第七話『空井直治が嫌いなもの』
一呼吸おいて続ける。
「私ね、ちょっとしたことでも1人じゃ何も決められなくて、家族や友達にしょっちゅう呆れられてるんだ。だから『占い』に頼んないで、自分で選んで決めれる空井君は本当に凄いと思う。私は怖くてそんなことできないや」
「6%のくせにガチャ引いてたのは」
「あ、あれは他のアニマルズも欲しかったからで!」
「ふーーーん」
「・・・」
何といえばいいのか分からず、無言で空井君の左腕を見る。
「政川が、俺のこと変な目で見ないってのはよく分かったよ」
「変な目」
ギクッと肩が強張る。
――どうしようめっちゃ下心丸出しでいるのに。
「『占い』見んのやめてから、クラスでは腫れもの扱いか良い見世物で、大人は『占い』を見ろの一点張りで親とは冷戦状態」
「うわ・・・まぁそりゃそうなるよ」
空井君は座ったまま顔を下に向ける。彼の表情は窺えない。
「分かってる。反抗期でこんなこじれたのかもしれねーけど、俺はもう『占い』を信じたくない」
空井君が何か重いものを抱えているのは私でも分かる。正直、『占い』無し生活なんてバラエティー番組か動画でしか見たことなかった。
「本当に、本当にお疲れ様。空井君凄いよ」
私は手を伸ばして彼の頭を撫でる。一瞬ピクッと反応したけど、拒んではこなかった。
「空井君が良ければだけど、私はこれからも空井君を応援したい」
私は調理を再開した空井君の背中を見て、気持ちを再確認する。
――やっぱり、私は彼のことが好き。好きだし、もっと知りたい。空井君の1番になりたい。味方になりたいし、傍にいたい。頼ってほしい。なんか母というか姉になった気分・・・?
私には3個下の妹がいる。小さい頃はよく私の後ろにひっついてたけど、今では私よりしっかり者に成長していた。なのでちょっと寂しい。
空井君が『占い』を見ない、信じないって言った時も、不思議と嫌悪感は湧かなかった。多分それは、私も――。
「来たぞ」
「え・・・ヒッ!」
――空井君顔怖っ!顔に力入りすぎ!
「何だよ」
「い、いや、えっと、もうちょっと笑ってみるとか、どうかな」
「・・・今は無理」
「えっ!じゃあ深呼吸!肩の力落とすとか!」
「誰のせーだと・・・」
彼は子声で何か呟き、私の顔を見てすぐに逸らした。
「ん?ごめんもう1回言」「俺もアイツみたくいつもニコニコしてろって?」
「そんなこと・・・アイツって?」
「あそこにいる6人組の・・・べっこう飴舐めてるヤツ」
空井君が顎でしゃくった方角を見ると、場が俄かに盛り上がった。
「皆お疲れ様。繁盛してる?」
「ランちゃん!」
「ラン荷物多すぎ!超満喫してるじゃん」
「正影!なにB組のやつ買ってんだよ」
「!」
私は咄嗟に身を隠す。
――ふふふふふふふふ風蘭ちゃん!来ちゃったどうしようまだ心の準備が・・・。
「何で隠れてんだよ」
「ちょっと一旦様子見・・・」
そっと風蘭ちゃんを見るとそこには、黒髪ロングに眼鏡をかけた、清楚系の女の子が満面の笑みを浮かべていた。
――えっ。誰??
「美味しそうだったから、皆に差し入れようと思って。エリちゃんカオリちゃん。はい、あーん」
――ん?
「これ?3-Dで売ってたゴルフボールアイス。こっちは清水君の分。あーんは女子限定だけどね」
――んん?
「空井君!焼き物だから暑いね。ちゃんと水分取ってる?」
――んんん?
「・・・キモ」
「・・・」
――ひええええええええ!
残念ながら空井君の声は生地が焼ける音では誤魔化せず、場の空気はアイス並みに冷える。
「・・・空井君、私より焼くの上手になってる!この調子でよろしくね」
溶けないうちに食べてね!と優し気な笑みを保ったまま、風蘭ちゃんは友達の元へ戻っていった。
「ヤバあいつ・・・」
「ランちゃんもあんな奴ほっとけばいいのに。委員長だからって・・・」
「優しいし、可愛いし、マジ天使すぎ」
他から見ればクラスメイトに差し入れを持ってくる気配り上手な委員長にしか見えない。しかし、しゃがんでいた私は、しっかりとその現場を目撃した。
――風蘭ちゃんさっき、空井君の足めっちゃ踏んでた・・・!
