第一話『政川紫水は恋をする』
17時4分
――どうしよう。
私こと政川紫水はスマホ片手に呆然と立ち尽くしていた。私は塾に行く前、妹お手製のおにぎりを夕ご飯代わりに食べる。
――塾で食べてもいいんだけど・・・ぼっち飯は嫌。
私が受講しているコースには友達がいない。というか私の高校から遠すぎるせいで、この塾で学年性別問わず同じ制服を来ている人を見たことがない。ただえさえアウェーな空間なのに、周りの他校の子達が談笑している中、私一人だけ席に座ってスマホいじりながらおにぎりを食べるなんて・・・。
――そんなの絶対無理なのに!何で席空いてないの!?
塾から近く、座って食べれる場所であればどこでも良いんだけど、政川家が使用している占いアプリ『sou』では『今日の食事は駅構内にある商業施設の休憩スペースでするのが〇』と表示されている。
――このままだと立って食べるかしゃがんで食べるしかないけど・・・そういえば!
ここで私は、改札を通った先に小さめの休憩スペースがあることを思い出した。
――うん!『駅構内』は間違ってないし、場所もここの丁度真上にあるから大丈夫だよね!
自分に言い聞かせつつエスカレーターで2階に行き、ICカード乗車券を通して入場した。
――良かった。誰もいない。
畳でできたベンチが設置されているスポットは最近できたばかりらしく、私も立ち寄ったことはなかった。早速スクエア型のベンチに座っておにぎりを食べる。
――今日は焼きたらこだ~!しかもたらこが2個も入ってる!ぜいたくー!
妹が作るおにぎりは絶品で何個でも食べられる。でも食べすぎると眠くなるので、妹は2個しか持たせてくれない。
――味わって食べたいけど、ヤバ!そろそろ行かなきゃ!
残りを一気に口の中に入れたその時、他校の制服に身を包んだ男子生徒が現れた。さらさらストレートのこげ茶色の髪、冷たい印象を抱かせる切れ長の瞳、口も鼻も肌も整形したかのように完璧な形、状態でバランスよく収まっている。
私は咀嚼も忘れて彼を凝視した。
――あ、熱い。
さっき食べたものが爆速でエネルギーに変換されていくのを感じた。心臓の音が激しい運動をした直後のようにうるさい。
彼は私を見ているのか見ていないかのような目の動きのまま背を向き、前方にある長方形のベンチに座った。顔が見えなくなったことで少し正気を取り戻した私は唾を飲みこもうとして――おにぎりを喉に詰まらせた。
「んぐふうっ!!」
――お、お茶!お茶!
「んっ、んっ・・・ふぅ、っけほ、っ、はぁー、はあぁ・・・」
慌ててお茶で流し息を整える。涙目になりつつ前を見ると、彼は細くて長い脚を組んで漫画雑誌を読んでいた。
――き、聞こえたかな。見られては・・・ないよね?聞こえないフリしてくれてたとしても恥ずかしくて死ぬ!
初手米が喉に詰まって悶えてる女なんてドン引きものだ。でも。
――おにぎり口にいっぱいつめてる所は間違いなく見られた・・・!?何ですぐ噛んで飲み込まなかったんだ私のアホ!絶対間抜けな顔してた・・・。初対面がこれとか最悪・・・話しかけたいけど、今日塾あるしなぁ。んん?塾?
私はスマホを見ると『17時56分』という非常な文字が目に飛び込んできた
――ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!
いくら駅から塾が近くても4分で行ける距離ではない。それが分かっていたとしても私は、一目惚れを忘れて全速力で駆けだした。
12時23分
「それで名前も聞かないまま行っちゃったんだ」
「うん」
「写真撮れよ」
次の日の昼休み、私は思い切って『占い』がきっかけでできたた2人の友人に、昨日あったことを話した。
「千ちゃんの盗撮講座、もっと真剣に聞いとけばよかった・・・」
「それな。もっと後悔して」
タロットの『占い』を使っている千田沙穂こと千ちゃんはアイドル育成スマートフォンゲーム『あいどるマイクロフォン』通称『あいマイ』が大好き。私とかんちゃんも勧められたけど、ちょっと合わなかった。けど、千ちゃんと同じ吹奏楽部の子達は千ちゃんと同じ熱量でプレイしているらしく、イベント?の日はその子達と固まって大騒ぎしてるらしい。
最近は1個上のハンドボール部の先輩が、どうやら千ちゃんの推しにそっくりらしく、姿を見つけ次第写真を撮りまくっている。この前だって――。
――千ちゃんもう授業始まるよー。
――あれ。よくウチがここにいるって分かったな。
――移動教室の度に忘れ物して教室戻ってたら流石に『占い』絡みだなって分かるよ・・・
――流石に3回目は露骨すぎたか。おけ、撮れた。
――心配して損したってかんちゃんに怒られるよ?
