第十五話『紫水は見た!』
今日は勉強会の日。私は歩きながらスマホを鏡代わりにして、自分の顔や髪をチェックしていた。環里高校は明日が中間テスト開始日。富潟中は明後日らしい。
――風蘭ちゃんからも『勝手にすれば』ってお許しもらったし、千ちゃんとかんちゃんも『何かあったらすぐに引き離す』って諦めてくれた。この恋がどんな味になろうと、私は飲み込んでみせる。まぁ、まずは試験が最優先だけど。
何やかんや私の意志を尊重してくれた友人達に感謝だ。終わったら何か奢ろう。そういったことを考えながら歩いていたら、目の前を知らない女の子が猛スピードで走り去る。その後を、もう1人の女の子が「すぅ!待って!」と言って追いかけていった。
「え・・・」
――あの子、泣いてた?
後ろ姿から、多分朝日岡女子の制服を着ていたことが分かる。
――あの角、曲がるの怖いなぁ。
はっきり聞こえないけど、恐らく現在進行形で女の子が誰かを怒っている。壁にくっつき、向こうの様子を覗こうとしたその時、聞き慣れた声が聞こえた。
「うるせぇな」
――空井君?
口の中がカラカラする。会話から経緯を推測した結果、すぅという女の子がわざわざ空井君の好みの見た目になって告白したけど、空井君はにべもななくフッたということが分かった。
――付き添いの2人は追いかける役と本人に物申す役に分かれ、今この状況ってことか。
金髪の子と同じ制服を着たボブの女の子はそれはもう、凄い剣幕で怒っていた。友達を泣かせる奴は許さない!と怒りに燃える気持ちも分かるし、満を持して告白した友達を泣かせるような態度を取った空井君も非があるとは思う。私は空井君に告白した子の見た目を思い出す。
――私と全然違った・・・。
サラサラの金髪をハイポニーテールに結び、色白で化粧もしてた。スカート丈も短い。要するに、空井君の好きな女性のタイプは・・・パーリーピーポーな白ギャルということか。
――どうりで、私は『勉強仲間』なわけだ。
最初から、私は異性として見られてなかった。熱くなる眼がしらをグッと抑え、零れないように上を向く。
バシッ!
「お前・・・いい加減にしろ」
私がショックを受けている間、事態はとんでもない方に進んでいた。
目を擦り、壁から顔を覗かせると、空井君がボブの子の腕を掴んでいる。
文句を言っても動じない空井君に痺れを切らしたのか、彼に制裁の平手打ちをくらわそうとしたらしい。あっさり防がれたみたいだけど。
「離してっ!」
ボブの子が掴まれた右手はそのままに足を上げる。空井君は足を踏まれる前に手を放して距離を取った。
――た、戦い慣れしてる・・・ってぼーっと見てる場合じゃない!
私は意を決して、さも今通るかのように2人の前に対峙する。
「・・・」
「・・・」
「何?」
「あっ、すいません」
私はボブの子の気迫に恐れをいなし、そそくさと2人の横を通り過ぎた。
――いや無理無理無理。喧嘩?の仲裁とかやったことないし!
厄介ごとは親か先生か風蘭ちゃんに頼りっきりだった私が何かを言えるはずもなく。
――ごめん空井君。他人のフリする私をどうかお許しください・・・。
心の中で合掌していると、後ろから誰かがやって来た。
「政川!」
「うぇっ」
空井君を見た瞬間反射的に逃げ出そうとしたけど、一瞬で距離を詰められてしまった。
「・・・何で逃げんだよ」
「ごめんなさい・・・力になれなくて」
空井君は「そっちか・・・」と頭をかき、胡乱な目で私を見る。
「どこまで見た」
「えーボブの子が空井君に説教してるところから?」
「・・・そうか」
「空井君が災難だったって思うなら、もう少し相手に寄り添った答えを・・・って、全容を知らないのに勝手言っちゃ駄目だよね」
「・・・」
「溜め込んでいることがあったら、聞くよ?私も、空井君が背中押してくれたお陰で、風蘭ちゃんと話せたし」
「そんなこと言って、政川が聞きたいだけだろ」
「んん。それもある。だって途中から目撃したんだよ?このままじゃ勉強に集中できないー!」
――正直色々と中途半端で、気になってしょうがない。
地上へと続く階段を上りきると、赤と緑色のお店が見えた。
「そうだ!空井君、MCWAY行こう!」
「今日は東屋でやるんじゃなかったのか」
空井君の言うとおり、今日の勉強場所は駅前公園にある東屋の予定だった。
「今日も大変だったでしょ?それに私は明日からテストだし、こう・・・美味しいもの食べてモチベーションを上げよう!的な」
「『占い』はいーのかよ」
「大丈夫!『今日は小春日和。勉強は景色を感じつつ、風通しの良い場所でするのが〇』」だから、MCWAYの2階席も該当するよ。窓際座ればバッチリ!」
「フッ。クク・・・」
「わ」
――わ、笑った!
