた。壁に耳あり障子に目あり、もし本当にラブレターだったとして、ニヤ付いている姿を誰かに見られたらと思うと、学校内でそれを読むのは得策ではない。


 家に帰ろう。


 ◇ ◇ ◇


 自室でベッドに寝転がり、丁寧に封のされた手紙をそっと開封する。中には同じ薄い緑色をしたレターペーターに、美しい文字が書かれていた。一目見ただけでこれが不幸の手紙ではない事が分かり、取り敢えずホッとした。


『こんにちは芝野さん 


 森坂琴芭と言います。初夏の暑い日に私を保健室まで運んで下さり、有難うございました。


 人目に付きにくいあの場所で、長い時間あの状態だったら命に関わるとお医者様からも言われ、あなたの優しさに感謝しております。ごめんなさい、嘸かし重かったでしょう。あなたに助けて頂いたことは保健の山本先生からお聞きしました。学校でお礼をとも考えたのですが、今は夏休みで二学期まで待てなかった私は、個別相談の登校日を利用して手紙をお渡しすることにしました。私の登校日は初日の一番乗りだったので、その日に誰よりも早く来て、あなたの靴箱にこの手紙を入れさせて頂きました。この手紙が無事届きます様に。


 それと、あなたにお渡ししたいものがあります。一方的な申し込みで申し訳ありませんが、ご都合が合いましたら7月20日の10時に駅前の『胡蝶蘭』という名のカフェでお待ちしております。ご都合が合わなければまたの機会をお伺いいたしますので、お気になさらないで下さい。


 それでは失礼いたします。

                             森坂琴芭   』


 なんと森坂からの手紙だった。ラブレターではなかったが、思いもよらぬ手紙だった。俺なんか森坂に全く相手にされていないと思っていたからだ。だが、それ以上に彼女が元気になっていたことが嬉しかった。また、元気な彼女を見ることが出来る。今度は挨拶くらい交わせる仲になれるだろうか。


 そう言えば、7月20日って言えば……進路相談の最終日の次の日だ。どんな予定が入っていてもそれらをキャンセルして『胡蝶蘭』に行く。初めて彼女と話が出来る、急に鼓動が早くなった。1秒が1時間にも感じられる程、俺の中の時間が伸びた。逢いたい……俺は期待に胸を膨らませた。


 ◇ ◇ ◇


 7月20日 9時50分 カフェ『胡蝶蘭』


 店に着くと既に彼女は中に居て本を読んでいた。店の名前が『胡蝶蘭』と言うだけあって、あちこちに胡蝶蘭が飾られている。けれど、胡蝶蘭だけでなく、様々な種類の蘭が飾られており、小さな植物園の様なカフェだった。さぞかしカップルに人気があるんだろうな。


 近づいてきた俺を見つけた森坂は、スッと立ち上がり軽く会釈をした。俺も会釈を返し自分の名前を名乗って対面の席へ腰を掛けると、彼女も少し遅れて腰を掛けた。はっきり分かった事は森坂が俺の顔を知っていたという事。そして戸惑わず近づいた俺が彼女を知っていたという事実を身体で表してしまったという事。


 そうか、俺の方は保健室に連れて行ったのだから、知っていてもそれ程おかしい話ではないか。そう言えば、間近でここまでじっくり見るのは初めてだな。色白でやっぱり眼鏡も少し大きいな。目も大きくて整った顔をしている。やっぱり可愛い顔をしているよな。


 などと言い訳を含め、色々考えていると、森坂は少し照れた表情を受かべながら口を開いた。


「こんにちは初めまして森坂琴芭と言います。芝野さん……今日は勝手な私の申し出を受けてくれてありがとう。それと、あの日助けてくれてありがとう。どうしても、目の前でそれを言いたくて……それと、これを……お礼です。私の大好きな本なの。気に入ってくれたら嬉しいな」


 俺は一冊の本を彼女から受け取った。自然が大好きな人が書いているエッセイ集、表紙も綺麗な配色の自然の絵で飾られていた。


「あ、有難う。綺麗な本だね、大した事もしていないのに、こんないいものを貰っちゃって……帰ったらすぐに読んでみるよ。……い、いやあ、実はあの日たまたま遅刻して裏から入ったら、森坂さんが倒れていたからびっくりして……」


