第三話『また会えますように』
「よくこれがジュゴン?だって分かるな」
そう言って彼はマグネットを私に返した。
「うん。SNSで『水中で生きるシリーズの』シークレットがジュゴンだってのは知ってたけど・・・まさか私の元にも来てくれるなんて!」
『わちゃぽいアニマルズ』には必ずシリーズごとにシークレットが存在する。けれどとれもツチノコ並に希少性が高く、私もSNSでしか見たことがなかった。
「かわいい~!フレームと絵もキラキラしててレア度高すぎ~!」
「・・・まぁ、お前がいいならいいけど」
呆れた表情から嫌でも察してしまう。彼は絶対――『わちゃアニ』を知らない。
急に神妙な顔して驚いたのか、彼はギョッとした顔で私を見た。
「俺なんか変なこと言った?」
「ううん。その、変だよね。この動物達。よくクラスメートからもキモいとか草とか言われてて」
「――なんだそれ。真に受けんじゃねーよ」
「ごめん。急に変なこと言って。引くよねー。こんな何の動物かも分からない絵に一喜一憂しちゃって・・・」
めきょっ。と彼が飲んでいたミネラルウォーターが音を立てて握り潰された。
「ひっ」
「お前・・・」
ゴゴゴ・・・と彼の背中から怒りのオーラが見える。
――ひええええ!
反射的に目を瞑ると、頭を何かでこつかれた。
「さっきから言動が矛盾しすぎ」
「んん」
空のペットボトルと言葉で体も心も痛いところを突かれる。
「マイナスな意見やアンチがいるのは当たり前。そんなゴミ共に負けないくらい、お前がずっと好きを続ければいいだけの話だろ」
「じ、じゃあ、あなたは『わちゃぽいアニマルズ』のこと、どう思う?
私は手のひら一杯にマグネットを乗っける。
「変だしキモい」
「うっ!」
紫水は 1000 のダメージ!
「けど・・・前よりかはキモくねーかも」
「・・・前?」
「ダチが運気上昇アイテムだとかで持ってたんだよ」
――な、なるほど・・・。ってことは彼、『わちゃアニ』知ってんじゃん!早とちりした―!
「いんじゃね。さっきのレアが出た時のお前は、キモくなかったよ」
だからそのままでいろ――私には何となく、そう言ってくれているかのように聞こえた。
「あ、そうだお礼・・・っていってもこれくらいしかないけど、よければどうぞ!」
――アシカとオットセイとジュゴンしかいない・・・。
彼は5個中3個アシカという悲惨なガチャ結果を見て――
「じゃあこれ。価値高いんだろ?」
――容赦なくジュゴンを手に取った。
「@?え%!&×¥!」
「・・・冗談」
彼は笑って私の頭を撫でる。
「――っ!」
少し迷った末、アシカをもらってくれた。
――お茶目!お茶目からの頭撫で!?そして気を使ってくれた・・・!優しいいいい!やっぱ好き・・・!好きが止まらないんだけど!
「ぁ、あにょ・・・」「明日もここ来んの」
「はぁいっ!!」
思ってたより大きな声が出てビックリした。彼も一瞬唖然とした後、眉間の皺が深くなる。
「あ、明日も私、シロナガスクジラ迎えに行くので、ここでガチャ引いてます!もちろんあなたにもらったお金は別で取っときます!」
「おい――」
「それじゃあまた!」
断られるのが怖くて、私はすぐにその場を去った。
帰宅途中は『占い』が警告してくれた道を脳死で通ってしまい、でっかい蠅が急に現れて腕に止まった。
夕ご飯では白米だけ一気に食べてしまい、曖昧に相槌を打ってたらママがお代わりを大盛りでよそってくれた。
部屋に戻って、彼から貰った(お金で引いた)マグネットをどこに飾ろうか、それとも保管するべきかについて、明日の宿題をする間も惜しんで悩んだ。
布団にもぐり、目を瞑っても、頭に浮かぶのは彼の顔、表情、声、仕草ばかりで。
それに悶えて、足をばたつかせて、耐えきれず唸り声を枕に吸収させても――私の中の彼は全然消えてくれない。それどころか、彼に恋する気持ちが膨らんでいく一方だった。
「逃げちゃったよおおぉぉ」
怒ってないかな。許してくれるかな。来てくれるかな。待っててくれますように。明日――会えるかな。会いたいな。会いたいよ。明日だけじゃなくて、これから先、も・・・。
ようやく睡魔がやって来るまで私は――ずっと彼のことを考えていた。
現在進行形で好きな相手に話しかけられ、彼から(貰ったお金で引いた)マグネットを貰ったのでお礼に私も(ダブった)マグネットをプレゼントするという一生忘れられない思い出を友達に語った。
――その結果、千ちゃんからお叱りを受けることになるなんて。
『占い』には『叱られるから話すな』的な内容は書いてなかった。おかしい・・・。
「聞いてんのか」
「聞いてます・・・」
「違うよ。『聞いてたけどはぎゃー君のこと考えてた所為で忘れました』でしょ」
「紫水!」
「かんちゃん!?油!それ油だから注がないで!」
「今日の紫水ぼーっとしすぎ。紫水だけに」
――さらっと駄洒落言った!真顔で!
