第六話『颯爽と現れたのは』
「わっ!」
「あんな奴のことは気にしないで。」
頷くと、先輩は笑顔になった。
「でもよかったら味の感想も聞きたいし、邪魔にはならないから、ここで食べてかない?」
――一難去ってまた一難だぁ・・・。
諦めて箸を割ると、後ろから肩を掴まれて引き寄せられた。
「すいません。こいつ俺の連れなんで。引き取ります」
――この滑らかな低音ボイスは・・・!
「空井君!」
「行くぞ」
私は会釈してその場を後にした。空井君の大きな手が私の肩を抱いたまま、しばらく中庭を歩く。
――か、肩・・・手!!カップルじゃん!もうこれどっからどう見ても彼氏の文化祭に遊びに来た彼女じゃない!?
「・・・髪」
立ち止まり、抱いていた手がそのまま私の髪に触れる。
――ふぉわぁぁぁぁぁぁぁ!きゃ、キャパオーバーすぎる・・・顔あっつ!
「あ、うん!友達にやってもらって」
「私服もそんな感じなんだな」
「ワンピースって楽だから何着か持ってて・・・その、変かな。場違いじゃない?」
「まぁ、客も在校生ばっかだから私服は場違いっちゃ場違いだけどな」
空井君は手を離して再び歩き出した。すぐにその後を追う。
――それは来た時から思ってた。今も視線感じるし。
「確かに。やっぱり制服で来ればよかったかなー」
「何でだよ。ちゃんと可愛いから、堂々としてれば」
――か
――か、かわいい!?!?
「本当!?嬉しい!」
えへへと頬を緩める。私も喜びをお返しすることにした。
「空井君のクラTは紫なんだ!かっこいいね!」
「・・・正影が手を回したらしい」
「風蘭ちゃん紫好きだから・・・」
――あれ?
「そういえば・・・」「着いた」
彼の手首を見て、違和感を覚えた。そういえば、あの時も・・・と記憶を辿っていると、『1-Eベビーカステラ』の前で立ち止まった。
「あ、ここが空井君の出し物?」
「おっせーよ直治!」
「チッ」
紫のクラTに前髪をヘアピンでとめた男子が凄い剣幕で空井君に食いかかってきた。
――な、名前呼び!うらやま!!しかも・・・。
「え!誰々?めっちゃ可愛いじゃん!初めましてオレ細倉!直治のしんっ」
空井君の拳が空を切る。この高校バイオレンスな人多くない!?
「避けんな」
「避けるわ!グーで殴るとかサイテー!」
どう思うコイツ!と急に巻き込まれてしまった。咄嗟に思っていたことを言う。
「あ、あーえっと、そのヘアピン!ウォンバットだよね」
「え!?わちゃアニ好きなの?オレもオレも!」
私は自分の前髪を指差して言うと、細倉(多分この漢字)君は元気に笑いかけてきた。
「私もカモノハシ持ってる!」
「でもオレさータスマニアンデビルの方が痛ってぇ!」
背後に回った空井君が細倉君の後頭部を片手で掴んでいる。細倉君は口では痛いと連呼しているけど、抵抗は弱い。
――このくだり、日常茶飯事なのかな。
「細倉・・・早く代われ」
空井君は高1らしからぬドスの効いた声で命令した。ちょっと、いや大分頭にキているように見えるのは、気のせいじゃない、な。多分詳しくない話題で置いてけぼりにしちゃったからだ。後で謝ろう。
「なんだよ急にいなくなったクセに!」
「政川も。あんまコイツに関わんな」
「んん」
――フレンドリーでいい人だと思うけど、それは『占い』の相性次第かな・・・。
真面目に答えようか迷っていると、細倉君が勝手に暴露し始める。
「コイツ準備全然手伝わないでさっさと帰りやがってさ!本番はほぼ店番なんだよ」
「えっ」
空井君を見ると、どう見ても接客には向いていない顔をしている。この眉間のシワさえ無くなればちょっとだけ良くなるのに。
「俺がやんなくても完成してんだからいいだろ」
――それは聞き捨てならない!