 相変わらず自分の表現の乏しさに悲しくなる。貰った本の様に、洒落た気の利いたセリフってどうすれば言えるようになるのかね。俺は言葉に詰まった。すると、森坂の表情が明るくなった。


「私の名前知ってくれていたんだね」


「あ……」


 ……


 突然の攻撃で更なる沈黙を余儀なくされた時、タイミングよく店員が注文を聞きに来てくれた。彼女はホットココアを俺はコーヒーを頼んだ。


 ココアとコーヒーが到着するまでの間沈黙は続いたが、届いたココアを一口飲んだ森坂は再び口を開いた。


「実は私は芝野君の事を知っていたんだよ。最初に倒れている自転車を一緒に直したよね、あ、最初は入学式の時だったかしら。あなたを初めてみたのは。その後、図書館でもたびたびあったね。喋ることは無かったけど、知っていたんだよ」


 俺の事を知っていた素振りなんて全く見せなかったのに、俺だけが一方的に知っていると思っていたのに。


「知っているとは思っていなかったよ。じゃ、じゃあ、俺も告白するけど、俺も森坂の事は入学式の時から見つけていたんだ。当然図書室に居た事も知っているよ」


 俺の鼓動は自分の耳に聞こえるのではないかと言う程高まっていた。彼女が俺の事を知っていたという事実が、更に俺の動揺を煽っていく。しかし、彼女はそれを軽く躱すようにフフフと笑った。


「あの倒れた日ね。朝にシラン(紫蘭)が満開になるんじゃないかって、ワクワクしながら校舎の裏に見に行っていたの。そうしたら突然気分が悪くなってきて、目の前が真っ暗になったの。もう、動けないんじゃないかって思った時にあなたが冷たいお茶を飲ませてくれて、少しだけ元気になれたの」


「……」


 どう返答するのが正解か判らない俺は、言葉を詰まらせていると森坂は話を続けた。


「私ね、ものすごい人見知りだから、自分から人に声を掛けたりできないの。井川さんが仲良くなってくれたのも彼女が積極的に私に話しかけてくれたから。だから、今回の手紙も凄く勇気が要ったのよ」


 その後、森坂は学校の裏に生えているシラン(紫蘭)の赤紫色の花がいかに美しいか、校舎に巣を作っている燕の雛が飛ぶようになったことや、井川と一緒に巨匠と呼ばれる建築家の建造物がいかに素晴らしいかを語り合った事、そしてこれまで読んだ本で自分が気に入った物の紹介など、身振り手振りを加えながら息つく間もなく話し続けた。まるで何かを必死になって俺に伝えたがっている様な……


 今までお預けをさせられていた子犬のが餌を与えられた時の様に嬉しそうに話す森坂の話を、俺はただただ頷いて聞いていたんだ。


「はぁ、沢山話しちゃった。有難う付き合ってくれて、そろそろ帰らなきゃ」


 ため息交じりに森坂はそう言った。


「楽しい話を沢山してくれてありがとう。また話が聞きたいな。夏休み、またどこかで会えるかい?」


 俺はこの機会を逃すまいと、次に会う約束を取り付けようとしたが、彼女は首を横に振った。


「ごめんなさい。この夏は田舎で過ごすことになっているの、二学期迄この街には戻らないの」


「そうか、残念。じゃあ、また学校でだね」


 この街に居ないのなら仕方がない。でも、仲良くなれた事で、話が出来た事でまた会えると信じた俺は、楽しみは二学期迄取っておけると自信を持つことが出来たんだ。


 でも、気のせいだろうか?彼女の表情は少しだけ顔が曇った様に見えた。その後、彼女はニコリと微笑んだ。


 ◇ ◇ ◇


 新学期が始まり、通常授業が始まっても森坂の姿は見なかった。図書室に行っても森坂は居ない。井川は図書室に来て本は借りているが、そこでは過ごさず家に持ち帰っている様だった。


