ウチに来て風邪をひいても良いぞ!
「本日は近藤軍曹が体調不良の為、わたくし藤岡が監督を務める! 一同右向け右!」
「サー! イエッサー!!」
ある日、軍曹が休んだ。
まあ、生きていれば、休む事もあるだろう。
……ただ……体調不良ってのがイマイチ腑に落ちなかった。
まあ、休む口実なのだろうけれど、あの軍曹が体調不良だなんて、少し考えれば分かること。まさかねぇ……。
──ピッ。
フロントのモニターに顔を近付け、軍曹の部屋のボタンを押した。程なくして相も変わらず天然危険物をぶら下げた椋さんが、ロックを外してくれた。
「軍曹が体調不良だなんて聞いたので……」
会うなり不思議そうな顔を向けた椋さんに、慌てて弁明染みた声を発した自分がいた。
「まさか雅人さんが来て下さるなんて……お姉ちゃんが知ったら泣いてファックしてくれって言うと思います」
思うな。慣れって怖いね。
「どうぞ」
解除されたドアを抜け、辿り着いた部屋で俺が見た物は、ベッドに寝て額に氷嚢をあてている軍曹だった。
柄にも無く弱々しさを出しては息苦しそうに天を見つめていた。
「……お姉ちゃん。雅人さんが来てくれたよ」
その言葉にようやく、ゆっくりとうつろな目がこちらへ向けられた。軍曹は少し照れくさそうに笑って、そして口を開いた。
「寺門三等兵か……」
「二等兵です、軍曹」
途切れがちの口調でゆっくりと、軍曹が言葉を紡ぎ出す。
「……すまんな、実に久しぶりな気がして、な」
「ずっと会ってましたが?」
「……そうか? 八ヶ月ぶりくらいな気がするな」
「気のせいです」
やはり具合が優れないらしく、意識朦朧としているらしい。記憶が曖昧なのはそのせいだろう。
「……で、ファックしに来てくれたのか?」
「いいえ、それだけはないです」
キッパリとそれだけは伝える。
「雅人さんは、単純にお姉ちゃんが心配で来てくれたの。すみません雅人さん」
「いいえ。あ、これゼリーです。食べて下さい」
「あ、すみません」
「で? 具合はどうなんでしょうか?」
床に伏した軍曹を見て、少し心配になってきた自分を落ち着かせるように、病状を聞いた。
「お姉ちゃんったら、あれほどダメだって言ったのに……」
「?」
自分の知らない所で何やら過酷な事があったのだろうか、海中水泳や滝教、極寒の任務にも耐え抜いた軍曹が体調不良なのだ、よほどの事があったと見て間違いはないだろう。
「コタツで寝ちゃったから……」
「それはダメですね。アウトです」
コタツで寝ると風邪をひくと、俺も母親に口が酸っぱくなるまで言われたからな、それだけは守っている。
「……そう言うな。私はコタツで寝てれば寺門四等兵がファックしてくれると思ってだな」
「そうはなりませんし、俺は二等兵です」
「……じゃあ、どうしたらファックしてくれるんだ?」
「……」
率直なる質問が、俺を応えに困らせた。
パジャマ姿で寝ている軍曹は、正直顔を隠せば体格の良すぎる巨乳格闘家くらいにしか見えない。余裕でファックの範疇だ。
しかし、顔を隠さないと軍曹であり、ファックからは程遠い。やはり軍曹は軍曹なのだ。
「軍曹は軍曹です。軍曹をファックするなんて俺にはとても出来ません」
「……命令でも、か?」
「出来ません」
「……そうか」
それ以来、軍曹は俺達に背中を向けて、寝てしまった。あまり長居するのもなんなので、俺は帰ることにした。
「雅人さん、今日はありがとうございました。お姉ちゃん、ああは言ってますが、雅人さんが来てくれて、本当に嬉しかったと思います」
「良くなると良いですね」
「風邪は人にうつすと治るって言いますよね」
「え?」
「冗談ですよ」
小悪魔みたいな笑いを浮かべ、椋さんは俺を見送ってくれた。
翌日、軍曹は何事も無かったかのように、元気な姿で訓練場に現れた。
「整列!!」
「「サー!」」
いつも通りの軍曹に俺は安心したが、訓練生として軍曹と過ごすのもあと僅か。コレが終われば俺は──