第八話『親友から他人に変わった瞬間』
人気のない校舎裏まで来た私達は軽く息を整える。
「風蘭ちゃ」「直治が呼んだの」
風蘭ちゃんは確信を持った目で私を睨む。
「・・・うん。空井君がチケットくれた」
「好きなんでしょ」
「んんっ!?」
急に指摘されて赤面する。風蘭ちゃんはしたり顔で壁に背を預けた。
「何年の付き合いだと思ってんの。紫水のタイプくらいお見通し」
「うん・・・一目惚れなんだ」
「やめなよ。あんな奴」
「それは、空井君が『占い』を信じてないから?」
「そう。絶対早死にするよ。あいつ」
――忘れてた。風蘭ちゃん、『占い』至上主義なんだった。
風蘭ちゃんのご両親は『sou』に携わった仕事をしているらしい。そのため正影家はどの家庭よりも『占い』に従った生活を徹底している。それが一番、平和で幸福な生き方に繋がることだから。
「今日は、風蘭ちゃんと話したくて来たの」
「アタシは特にないけど。どーせ、『sou』がアタシと会えって言ったから来たんでしょ」
「違うよ」
「・・・」
「私が、風蘭ちゃんに会いたいから来たの。『占い』は関係ない」
「嘘でしょ・・・直治の影響?」
「うーん。そうかも」
あの野郎・・・と風蘭ちゃんは動揺を隠すように腕を組む。
「空井君が言ってくれたんだ。『会いたいなら会いに行けばいい』って」
私は風蘭ちゃんの横に立って続ける。
「ずっと話したかった。前みたいに戻りたかった。けど『占い』の『まだその時じゃない』って結果がずっとブレーキになってて、行動に移せないでいたの」
「・・・」
「風蘭ちゃん。あの時嘘ついたまま黙ってて、ギリギリで高校の進路変えて、約束守れなくてごめん」
あの日をずっと後悔してた。『占い』は『大切な人に嘘をついてしまうかも。焦らず落ち着いて、正直に話そう!』とアドバイスしてくれたにも関わらず、私はそれを無視してしまった。
――アタシ富潟中行く。ソウタも受けるって言ってたし。
――そうなの?私は・・・行けるかな。
――紫水の学力なら余裕でしょ。あ、でも前の期末みたいに解答用紙全ずれするのも有り得る・・・念の為占ったら?
――うん。あ・・・。
――富潟中って修学旅行でハワイ行けるんだって。それに文化祭はどの学校よりも派手にやるで有名だし、最寄が富潟駅だから放課後カラオケとかカフェ行きやすいし。最高じゃん?塾だって車で送ってもらう必要なくなるし。
――うん。私も、風蘭ちゃんと一緒に富潟中行きたい。
――せいぜい凡ミスに気をつけなよ。アンタ抜けてるんだから。
――そうだね・・・もっと勉強、頑張らなきゃ。
――絶対、2人で富潟中行こう。しょーがないから、高校でもアタシが友達になったげる。約束だからね!
――うん。約束。
たった一つの隠し事が時を吸って、膨らんで、2人の絆を破壊してしまうことを知っていたら。
――今より良い状況になっていたのかな。
「『占い』が無理って言っても、私は風蘭ちゃんのことが大好きで、ずっと親友でいたかったから諦めずに勉強した。黙ってたのは、風蘭ちゃんを悲しませたくなくて、風蘭ちゃんにはずっと笑っててほしくて」
「――いうところ」
「え?」
「紫水のそういうところ、ずっと嫌い」
風蘭ちゃんは私の顔を見て、チッと舌打ちする。
「言いたいこと言えてスッキリした?じゃあもう帰れば」
「まだ、帰らない」
「・・・あっそ。ならアタシがどっか行く」
私に背を向けた風蘭ちゃんの肩と腕を掴んで引き留める。
「離せ。あと、アタシがいい子ちゃんでいることクラスの奴らに言っても無駄だから。その程度で崩れる程人望低くないし。アタシの機転、紫水は何十回も見てるでしょ」
「風蘭ちゃんの、本心は?」
「・・・は?」
「それ聞かないと、スッキリしない。私に対して言いたいことあるでしょ?風蘭ちゃんらしくない」
「・・・言いたくないことしかない!」
風蘭ちゃんは堰を切ったように叫んだ。顔は見えないけどきっと――泣きそうな顔をしている。