 2週間ほどたったある日の事、いつもの様に図書室で本を読む俺の元へ井川がやってきた。前回、俺に話しかけてきた時とは違い、神妙な顔つきでどことなく暗い。


「あの……芝野、この間はごめん、ちょっといいかな?」


「ああ、図書室での雑談はダメだから他所に行こうか」


 井川なら森坂が学校に来ていない理由を知っているかもしれない。彼女には何を言われるか判らないが、彼女の動向を伺えるこのチャンスを逃すわけにはいくまい。


 俺たちは体育館の裏へ足を運んだ。


「あのね、話したいことと言うのは森坂さんの事なんだけど」


 そら来た。俺が彼女とカフェで逢った事を井川は知っているんだ。そして、その事で俺に何かを言おうとしているんだな。


「うん、何?聞かせて」


 俺は全集中力を耳に傾けた。だが、聞いた話の内容は全く予期していない内容だった。


 井川の話では、森坂は余命いくばくもない不治の病に罹っていた。だから、人と早くに分かれる事が決まっているから、極力友達を作らない様にしていたのだ。自分も寂しいし、友人もきっと悲しむだろうから……恋人などとんでもない話だ。だが、図書室で井川と会ってしまった。距離を置こうとしたが、井川はそれを許さなかった。だから、彼女だけには事情を話し「気にかけてくれてありがとう」と森坂は去ろうとしたが、どんなことになっても友達になり続けると言った井川に森坂は涙ながらに「ありがとう」と言ったのだ。井川は森坂の初めてで唯一の親友になった。だから井川は森坂がこれ以上、辛い思いをしない様に協力しようと決めた。それも彼女に気付かれない様に。


 井川が俺に食って掛かってきた事も、決して嫌悪感からではなく、彼女だけでなく、俺の事も思っての事だった。森坂が俺に、俺も森坂に若干の興味を持っていた事を知っていたが故に、近づけない様に敢えてあのように食って掛かったのだった。


 森坂は俺に人見知りだと言っていたが、森坂は決して人見知りなんかではなかった。森坂の事情を知っている人との間ではいつも楽しげに話していたらしい。それに自然が大好きで、いつも学校の隅々に生えている花や鳥を見て回っていたのだ。出来る限り色々なものを目に焼き付けていたかったのかもしれない。


 それと夏休みだが、彼女は田舎に帰ったのではく、何処かの大学病院に入院したのだ。実は体育祭の時もそうだった。精密検査の為に学校を休んでいたのだ。どこの病院に入院しているのか、どんな病気なのかは井川も知らなかった。入院した事は森坂の両親から聞いたそうだが、それ以上の事は本人に硬く口止めされているとの事だった。弱っている姿を井川にも見せたくはなかったのだ。


 彼女は本当の事を俺には話してくれなかったのだ。俺の心は最初に彼女を桜並木で見つけた時から、奪われていたというのに……そして今、その事に気付かされたんだ。


「そんな大事な事……なんで俺に話してくれたんだ?」


 俺は震える声でそう言った。震えを止める事など、出来やしなかった。


「あんたが森坂の事を待っているんじゃないかと思って……彼女が少しでも気にしていたあんたは事実を知っていてもいいんじゃないかって思ったの」


 俺は黙って井川の話を聞いた。井川も辛い中、俺の事も考えてくれていたのだ。俺の眼も、井川の眼からも、涙が零れ落ちる。


「井川……教えてくれてありがとう」


 俺は顔を伏せたまま、井川に礼を言った。井川も黙って頷いた。


「あの……この話知ってた?あの娘、髪の毛が長かったのを知ってる?それをバッサリ切ったのも。あんなに短くするのは3度目だったんだって。医療用ウィッグって知ってる?抗がん剤とかで髪の毛が無くなった人のカツラみたいなものなんだけど、あの娘ね、自分の命が短いから、少しでも人の役に立てるならって、髪の毛を提供していたの。そしてね、その髪を着ける人が居たら、私が生きた価値があるでしょって……この事を知っているのは私とあなただけだから……ね」


 彼女にとって髪の毛の長さは似合う似合わないの話ではなかったんだ……今もどこかで彼女は病気と闘っている。今の俺はそれを傍観する事しか出来ないんだ。


 教師たちは森崎が休んだ理由を知っていたが、彼女のクラスメイトには家庭の事情で突然引っ越したということになっていた。急な事で挨拶も出来なく申し訳ないと伝えられたそうだ。


  ◇ ◇ ◇


 高校三年の2月、俺はある大学の受験の面接を受けていた。


「君が医師を目指す目的を話してみてください」


「はい。私が医師を目指す理由は、大切な人が苦しんでいる時、傍観する事しか出来ない悔しさを知りました。この先、どんな場合に於いても、私を必要として下さる人の手助けができる立場でありたいと思うのです」


読んで下さりありがとうございます。

誤字報告有難うございました。

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