第四話『私達はお友達』
この世界にはスマホとは別に『占い』のみを確認できる腕時計型の端末が存在する。それは1人1台国から支給され、私も6歳の時子供用モードに設定されたものを貰った。
――わたし、いのうえくんのことすきかも・・・。
――いのうえくんって2くみの?かっこいいよねー!でもアタシはやっぱりソウタがいいな!
――もー。らんはひとすじなんだから!
――しょうもとくんやさしいからね。いのうえくんもうんどうかいのリレー、すごくはやかったよね。
――すいちゃんは?
――え?
――そういえば、しすいはすきな人、いないの?
――い、いない、かな・・・。
――ほんとに?アタシたちのまえでナイショつくったらだめだよ!
――うん。だって、男の子より、ふらんちゃんたちとあそぶほうがたのしいもん。
――ふ、ふーーーん?
――あれ、らん、かお赤―い!
――見ないでよ!しすいがわるいんだから!
――ごめん。
――ゆるすかわりに!すきな人ができたらすぐにおしえなさいよ!
――うん!わかった!
この約束は、皆それぞれ別の学校に進学しても果たされなかった。かっこいいと思う男の子はいた。話してて楽しい人もいた。けれど、それは皆が言う『好き』とは違う気がして言えなかった。
初めて自分の結婚相手を占ったのは16歳の時。それは男女ともに16歳以上でないと占うことが出来ない。私は今年の誕生日、生まれて初めて日付をまたぐまで起きていた。
『政川紫水 さんが将来結婚する相手は 20××年9月17日 現在、近いようで遠いところにいます。国籍は日本人、黒髪または黒に近い茶髪、身長175cm以上、血液型B型、1月生まれの水瓶座、右利き、知能指数上の下、球技系スポーツ経験者 年齢差0~1 の男性が将来あなたとの幸せを誓ってくれるでしょう』
この情報は日々更新される。勿論ずっと変わらないケースもあるし、性別、国籍ごと書き換わるケースもあるらしい。人々はこの情報を元に伴侶を探す。稀に、『占い』は恋愛に対して否定的な結果を表示することがある。それを踏まえて自分が今後どうしていくのかはその人次第であり『占い』は粛々と問われたことを占っていく。
私は1回目で引き当てたシロナガスクジラを見つめる。口を開けて髭を見せる姿は、私の初めてのお友達の風蘭ちゃんにちょっと似ていた。
――やっぱり、笑った時の風蘭ちゃんに似てる。
「――おい」
――メタルチャームの時のシロナガスクジラはそうでもなかったんだけど・・・横顔だったからかな。
「おい!」
「え?」
しゃがんだまま横を見ると、彼が私と同じ目線にいた。
「わーーんぶぅ!」
「うるせぇよ。変な目で見られんだろが」
即座に手で口を抑えられる。私が頷くと、すぐに離してくれた。
――危うく大声を上げるところだった・・・。だってま、まさかあんな近くにいるなんて、全然気付かなかった。
「ごめんなさい。ちょっと考え・・・ぼーっとして、て」
「何だ。当ててんじゃん」
そう言って彼は私の手を掴み、シロナガスクジラを観察する。
――ひいいいいいいいいい!近い近い近い近いいいいいい!手!手握っちゃった握っ握られてるううううううわああああああーーーーーー!
内心彼のボディタッチに悶えていると、ある重大な事実に辿り着く。
――待って。近いって、彼の顔も近いんじゃ・・・!?今顔上げれば、至近距離で彼の顔見放題!? どうしよう見たい!けど体が動かない!!まるで錆びついたリング錠のよう!
首に力を込めて見上げようとする前に、彼は私の手を離して立ち上がった。
「は」
――あと1歩早かったら・・・っ。
「あんだよ」
「いっ、なんでもないです!その、これ、昨日のお金。昨日は本当にありがとうございました」
仏頂面の彼に、透明のジッパー付きポリバックに入った300円を渡す。
「いいっつってんのに」
そう言いつつも素直に受け取ってくれた。私は肩の荷が下りてホッとする。
他のお客さんが来はじめたので、私達は邪魔にならないところに移動した。
「・・・」
「・・・」
――あれ!?待って、このままだと終わる!