――いや、香音のことなら『収穫あり?』って聞くね。見てコレ。
――小椋先輩だっけ。うわ、めっちゃ笑顔じゃん。
――この空円そらまるにガチ似!
――あ、確かに・・・この写真のそらまる君
――スチルな。
――ガチ似だね・・・って千ちゃんはそらまる先輩は『占い』的にどうなの?
――推しとして好きだけど、彼女になりたいとかではない。小椋先輩は空円の副産物みたいなもん。
――めっちゃ失礼なこと言うじゃん。先輩だよ?
――推し変があるなら好き変もある。ってことだ。
――んん?
――『占い』が提示している『推し』や『理想の相手』は年取ると変わるんだよ。
――千ちゃん・・・。
――ん?
――『推し変』って何?
――この非ヲタがよぉ!
・・・なんてことがあったなぁ。昨日までは千ちゃんの執念にちょっと引いてたけど、今は。
「後悔する!制服だったからどこ高かは分かるんだけど」
「紫水この前『やりすぎると犯罪になるからほどほどにしなよ』って千に言ってたじゃん・・・」
私と同じ手相・人相の『占い』を使っている福本香音ことかんちゃんは、隣のクラスに放送部の彼氏がいる。今年の5月に『告白されたからOKした』って聞いた時、かんちゃんの『恋愛占い』にピッタリの人がこんなに早く見つかるなんてって運命に感動してたら――。
――ううん。全然違うよ。けど、向こうの『恋占い』が私と恋人になれって言ってるみたい。
――えっ。
――『sou』にも相性は悪くないって書いてたからとりあえず付き合ってみようかなーって。
――それじゃあ、かんちゃんはその人のこと好きじゃないのに付き合うの?
――一旦ね。だって・・・私達もう16歳になるんだよ?彼氏いないほうがおかしいじゃん。
――そんなことはないと思うけど・・・。
――なら紫水は将来の旦那様に恋愛経験ゼロで会うの?不安じゃない?
――んん。
――一途な人が好きなタイプって人がいるのは分かるよ?でも私はそんな待てないな。
――な、なるほど。そういう考えもあるんだね。
――一理あるでしょ。だって、『占い』は必ず添い遂げる相手を見つけてくれるけど、いつどこで出会えるのかは『占い』の段階を踏んでやっと分かるものだから。
――あれ。もしかして2人に相談したの間違えたかな。『友達占い』では『良い相談相手になる』って書いてあったから大丈夫だと思うけど。
私は千ちゃんもかんちゃんも、恋愛に関してはかなり特殊なケースに当てはまることに気づいた。動揺で汗が噴き出そう。
「香音は逆に写真撮らなすぎ。まだ彼氏とのツーショ撮ってないのか」
「・・・めんどくさい。写真苦手だし」
かんちゃんはプイと横を向き、ふてこい表情で言い返す。
「千こそ早くわちゃぽい先輩に告白したらいいのに。誰かに取ら」「わちゃぽいじゃない!空円先輩をあんなアホみたいなクリーチャーと一緒にするな!」
「え?この水色の・・・ペンギン?目元とかそっくりだと思うけど・・・」
かんちゃんは私のペンケースについているメタルチャームをいじる。
「どこがだよ!?お前同担に燃やされるぞ」
「千ちゃん、かんちゃん・・・」
私は静かに手を挙げる。ちょっと涙出てきた。
「深刻な悩みを喧嘩で流さないで」
「すまん」
「ごめん」
2人同時に頭を撫でられる。素直でよろしい。
「千ちゃん・・・」「『わちゃぽいアニマルズ』をアホみたいなクリーチャーって言って悪かった。好きな奴の前で言っていい言葉じゃないな」
千ちゃんは自分の意見を良くも悪くもはっきり言うタイプで、男らしさがある。私はすぐ相手に流されちゃうから、千ちゃんのそういうところ憧れる。好き。
「かんちゃんも・・・」「もしかしてこれ・・・ペンギンと見せかけてウミガラス?」
「カワウソだよ・・・」
「ごめん・・・でも、かわいいね。新キャラ?」
「うん!今『水中で生きるシリーズ』のガチャが新しく出てるの」
かんちゃんはマイペースでちょっと天然だけど、平和主義で私達の『好き』を決して否定しない。かわいいって言ってくれたの嬉しい。好き。