「なん」
バッと乱暴に私の拘束を解く。
「このままでいさせて・・・アタシと紫水はもう、友達に戻らない方がいい」
「・・・」
今度は私が無言になる番だった。驚きで出そうだった涙が引っ込む。
「会ったら何か変わると思った?そんな上手くいくわけないでしょ」
「それも『占い』が・・・?」
「・・・」
「風蘭ちゃんは?風蘭ちゃんの気持ちは?」
「っ!うっさい!アタシがいなくても、新しい友達と仲良くやってんでしょ?ならそれでいいじゃん!」
「良くない!全っ然よくぁない!」
普段大声出さなすぎて声裏返った上に噛んだけど、気にせず畳みかける。
「私とずっと一緒にいることが、風蘭ちゃんを不幸にするなら諦める。でも、仲直りはしたい!友達が駄目なら、挨拶する中だけでもいいから。このまま気まずい関係が続くの、風蘭ちゃんだってキモいでしょ!なら割り切って知り合い!元小中学校の同級生でいいから!」
「何で、そんな、そこまで・・・」
風蘭ちゃんの肩が小刻みに震えているのを見て、私は思わず後ろから抱きしめた。
「何年の付き合いだと思ってるの?風蘭ちゃんが強がってるのくらい分か・・・お見通し。だよ」
「・・・真似すんなし」
あーもう!と風蘭ちゃんは全体重を私の体に預けてきた。お陰で――。
「わ、ちょっ!あぶな」
――よろけて思いっきり尻もちをついた。
「いたたたた」
「やめる!」
「ん・・・それって」
――もしかして、『親友をやめることをやめてくれる』?
「言わない!」
「えーっ!」
「・・・直治のことはどうするの」
「急に話変わるじゃん」
そんなぁ。としょげていると、「文化祭終わった後も会うの」と痛いところを突かれる。
「それは・・・」
「どーせトントン拍子で上手いこと仲良くなってるけど、『sou』頼りでほぼノープランなんでしょ」
「そ、そんなことは」
「直治の『Chat』持ってんの。それか『インスター』は、アイツやってないっけ」
「もってないです・・・」
メッセージアプリ『Chat』の交換は今日出来たら頼む予定だったけど、写真・動画共有SNSを空井君がやってないこと自体初知りだった。
「超恋愛初心者なところは成長してないね」
「んん・・・だってこういうの初めてで」
「しょーがないから!アタシが紫水の『相談相手』になったげる!」
「・・・えっ。お、わああ」
思わぬ提案に背筋が伸びる。風蘭ちゃんは私が引っ付いた状態のまま無理やり立ち上がった。慌てて風蘭ちゃんから離れる。
言っとくけど!と風蘭ちゃんは振り返って私に指を突き立てた。
「友達じゃないから!あくまで相談相手だから!」
「んんん」
「返事ぃ!」
「わーん!」
「お前ら、うるせーよ」
空井君が角から出てきた。自覚なかったけど、だいぶ大きな声で話してたみたい。
「直治・・・あんたいつからいたの」
風蘭ちゃんは顔をしかめる。
「お前が『相談相手』がどうのこうの喚いてんのが聞こえたから、あぁそこにいんだなって」
――あ、危な・・・なら、私が空井君のこと好きっていうのは聞かれてない・・・?
風蘭ちゃんも同じ考えだったのか、私の目を見て小さく頷く。
「紫水!直治!スマホ出して」
「え?」「は」
「『相談相手』として、『Chat』交換してあげる!アンタ達も友達なら『Chat』交換くらいしなさいよ!」
「んでお前に命令されなきゃいけねーんだよ」
「と、友達・・・!」
私は目を輝かせる。
――風蘭ちゃんナイスすぎ!
風蘭ちゃんの誘導が功を奏し、いとも簡単に空井君の連絡先を入手することが出来た。けれど、その感動に浸っていたお陰で、私は2人の会話を聞き逃してしまった。
「紫水はアンタの連絡先欲しそうだけど?『友達』として」
「・・・男女に友達なんてねーだろ」
「・・・え?直治、アンタまさか。あれ、でもあの人はーー」
「・・・黙れ。潰すぞ」
あの時の2人の会話を聞いていたら、少しだけ傷つかずにすんだのに。