「だ、大丈夫・・・?」
「いつものこと」
――いつもあるんだ。それに。
「風蘭ちゃんって最初からこんな感じなの?」
私の知る風蘭ちゃんは強気で、リーダー気質で、いつも命令口調で小学生の時のあだ名は『じょてい』。男子から煙たがられてたけど女子からは圧倒的な支持を得ていたタイプの子だった。
子供っぽいと男子に馬鹿にされても『ふらんはツインテールが一番似合うから!』と髪を引っ張ってきた子達を片っ端からボコボコにしてたあの風蘭ちゃんが。
小学4年から視力が落ちはじめた時も『眼鏡なんてダサい。コンタクトじゃないと嫌』って言って先生と親に何回言われても頑なに眼鏡をかけなかったあの風蘭ちゃんが。
「新入生代表挨拶の時からあんな感じだったけど」
――プライド高めリーダー系女子をやめて、面倒見のいい清楚系女子になってる!?
「そ、そんな・・・」
高校デビューを果たしているなんて考えもしなかった私は、尚更彼女に会うのが怖くなってきた。
「そういえば、空井君は前の風蘭ちゃん知ってるの?」
「あぁ」
「なら――」
「空井、俺ら昼行ってくるから店番よろしく」
「すぐ戻るー」
「・・・」
「えっ」
そう言って他のメンバーは空井君を残してそそくさと行ってしまった。
第十五話『知り合いから友達に変わった瞬間』
3人が昼休憩に行った後、空井君が手招きしてテントの中に入れてくれた。
「え、え。行っちゃった」
「昼だしいいだろ」
「良くないよ!?空井君だけなんて」
「慣れてる。それに正午にカステラ買う客なんていねーよ」
昨日もそうだったし。と空井君は三角巾を外してアイスを食べる。
「食う?」とカップごと差し出されたが、首を振って断った。もし今日私がいなかったら、昨日と同じ孤独を味わっていたの――?
――これいじめでは・・・。
悲しい気持ちになるが、今の彼にそんな感情を向けてはいけない気がした。
「・・・早く戻ってくるといいね」
「昨日は1時間戻って来なかったけどな」
「んんん」
――いじめじゃん!嘘でしょ。
「・・・泣くなよ」
空井君が指摘してやっと、私は今泣きそうな顔をしているのだと自覚した。涙が今にも目から零れ落ちそう。空井君が気丈に振る舞ってるから余計に、色々予想してしまった。
「俺がいつもこんな態度取ってるからってのもあるから。あんま気にすんな」
「・・・そっか」
持ってきたハンカチで目を覆う。ここで号泣するのは流石にまずい。
――空井君は独りが好きなタイプのように見えるけど、高1でこれじゃあ、あまりにも悲惨すぎる。
「それにこっちのが気楽でいい。細倉や正影はウゼェけど、政川は・・・一緒にいて、楽でいい」
息が詰まる。
――そ、それは!私と一緒にいると落ち着くってこと!?気を許してくれてるの!?まだ会って4回目なのに!
「わ、私も・・・」
「無害そうだし」
「褒めてる?」
「褒めてる褒めてる。政川が富潟中で、同じクラスだったらちょっとは・・・」
「え?」「すみません」
私の声とお客さんの声が重なる。空井君が接客中、私は胸の鼓動を抑えるのに必死だった。
――本当に、友達としての好きで我慢できるかな。
「直治!さっきエリ達に会って、屋台にあんた一人だけって聞い・・・」
「風蘭ちゃん・・・」
「し、すい・・・?」
全く想定していなかったタイミングで、風蘭ちゃんとエンカウントしてしまった。お互い酷く混乱状態だったものの、最初に我に返ったのは私の方だった。
「久しぶり・・・」
「なんで。『sou』はあんたが来るなんて書いてなかったってかどうして屋台に」
「素出てっけどいいのか。あぁ・・・政川は素しか知らなかったんだっけ?」
空井君が接客を終えて会話に混ざって来た――凶悪な笑みを隠さずに。
――空井君顔!笑ってるけど悪人みたい!風蘭ちゃんは顔真っ青だし!
「っ!」
「わわっ!」
風蘭ちゃんが私の腕を掴んで駆けだした。空井君は無表情で手を振っている。
――急展開すぎだけど、今日はこのために来たんだ。
15歳の誕生日に風蘭ちゃんから贈られたハンカチを握りしめた。
――『占い』では、まだ私達の関係は修復不可能って表示されてるけど、でも・・・!今は『占い』の結果を鵜呑みにしたくない。