五十参話 毒カラスのネヴィン
濃霧が辺りに漂い、視界は悪い。
「サクラー!!」
コハが大声でサクラ君を呼んでも、返事はない。
そこにきて、分岐路。
ふたてに別れることになった。
少し進んで、そしてコハの選んだ道の方からサクラ君の悲鳴が聞こえた。
遠い所からなのに、悲惨な悲鳴だった。
「サクラ!!」
道を戻ってみると、そこには休憩所があった。
バリアが張ってあって、拓けている。
そしてそこに、死んでいる毒カラスと動揺しながらも荷物をあさるコハと、地面に倒れて苦しみにあえいでいるサクラ君がいた。
「コハっ?」
コハが涙声で言った。
「毒カラスからの奇襲だ!サクラ、左目をやられた!!」
サクラが苦しそうに毒でおかしくなって叫んだ。
「が・・・がっ・・・兵士・・・兵士たちの、トキの声が聞こえる・・・我も・・・今いくぞ!!つるぎ・・・剣はどこだっ!!」
「ネヴィンの毒に侵されてるっ。押さえるの手伝って!!」
コハの言うとおり、馬から下りてサクラ君の身体を押さえる。
「サクラ君、しっかりしてっ・・・コハ、目薬はっ?」
「今、探して・・・あ、あった!!」
サクラ君の特殊体質用の目薬の瓶に―・・・一滴も、目薬は残っていなかった。
「そんなっ・・・そうだ、聖魔法で」
「待って!!もしかしたら僕にできることがあるかもしれない!!」
「それは何っ?」
「僕は水属性の魔素も持ってる」
「――・・・毒カラスの毒は水分、ってことっ?」
コハはうなずいた。
両手をおもむろに、サクラ君の左目近くにかざす。
「身体、押さえていて・・・」
「何をするのっ?」
「眼球水分をなるべく残して、毒だけ抜き取る・・・魔法で」
思わず息を呑んだ。
「可能なの?」
「分からない・・・だいぶエネルギーを使うと思う。出来るのは多分、一回だけだ」
「私に何か出来ることはっ?」
「今は、サクラの身体を押さえていて・・・」
コハの手が淡く光りだした。
「バリアと水と風魔法を混ぜて・・・毒を、抜く・・・」
コハは自分の水筒から水を、サクラ君の左目にかけた。
サクラ君が歯を食いしばって暴れそうになるのを必死で押さえた。
コハの魔法が発動して、サクラ君の左目から、宙にふよふよと水玉が出てくる。
「さっきの水筒の水で毒を抜きやすくしたのね」
「・・・全部は無理かもしれない・・・目薬がないと・・・ヤバい・・・」
コハが魔法を発動させすぎたせいでサクラ君の横に倒れた。
動けない、とぼやく。
そして宙に浮いている水玉が、一瞬で凍って地面に落ちた。
氷魔法が使えるのはサクラ君だけだ。
「サクラ君っ・・・」
「うっ・・・逃げるんだ・・・アメ・・・俺のことはもう、いいから・・・」
「イヤよ!!」
「じゃあ・・・・・・目薬をとってきてくれ・・・」
「目薬?」
「休憩所に預けてあるから・・・取って、来て、くれ・・・」
サクラ君が気絶して、コハが「よろしく」と言って眠りに入った。
慌てて馬に乗り、山を駈け降りる。
――目薬、目薬、目薬!!
魔女ネヴァンが目覚めたあたりから、風魔法通信が難しい。
直接確かめてみないと、目薬があるのか分からない。
――今の私に出来ること!!
