悪戯なイタズラは徒に……。
一応、先週上げた短編の数日後のお話になります。
――嗚呼、神よ……。
あなた様は、なんと悪戯な事か……。
いえ、全ては私の罪な行いに端を発しているのは、紛う事なき真実に他ならないでしょう。
ですが、これはあんまりではないでしょうか。
私、神谷健二は……ただ、いつも通りに。
……いえ、その時点で既に、私めの認識は――間違っていたのですね。
――嗚呼、神よ……。
全ては、この私が間違っておりました。
己が身を弁えぬ愚かな行為を……。己が実力を見誤ったばかりに、この様な取り返しのつかない惨劇を招いてしまったという事を……。
今、この空間で。
オレの目の前……否、オレの頭上と言った方が正しいだろうか。
「ちょっと、ねえ、聞いてるの!?」
ああ。そんなに暴れたところで、無闇やたらと体力を消耗するだけだぞ。強度は十分にマージンを取ってあるんだから。
ましてや、コレは同学年男子の、オレの『親友』の為だけに用意した特別製なんだ。
平均的な『女子』では到底……否、余計に――
「早く降ろしなさいよっ!! ねえったらぁ!!」
安心してくれ。オレはまだ一瞬しか見ていない。
なにせオレは、即座に視線を外すと同時、恐縮と謝意を全力で示す体勢――即ち、『土下座』をしている。
彼女の足は地を離れ、両手首は大胆にも左右に大きく広げられる様に拘束されている。
手足への負担を減らす為にと腰回りを支える位置に仕掛けたパラコードは、しかし体格差故か。想定された位置をずれ、腹部を露わにさせるのみならず……あろう事か、胸部をこれでもかとばかりに強調させる拘束の仕方を取っている。
そして、何より――――何よりもッ……!!
本来掛かる筈であった標的の重量から大幅に軽い対象故に体を浮かせ足が上がっている事で想定を大幅に逸脱した仕掛けの挙動は――こん、な……ッ!!
両脚は、一纏めに……体の全面へと、畳む体勢……。
彼女の、前方。
相対する、オレがいる方向へと。
――そう。『彼女』は、普通で平均的な女子だ。
制服の、スカートを穿いた女子、なのだ。
――つまり。
つまり、オレが……頭を、上げたら――――上げて、しまえば。
隠れていなければならない、見えてしまっては決してならない『中』が、見えてしまうではないかッ!!
「さっさと!! おろしてッ!! ねえ!?」
***
言い訳を、させてほしい。
そうだな……どこから釈明したものか。
事は、そう……数日前に遡る。
「目の前の事を早くどうにかしなさいよ!?」
オレは友人の一人……篠山悠から、手伝って欲しい。と、頼まれたのだ。
こんな事は初めてだったさ。ふふっ、それはもう嬉しいモノだった。
「笑った!? ねえ!! 今笑った!?」
おっと、つい笑みが漏れてしまったか。
まあ、それもそうだろう。それだけ嬉しかったのだから。
そして標的は、オレの親友であり、依頼主とも関わりのある人物。そう、澤田道成だ。
ああ、そうだ。奴はオレの最も得意とする相手……最も、罠に掛けてきた相手なのだからしてッ!
相手にとって不足なし。全力で挑むに値する素晴らしき障害と言えようぞ。
依頼主からの提案は二つ。
一つ、決行は休みとなる週末。
一つ、場所は澤田道成、本人の部屋。
ああ、文句無しだ。この上なく素晴らしい条件ではないか。
なんてったってオレは、今回の標的については全て掌握済みなのだからしてッ!!
予定の把握は大前提。起床時間から就寝時間までの行動パターン。部屋の配置に至るまで。そして……そしてッ!
オレは信頼の証を獲得しているのであるッ!!
準備はつつがなく整えたよ。
どんな料理でもてなしてやろうか。アレをやるなら用意する物は……部屋にあるアレも利用出来そうだな。それなら持っていくのは減らして、別のものを……と。
――完璧なる任務遂行。ああ、それ以外の結末は起こり得ないさ。
そうだな……強いて言えば、依頼主である悠の用意するモノについては、頑なに言いたがらなかった事だけは気になった。
だがまあ、問題は無いさ。なにせ今回の戦場は、オレの『ホームグラウンド』と言っても差し支えない程度には熟知しているのだからな。『彼』が何を用意していようと、期待を裏切らない働きをして見せると。そうだ、誓ってもいい。
まあ実際にはまだ何も仕掛けた事はない場所だけどな!
だから、その……本当に驚いた。
当日、集合場所にやってきた彼――いや、彼女を見た瞬間、全てを理解したよ。
ああ、そうだ。女装してきた悠のその姿は――。
道成の性癖鷲掴みの見た目で来たのだと……ッ!!