「おもんねーわ馬鹿。はぎゃ男とあったことについては言及しないが、日常生活に支障をきたすのはどうかと思う」
返す言葉もない・・・私は朝教室に来てから昼休みまでの愚行を思い返す。
千ちゃんが登録している『タロット』というアプリは『sou』みたく結果を数値化してグラフにすることは出来ない。『タロット』の強みは、他人のことも占えるところにある。
今朝起こったことで例えると、『sou』では『午前8時から9時の間、スマートフォンには触れない方が良い』と表示されたけど『タロット』では『早朝、政川紫水 さんのスマートフォンが先生に没収される』と表示されたらしい。友達想いの千ちゃんは朝練を早めに切り上げて、私が無防備に操作していたスマホを先生に見つかる前に隠してくれた。
「その節は本当に助かりました。後ろの入り口から原先生が入ってくるなんて誰も分かんないってー」
「3日没収&生徒指導室で反省文書かされるとか・・・想像するだけでぞっとする」
「ウチも先生がよりにもよって生徒指導ってのにはビビった。てっきり1時間目の田村かと」
――あの時は本当に終わったかと思った。この高校ではスマートフォンは電源を切って鞄の中に入れる決まりになっている。
校内で『占い』を確認したいときは学校支給のスマートウォッチを使うんだけど・・・今朝は無意識でスマホを開いちゃった。しかもそのタイミングで後ろから原先生が来たもんだから本当に終わったと思った。
「6時間目の移動はさっきみたいに支えてもらわなくても大丈夫だから!もう階段踏み外さないよう気を付けて下りる!」
「本当かよ・・・」
「信用ない」
「そんな・・・」
――どうしよう。私が彼のこと考えすぎて他のことに注意散漫になったから、2人に凄い迷惑かかってる。彼は迷惑そうな顔も様になってたな・・・器用に肩眉あげてて、アメリカ俳優みたいだった――じゃなくて!
「・・・紫水もすっかりはぎゃ男にメロメロだな」
「はぎゃー君のどこにはぎゃったのかをはぎゃりながら言うところ見てみたい」
――2人とも彼のこと『はぎゃー』呼びしだした・・・かんちゃんに至っては気に入ったのか私より使いこなしてる・・・止めてって言ったら止めてくれるかなー。
「ごめんなさいでした・・・あの、彼のことはぎゃー呼びじゃなくてもっと別の」「ならはぎゃ男の本名は」
「え、まだ・・・」
「ん?」
「まだです・・・2人の顔見てまだ名前聞けてないって思い出したんだよね」
「こ、こいつ、アホだ・・・」
「千。心の声漏れてる」
ぶっちゃけお腹と胸と脳みその容量がいっぱいいっぱいで、あの時自己紹介する余裕なんて私にはなかった。
――けど今日、もし昨日の奇跡が今日も来てくれるなら。
『お金を返して、名前を聴く!』を忘れないよう繰り返唱えすぎたお陰で、古文の授業中答えと間違えて黒板に書きかけた。千ちゃんが消しゴムをぶつけてこなきゃそのまま席に戻るとこだったよ・・・『恋』、恐るべし!
学校が終わった瞬間、超特急で例の場所に向かった。
――彼は、まだ来てない、かな・・・。
周囲を確認するが、彼の姿はない。ため息をつくが、慌てて首を振ってマイナスな感情を消した。
――彼が来るまでの間に、シロナガスクジラ当てるぞ!
私は100円玉が沢山入った小銭入れを手に、ガチャポンの前に対峙した。