「そっ」「おま」
――あーーーー!
このまま解散するのは本当に嫌だった私は慌てて話題を振った。が、被ってしまった。
「・・・お先どうぞ」
彼は頷いて口を開く。
「昨日は言い逃げしやがって・・・――くらい聞かせろよ」
「・・・え?ごめん今なんて?」
「名前!俺が一生お前のこと『あんた』とか『てめぇ』呼びでいいってんなら言わなくてもいいけど」
彼は苛立ったように頭をかいた。
――名前?い、一生って・・・きゃーーーー!呼んでくれるの!?それってそれって・・・私に興味持ってくれたってことなのかな!?自惚れ!?えこれ自意識過剰かなああああああ。
「政川紫水です。政治の『政』に、簡単な方の『川』に紫色の水と書きます」
頭が爆発状態でも、噛まずに言い切ることが出来た。
「ふーん。変わってんな。」
「気に入ってるんです。よかったらその、えっと・・・」名前で呼んで欲しい・・・!
「空井直治」
まごついている私を見て己の名前を聞きたがっていると捉えたのか、彼はあっさり教えてくれた。
「苗字は空の井戸?」
「ああ」
「なおはるは」「直して治める・・・さんずいの方」
「ありがとうございます!空井・・・先輩?空井君?」
念願の名前を知れてはしゃぐ暇もなく次の知りたいことが浮上する。
「高1だけど」
「同い年!?」
「老けてて悪かったな」
「違うよ!雰囲気が年上っぽかったから。背も凄く高いし、落ち着いてるし」「そーか」「ぶっきらぼうな口調からアンニュイさが透けて見えててそれが人生を達観してる社会人みたいで同学年には見えなかったというか」
「・・・急にめっちゃ喋んじゃん」
「ごめんなさい!」
――や、やってしまった!つい心にしまってた想いの一部が!
「いい加減謝んのやめろ」
あと敬語も。という彼――空井君はさっきより3割増しで輝いて見えて。
「うん・・・あの、よろしくね。空井君」
「――あぁ」
「・・・」
――まただぁぁぁぁ!けど、私は失敗を繰り返さない!
「・・・っその制服!富潟中だよね。電子黒板の授業ってどう?学食って普段はどんなメニューがあるの?」
「・・・!」
空井君は一瞬面食らった表情を見せるけど、すぐ真顔に戻った。
「何で知ってんだよ」
「私も富潟中に行きたかったから。オープンスクールも行ったんだよ」
「なのに環里?」
「あーーえーーっと」
私が通っている公立環里高校は偏差値中くらい、生徒数は多すぎず少なすぎず、強豪な部活はないけど試合や大会で賞状やトロフィーを貰うくらいには強いらしい。制服も設備も可もなく不可もなくという、特に悪いところが無いところが自慢の学校らしい。
私は去年、県で1番偏差値の高い公立富潟中央高校、略して富潟中を受験せずに環里高校に出願書類を提出した。千ちゃんとかんちゃんにも言ってないその理由は――空井君に対しても、話すことに抵抗があった。
――どうしよう。適当に誤魔化そうか。でも、空井君が心を開いてくれなくなったら・・・。
空井君を困らせたくない自分と嘘をつきたくない自分が、私に選ばれるのを今か今かと待っている。
「落ちたのか」
「ううん」
――そうだ、こういう時こそ『占い』じゃん!どうするのが吉か聞けば・・・!
と考え、鞄からスマホを取り出そうとした手は、空井君に抑えられた。
「先に聞いてんのは俺だろーが。『占い』より俺を優先しろ」
きゃーーーー!拘束されちゃったあああああ!俺様発言もサイコーーーー!
「な、んで『占い』を見ようとしたって・・・」
「バレバレなんだよ。で?」
「ぁ、っと・・・・・・う、受けられなかったの『占い』に止められて」