飛んだね。ああ、飛んださ。全てが一瞬……な。
その……なんだ、道成とそういう直接的な話をしたのは、精々一度くらいだ。だから、道成の『意識』している今の『趣味』については、実際はどうか分からない。
でも……な、分かるモンなんだよな。
一緒に話をして、遊びに行って、部屋に上がってもいい仲にまでなって。
それだけの時間見ていれば、分かるんだよ。
――『無意識に求めている理想』が……な。
そう、か。確かに彼女……いや、今女装している悠は、道成の幼馴染なんだったな。オレなんかより、長い時間道成の事を見てきたんだから、そりゃあ知っていても何ら不思議じゃあない。だが……だがなァ!
――『現在の理想像』は少し違うんだよォ!!
最近、この二人が疎遠気味になっていたのは知っている。というか、道成はオレといる時間がほとんどになっていた。
理由は、まあ……オレが独占していたっていうのが主な原因だとは思う。そんなオレらに、悠は嫉妬していたのではと思わなくもないが、それでも今回オレを頼ってきた。
それなら……オレのやるべき事は、決まっている。
少し古い情報を、完璧な状態へと修正する事だ。
ついでだ。道成が最近ハマっているシチュエーションも、用意してやろう。
ああ……道成は、どんな反応をしてくれるのだろうな。
リアクションを、間近で見たい。
過程を全て、観察したい。
次の参考にする改善点を探したい。
……でも、それは出来ない。
今回ばかりは、それが許されないのだ。
オレが用意するのは、二人だけの空間。そこに、オレの居場所は無い。
早々に離脱したオレは、悶々とした休日を過ごした。
仕掛けは上手くいったのか。今頃二人はどうしているのか。
連絡して聞き出せばいい?
ふっ、そんな野暮な事はしないさ。
二人の時間を、邪魔するワケにはいかないだろう?
何より……直接聞き出したいッ!!
オレは、待った。
休日は明け、平日も跨いだ。最適な、最高な。そう、心ゆくまで問い質せる環境を創造する為に――。
計画は、完璧に仕上げた。
――筈だった。
学校って、案外誰も来ない場所があったりするものだ。
それは、何気なく通り過ぎている、ちょっとした死角となる隙間であったり。
それは、普通に生活していれば、近寄る理由の無い場所であったり。
それは、普段自分達が居る教室のすぐ隣であったり。
そんな、身近にある、隔絶された場所。
今回選んだのは、叫んだところで、誰の耳にも届かない。生徒も教師も、誰も来ない。そういう時間、そういう場所だ。
ただ一人の為だけに。
そんな場所に張った蜘蛛の巣に、どうして関係の無い人物が掛かっているのだ、と。
「ねえ、いい加減降ろしてくれないかしら?」
うるさいな。誰だよオレの思考を邪魔する奴は。……ああ、こいつか。
危うく頭を上げるところだった。一応、これは伝えておいた方がいいだろうな。
「見えてるぞ」
何だか息を呑む音が聞こえた気がしたが、こう言っておけば黙っていてくれるだろう。
第一、気付いた直後には視界から外してちゃんと見えてはいなかったんだ。それどころじゃないし、オレは今どうし――
「ねえ、見えてるって事は……見たの?」
「いやいや、一瞬の事だったから――」
「つまり、一瞬は見たって、こと……!!」
「そんな言葉の裏をつつく様な――ああ、そうか。後ろからなら問題ないのか」
なんだ、気付いてしまえば簡単な事だったじゃないか。
前が駄目でも、後ろなら見える範囲から外れるではないか。つまり、彼女の背後に回れば、安全に対処出来るッ……!
そうだな、視界に入れずに回り込むには、このまま這って後ろに行くしかあるまい。ああ、どうしてこんな単純な事に気付けなかったのだろうか。時間の心配は要らないとて、随分と無駄な時間を過ごしてしまったな。
オレは低い姿勢での移動には自信があるんだ。
難点は身に付けている物のせいでカサカサ音が出る事なんだが、まあ静かに移動しなければならないタイミングでもないし、今はいいだろう。
だから、その……なんだ。ヒィって声を出されるのは、些か納得がいかないのだが。
ともあれ、これで万事解決だな。あとは罠に掛かったこいつを解放すれば終わりだ。
「なっ……!? 何する気よ!」
「パラコードを解く以外に選択肢があるというのかね」
なんかフゴッて聞こえた気がするけど、まあいいや。まずは足から解くか。
というか、足さえ解けば、あとはどうとでもなるんだよな。見てはいけない領域を見る事もない。
さて、オレには考えなければいけない事が山ほどある。そうだな……第一に、どうして狙いが外れたのかって事だ。
本来ここには、我が親友である道成が来る筈だったのだ。時間もピッタリ。周囲に人が近付く事もない。完璧な計画だった。
だが、実際に来たのはこの女だ。
どうしてこうなったんだ。どこで間違えたのか……。
「さて、ゆっくり降ろすぞ」
返事は、無い。
まあ、なんだ。小刻みに震えているし、致し方なく肌に触れた時も、かなり火照っていた。相当恥ずかしい思いをしているのは、理解しているつもりだ。