不意打ちで彼の純粋な笑顔を見てしまった私は、あまりの破壊力に膝から崩れ落ちそうになる。
――一撃で心臓をわしづかみされた。これが、ギャップ萌え・・・!微笑だけでこの眩しさなら全開だとどうなっちゃうの。
「分かった。行くか」
「うん!」
――美味しいもの食べたら、ちょっとは嫌なこと忘れられるかな。
「やっぱ似てんな・・・」
「私アプリ入れてるから、クーポンあるよ・・・ってごめん、今何か言った?」
「なんでもねーよ」
『MCWAY』はサンドイッチやハンバーガーを主力商品として、世界的に展開するファーストフード店のこと。キャッチコピーは『ずっと好き!をはさもう』安くておいしいので、年齢問わずいつも沢山の人が利用している。
窓際のテーブル席に座り、ナゲットが入った箱を開ける。
「無事座れて良かったね!」
空井君は呆れた表情で私の後ろ――大きな窓に映る景色を見る。
「季節感じられるか?」
窓の外は、ビル、人、車で埋め尽くされており、自然のしの字も無かった。
「んん。ほらあれ!秋感じるくない?」
私はポスターを指さす。それには『秋限定!お月見サンド&ムーンバーガー!』と書かれていた。
――空井君の視線が痛い!
「・・・ナゲットうまー。あ、1個食べる?」
――私は何も見てない。秋を感じるったら感じるんだい!
「政川が『占い』の言うこと聞かねーってのはよく分かった」
空井君はムーンバーガーにかぶりつく。
「信じてはいるよ。勿論。まだ16年しか生きてないけど、『占い』に書いてあることは絶対だって分かってる。けど」
私はそこで区切って、苺シェークを飲む。
「『占い』や誰かにやめた方がいいって言われてもやっちゃって、結果言われた通り残念なことになって『だからやめなって言ったのに』って誰かに言われたとしても、私はやらなかったことに後悔はしたくない」
空井君は無言でバーガーを食べ続ける。
「って、主人公みたいな考えに共感はしてたけど、実際は我慢してばかりで。高校入ってからかな。少しずつ、自分がしたいと思ったことをしようって思い始めたのは」
「変わろうとしてんだな。お前も」
「うん。まぁ、私はただでさえ人より運勢が良くないから、やることなすこと全部裏目に出ちゃうんだけど」
空井君はあっという間に食べ終わり、私のナゲットをつまむ。
「俺はまだ無理だわ」
「そんなに、『占い』の通りに生活する自分は嫌?」
「・・・そうだな。それに、この世界から消えて欲しいって思うくらい、大嫌いだ」
私は、この時の空井君の顔――怒りと悲しみ、苦しみがないまぜになったようなその表情を、一生忘れられそうにないなと思った。
私達は注文した品を完食し、ごみを片付けて机を拭いた。
「・・・俺が何でこうなったかって話、してやってもいいけど」
「いいの!?」
どういう風の吹き回しで話してくれる気になったのかは分からないけど、私はこのチャンスを逃すわけにはいかない。
「その代わり、早解きゲームの再戦だ。本気出せよ?」
「分かった!科目は?」
――絶対勝つ!
私と空井君は唯一使用しているワークが同じ、現代社会のページを開いた。
「できた!」
「早くね!?」
得意科目を指定されたのは僥倖だった。結果は空井君の採点を見なくても分かる。
「そんなに知りてーのかよ」
「私だって、風蘭ちゃんのことあまり話したくなかったんだよ。悲しい気持ちになるから」
フンと鼻を鳴らす。無理やり聞き出した自覚があったのか、空井君の眉間のシワが深くなった。
「・・・面白くねー話だけど、ちゃんと最後まで聞けよ」
そう言って、空井君は話し始めた。
それは『占い』によって壊された――1つの恋の物語だった。