「空井君にしかできないことだってあるよ。私、空井君が作ったベビーカステラ食べたいな」
「・・・おぅ」
私は上機嫌でメニューを見る。これなら服も汚れないし。安心安心。
「ふーん。最近直治の機嫌が妙に良かったのはコレか・・・」
ベビーカステラを選んでいた私は、細倉君の意味深な笑みに気づかなかった。
『1-E ラブ&ベビーカステラブ』はまずまずの盛況だった。このうすら寒いネーミングセンスは風蘭ちゃんの案な気がする。何故なら風蘭ちゃん家で飼っている猫の名前が『アンド』と『チョコレート』だから。言葉遊びが好きなところは昔のままみたい。
――ウインナーや激辛味みたいな甘くないフレーバーもあるけど、ピークはおやつ時かな。
「こしあんの6個入りですね!200円お願いします」
「お待たせしました。こちらプレーンと、ホワイトチョコ6個入りです!」
「全種類2個ずつですね!ありがとうございます!」
引継ぎを終えた細倉君は後頼む!と言って、人ごみに消えていった。
私は自分用と家族とかんちゃんの分のベビーカステラを買い、ちょうど屋台の裏にあったベンチに腰かけた。
愛しの空井君はというと、デニム生地のエプロンと同系色の三角巾をつけ、正確かつスピーディーに生地をひっくり返していく。
空井君が働いている姿を眺めながら空井君が作ったチョコ味のベビーカステラをつまめるなんて、こんな幸せな休日があるだろうか・・・いや、ない。
――料理系、いや職人系男子・・・?かっこいい・・・。っていけない!見とれすぎて真中祭終わりましたーとかになったら洒落にならないよ。
私は改めて今日遂行すべきミッションを確認する。
――まず、風蘭ちゃんに会って仲直りする。次に空井君のこと沢山聞いて、彼が未来の旦那様なのか確かめたい。
『恋愛占い』のスクショを開く。見た目はもの凄くタイプだけど、人は見た目じゃない。『占い』の項目に1つでも当てはまらなければ、残念だけど私と空井君は結ばれる運命ではないということになる。
――仮に恋人になれなかったとしても、私は空井君のこと、友達としてでもいいから好きになりたい。
「――どうだ」
「ん?」
私はスマホから目を離すと、空井君の目はどこか不安げに揺れていた。
「・・・味」
「ん!めちゃ美味しいよ!ふんわりしっとり生地にチョコがとろーって!やっぱ出来立てってサイコーだよね」
「そうか」
彼は一瞬嬉しそうな顔をしたがすぐ真顔に戻る。
「空井君って、普段からあまり笑わないタイプ?」
「何だよ急に」
「んん」
――どうしよう。『空井君ってクラスメイトに怖がられてるの?』なんて聞けない。
現在、屋台は空井君入れた5人が接客担当以外無言で回している。そう。接客の2人以外、誰一人として口を開かず淡々と進めている。
――飛沫感染防止のためって言えば納得はするけど、空気重すぎない?食品扱うから集中するのは分かるけど、もっとわちゃわちゃ楽しんでもいい気がする。細倉君がいた時もこんな感じだったのかな。
屋台の様子を観察しながら最後の一個を放り込む。空井君は生地に火が通る合間を縫って、私のところまで来てくれた。
「ベビーカステラ順調?」
「昨日よりかは」
「それならよかった――もう見てて気になるから直接聞いちゃうけど」
私は空井君にしか聞こえないくらいの声量に絞る。
「空気重くない?張りつめてるというかギスギスしてる気が」
「あぁ。俺クラスで変人扱いされてっから」
心当たりがあるのか、空井君は左腕を見る。
「それって・・・」
宙に浮いていた違和感が確信という名の実体に変わる
「俺『占い』嫌いなんだよ」
環里高校は原則としてスマートフォンの使用を禁止している。大っぴらに禁止してない高校なんて聞いたことがないので、多分富潟中央高校も同じ校則があると思う。そこで、私達学生及び未成年者は『占い』を確認するときは『占い』専用スマートウォッチ『Dvitch』を使っている。
職業柄『Dvitch』をあえて外している大人もいるけど、未成年が『Dvitch』を腕に着けていないのは正直おかしい。それが何日も続けば尚更だ。紛失・故障が確認されれば2、3日で自宅に郵送されるし、2年に1度予備の『Dvitch』が国民全員に配られる。
何より『占い』に頼って生活している私達は『占い』を見ないと怖くて何も出来ない。
――だから、富潟中でただ1人『Dvitch』を着けていない空井君は他のクラスメイトにとってどれだけ異質な存在なんだろう。
「それは、何となくそうじゃないかって思ってたよ。」
いつから?と聞くと端的に中3とだけ言われた。
「結構最近・・・あのさ」
「・・・」
「『占い』に頼って生きている人のこと、皆嫌いなの?」
「は」
空井君は驚いた顔で私を見る。
「あ、いや、ごめ・・・じゃなくて私にとっては大事、というか」
「別に、嫌ってはねーよ。向こうが勝手に気味悪がってるだけ。正影は見下してからかってくるし、細倉は珍獣目線で俺に絡んでくるしな」
「そっか・・・良かった」
私は心の底からホッとする。
「政川はどう思った」
「私は・・・凄いって思ったよ」