床に足が着くまで、慎重に支えてやる。
「さて、次は胴体の方を解いていくぞ」
ここまで来たら、さっさと全部終わらせて早く返してやる他ない。
手早く、結び目を解いていく。
少し気持ちに余裕が出てきたな。そうだ、どうしてここに来たのか、聞いてみてもいいかもしれないな。本当は道成が来る筈だったの――
――ストッ。
……。
一も二も無く、顔を上に向けた。
勢い余って首が痛いが、そんな事に動じる余裕は無い。
視界の隅に映る彼女の顔が、真っ赤になっているのが見える。
ああ、ダメだ……膝が床に吸い寄せられる。そして、手も。
体が、土下座をしたがっているんだ……。
なんだろう。目の前に靴があ――――
***
もう、オレの顔歪んでないかな。
道成に蹴られ、今ここにいる女に蹴られ。ついでに全身解放してやってから土下座の体勢で頭をグリグリ踏みつけられて。
こんな短期間で集中的に顔面に被害が及ぶ事って、あるんだな。三度目が無い事だけ祈っておこう。
でも……でもさ、このタイミングでスカートがズリ落ちるって、彼女も大概不幸体質じゃないかな。
散々罵倒されたけど、まあそれは甘んじて受けるしかない訳で。それでもまあ、他の人に見られる心配が無いのは不幸中の幸いと言えるのではなかろうか。
てか、そうだよ。どうしてもオレが気になる事。いい加減聞いてもいいよな。
「なあ、一つ聞いてもいいか?」
「何よ、変態」
オレの事は変態呼びですか。さいですか。
「どうしてここに来たのがおまえなんだ?」
「それはコレよ」
そう言って彼女が取り出したのは、一枚の紙。
そう。オレが道成をここに呼び出す為に仕込んだ、手紙である。
「なんで……コレを……?」
「なんでって、私の持ち物の中に入っていたんだけど。まさか、呼び出してこんな辱めを受けるなんて思いもしなかったけど」
「どうしてだ……コレは道成を――」
刹那、彼女の機嫌が一層悪くなった気がする。
道成の名前を出した、このタイミングで……? 道成は女子から嫌悪感を抱かれる様な奴ではない筈だ。大した接点も無い筈だし、どちらかというと好感を抱かれるタイプだ。それなのにこんな――。
「もしかして、道成の元カノの、霧島澪……か?」
僅かな沈黙。
「だったら、何よ」
どうやら、当たっていたみたいだ。
道成が中学時代、彼女が出来た時期があったのは知っている。オレとはまだそんなに仲良くなる前の事だったから、ハッキリとは覚えていなかった。
ああ……何て事だ。
抱えた頭がヒリヒリする。踏みつけられた所、血が出てたりしないかな。
何かの手違いで、道成に届く筈だった手紙が霧島の元へと渡ってしまった。
こんなミス、いつものオレなら絶対しない筈なのに、一体どうしてしまったというのか……。
「それで、あんたはどんな償いをしてくれるのかしら?」
「つぐ……な、い……?」
――なんだ。なんなんだ。
霧島は一体、何が望みだ……?
下手な事を言える状況ではない。回答を間違えれば、どんな事になるか想像したくもない。
「ええと……どの様なものがお望みで……?」
「そうねぇ……」
嫌な、予感がした。
言葉を切って考える素振りをした霧島は、しかし薄ら寒さを感じさせる笑みを湛えて、答えを示した。
「私の、奴隷にでも、なってもらおうかしら?」
……は?
奴、隷……?
「えぇと……具体的には、どの様な事を……」
現代に於いて、奴隷……とな?
奴隷とは即ち、所有物になれ……という事か?
時代によっては最底辺の階級、身分とされ、人としての名誉・権利・自由を失い、時に労働を強制され、時に性――
「変態。一体何を想像してんのよ」
こいつッ……! やはりオレの思考を読んで!?
「例えば、お昼には私の代わりに購買行ったり、課題終わらせるの手伝ったり」
……ん?
「休みの日には、荷物持ちとして買い物にも付き合ってもらうわ」
……んん?
「あとは、まあ……道成を嵌めるのに、協力してもらおうかしら」
……ほう。
「いいわよね? け・ん・じぃ・くん♪」
――乗ったァ!
「いいだろう。我が力、存分に発揮する事を誓おうぞ」
「ふふっ、それじゃあよろしく。そうそう、私いつもはお弁当作って来てるの。だからお昼買ってきてもらいたい時には先に連絡するわ。だから電話番号と――」
そして連絡先を交換したオレ達は、主人と奴隷という名の奇妙な関係となった。
だがこの時、名乗ってはいなかった筈なのに、どうして霧島はこれまで何の接点も無かったオレの名前を知っていたのか。この時のオレは、その理由に気付かなかった。
そういえば関係無い話なんですけど、カセットガスボンベの缶をバラしたら、カニっぽいにおいがしました。
まあそんな話はいいとして、衝動で書き始めたが故に、途中で熱が冷めてしまい完成までに時間が掛かってしまいました。代わりに体温的な意味で熱がでました。ちきしょう。
やっぱり書くなら男の娘の話がいいですね。気が向いたらまたいつか書くかも。