「止まってーー!!」
馬がいななき、突然急停止して、上半身を上げていなないた。
「何っ?」
そこにいたのは、白いローブを着た人物。
道にたちはだかったその人物は、まぶかにフードをかぶっていた。
「何者ですかっ?そこをどきなさいっ」
「お願い、話を聞いてっ」
「――・・・まさか・・・魔女ネヴァン!?」
「違うっ!!証拠を見せますっ」
その人物はフードを肩に落として、顔を見せた。
その顔を見て、ぱちくりとしてしまう。
その姿は自分で、そして金髪ではなく白髪だった。
――お母様?そんなわけはない・・・魔女ネヴァンは、黒髪にしか変化できない。
白髪の女性が言った。
「アメ、言えることは少ない。それが決まり」
「あなたは誰なのっ?」
「わたし、なの」
「・・・何を言っているの?」
確かに姿はそっくりだ。ただ、少し年齢を感じる。
「ゼーウスを使ったの」
「古代兵器?」
「そう、タイムスリップの機械」
「あなたは・・・」
「わたしは、あなた、なの。一回切りしかチャンスはない。これ・・・」
彼女が手元の瓶を示した。
「それは?」
「目薬」
「は?」
「短く説明する。あなたは下の休憩所に戻ったら、全員の体調不良により、サクラ君とコハを残して強制的にハゲドク山を下りることになる」
「そんなはずはないっ」
「サクラ君はコハの意思でエネルギーを別けられて、ひとりで帰還・・・コハは死ぬ」
「はぁっ?」
「そのあとサクラ君は完成した古代兵器ゼーウスを使って、あなたに・・・キスをするの」
息を呑んだ。
――サクラ君、だったんだ、あの、口づけ・・・
「本当のことなの?」
「これ、未来が作ったサクラ君用の目薬。それから、それが叶ったら聖魔法で癒してあげて」
「――・・・分かった」
白髪の人物が目薬を渡して、そして「ミッションクリア」と言った。
そしてその人物は「二度とゼーウスを作るな」と言って、いつの間にか消えた。
手に握った小さな小瓶を握りしめ、馬の方向転換をして、走らせる。
――私の呪いを解くキスをしたのは、サクラ君本人だったんだ!!
小さな休憩所に戻る頃には夜になりはじめ、ふたりがいる場所に戻る。
――ふたりともまだ生きてる!!
その場の浄化をして、太ももに隠してあった銃を取り出す。
それを空に向かって撃つと、光の軌道が咲いた。
照明弾だ。
――あとは、山の解毒を任せておかねば。
数秒だけ、風魔法通信が届いた。
「姫っ、あ、つながった!!姫っ、隣国の空船が動き出します!!どうかご無事で!!」
ふつりと通信が切れる。
熱に浮かされて苦しんでいるサクラ君の頭を自分の膝枕に乗せて、聖魔法で癒やしながら目薬を差していく。
癒やし魔法〈ヒール〉の発動に疲れた頃、サクラ君の容態は良くなっていて、そして睡眠をとっていたコハも真夜中には目覚めたようだった。
コハは焚き火を用意してくれて、簡易の粥を作ってくれた。
膝枕をしてスプーンで少しずつ、サクラ君は私の差し出す粥を食べてくれた。
「俺はもう食べたから、自分の分、食べて。交代しよう」とコハ。
「うん。ありがとう」
粥を泣きながら食べて、そして少し横になると疲れで眠ったらしかった。
翌日の朝方目が覚めて、そこにはヒョンファを植えているコハ。
そして命を取り留めたサクラ君が起きていて、「アメ」とぼやいた。
「どうしてまだここにいる・・・?」
「大丈夫、大丈夫、です」
「俺は、里の皆の仇をうつんだ・・・お前には関係ない。戻るんだ、コハを連れて」
「やーなこーったっ」とコハ。
「コハ?」
「このまま戻ったら、ラックが許してくれないと思う」
ヒョンファの苗を植えていたコハがこちらを向いて、にっと笑った。
ゴーグルマスクを取っているのは、そちらの寿命がきたから。
コハには、戦闘能力が特にない。
すでに魔素が足りていない・・・命を削って、わずかながらの花を植えている。
「サクラ君、コハ・・・私、魔女を倒すサクラ君を補佐しますっ」
数秒の間。
大きなため息を吐いて、コハが無防備に大の字になって寝転がった。
「できるだけのことは、多分、した・・・」
サクラ君が私のスカートを引っ張った。
「ん?」
「向こうを向いていてくれ」
「なぜ?」
「・・・着替えたい」
「あ、はい」




