五話 甘い時間を目指して 其の弐
扉にノック音がして、「姫はん?」とサクラ君が訪ねて来た。
着替えは終わらせてあって、長い髪を結っている所だった。
急いでヒモでくくり、鏡チェックをすると微妙な気がした。
「姫はん?」
「しょうがないっ」
「・・・ん?」
扉を開けた私は、かんざしで髪の毛を結っていた。
髪の毛のかんざしの留め方は前世の祖母から教わったもの。
この世界にもかんざしはあって、私がしているのは妙に高級そうだった。
「髪の毛、簡単に結ったんかい?」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
「なにがや。こんな高級な髪飾りつけてたら襲われるやろ」
「・・・え?」
「箱入り」
部屋に入って鏡の前に座らされて、ヒモで髪を括られる。
あざやか。
「妹がおったんじゃ」
「なるほど・・・ありがとう・・・です!」
「ん?うん・・・ラク神父はこっちに残るらしい」
「衛兵としてですか?」
「そういうこっちゃ」
「じゃあ私の身の安全って・・・」
「俺が守るから気にするな。前と何か違うのは気づいてる」
「え?」
「いい、直談判ってやつに行くんやろ?」
「・・・はい!」
隣町。
隣なのに全然ちがう。
まるで別世界。
レンガでできた家、道路にはモザイク柄の装飾。
そこに目的の苗売りがいて、苗売りは地面や荷車に苗の鉢を広げていた。
「お。かーわいいー。買うんだったら、少し値引きしてあげてもいいよ~?」
「本当ですかっ?」
冗談だったのか知らないが、こちとら甘い時間がかかっている。
甘い芋も食べたい。
従業員さんかと思えば、若い店主。
苗の説明を求めると、一連をしてくれた。
そして分析するに、異世界の土の成分が分からないから一種の賭けになるかもしれない。
甘い芋の苗といつも買っている芋の苗を買った。
姫用の城からのお小遣いで、買ってみた。
そして村の皆には、皆のためでもあるから試したいと言った。
畑の敷地を少し増やす。
そのための人員として、まず自分が耕し方を若者たちに見せた。
石をとりのぞき、ふかふかになるまで耕す。
ちゃんと働いたら隣町で格安で買ったオレンジジュースの労い。
それを聞いて、子供達も率先して手伝ってくれた。
思いのほか作業は進む。
「どうせ何もなかったから、なんか面白そう」と若者達。
――・・・可愛いかもっ。
苗売りとの話で確認はとれた。
普段食べている芋は、早く実るために肥料代もかかる甘くないやつ。
そして、甘い芋の苗は2倍の値段がするかわりに多く実る種類がある。
ただ、甘い芋の苗が実るまでに時間がかかる。
両方の苗を買ったのはそういうわけ。
そして新しく広まった畑の分の肥料はない。
それから、今まで使っていた部分に甘い芋の苗を植えさせてもらう。
新しくできたほうに、肥料を使う。
「なんの意味があるんでい?」
「この甘い芋、自分で持っている甘い栄養成分が高いんです」
「・・・ほんで?」
「元々、肥料で植物を育てていた土くらいで、養分が足りるんだそうです!」
「「おお・・・」」
――
――――・・・
そして、一ヶ月後。
勉強のために読書をしていた私に、ラク神父が部屋を訪ねて来た。
「どうしたんです?」
「すごいですよ~。茂っていますっ。芋っ。甘いやつもっ」
「・・・え?」
甘い芋の苗は、甘くないやつより育つのに4倍の時間がかかるはず・・・
様子を見に来た私に、農夫たちが言う。
「すげぇだよ!!」
「こりゃあ豊作だっ」
そこにサクラ君がやって来て、ラク神父と話を始めた。
そこから視点を移し、畑。
芋から生える葉っぱは緑色で、茂るは茂る、茂っている。
子供達が『甘い芋の方』を引き抜いた。
「・・・えっ?」
ラク神父とサクラ君もそれを見てぎょっとしていた。
「もう、収穫してもいいくらい実っているっ?」とラク神父。
「ほんまなんけ?」とサクラ君。
なんてこった。
意味が分かったぞ。
あとは食べていいか確認するだけだ。
「誰が・・・毒味するんけ?」と村人のひとり。
「毒を含んでる種類でもないやろ」とサクラ君。
「わ、わたしが責任を持って食べてみます。成功したら皆さんにもわけますっ」
とにかく芋ができた、と、収穫がはじまる。
味見役は私・・・それから、サクラ君が自分から確認役に名乗りをあげた。
食べてみて、しばらく時間を置いて身体に害が出ないか様子を見る手はず。
他にも数人、姫の体質だと分からないかもしれないと味見役をしてくれる。
結果、木の葉や小枝の火の中で焼き芋になった試作品を試食。
熱いので冷ましている時間に心が急く。
村人たちからの視線と芋も熱い。
焼き芋を割って食べてみると、ほくほくとしていてちゃんと甘い。
「あ、あま~いっ」
試食役たちも私の一口目の反応を見て、芋を半分に分けて真ん中を食べた。
歓声があがる。
それを見て、私のもう一方の焼き芋を「それをくれ」とサクラ君が言った。
「あ、はい。どうぞ」
目の前で芋を食べている姿も、可愛いしかっこいいなサクラ君。
そう言えば恋をしてるんだった。
想ってたけど、責任感とかで忘れてた。
「美味しい・・・美味しいやん、芋っ」
サクラ君の感激の言葉に、今まで甘くない芋しか食べたくなかった村人が言う。
「本当に、このまま様子を見て大丈夫でしたら、我々にもおこぼれが?」
「あ、はい!村のひとたち皆でわけましょうっ」
――
――――・・・村に起きた奇跡的なこと。
少ない量だけで確実に早く実る芋を育てていた土に、多く茂る甘い芋の苗を植えた。
結果、甘い芋が想定外にも早く実って、しかも美味しい。
しばらく様子を見ていたけど、身体に無害。
畑の敷地を増やしていたから、大量に芋が収穫できた。
その甘い芋を売ったり、物々交換に使った。
村人に笑顔が増えて、そして聖女様が奇跡を起こしたと謳われた。
苗売りがうわさを聞いて味見しに来てたけど、新種らしい。
一任されて、芋の名前を『パルゼン』にした。
パルゼン芋はすぐに、「奇跡芋」とあだ名がついた。
この村への貢献で、私に対する皆の態度が全然違う。
それから、サクラ君から「安物やが」と言われて髪飾りをもらった。
「何かあったら護身か自害にでも使えばいい」
「ありがとう、嬉しい!!」
サクラ君の耳が赤い。
どういう意味だろう??
「わしはあんたの運命の伴侶やないからな。ただの衛兵や」
嬉しかったのに、少ししょんぼり。
私を目覚めさせたキスの相手は、やっぱりサクラ君に似てた気がする。