ウチに来て妹とキャンプしてもいいぞ!
寺門雅人──童貞のくせに、童貞と言われるとキレる。
近藤伊織──ゴリラと呼ばれるとキレる。女の子だから仕方ない。
「起床!!!!」
「──サーッ!!」
平時、起床は朝の五時半となっている。
普段なら早めに起きて身支度を整えているのだが、どうやら今日は寝過ごしてしまったらしい。昨日あんな事があったからに違いない。
「……ん? 昨日?」
よく見ればココは俺のアパート。
時刻は五時半。
そして今日は休みである。
「寺門二等兵よ」
「サー。何故軍曹がこちらに? サー」
「部下の住所くらい把握して当然ではないか?」
いやいや、そういう類の意味ではないんですが。
「寺門二等兵よ!」
「サ、サー!」
クワッと目を見開いた軍曹が気迫溢れる顔で俺の名を呼ぶ。もう眠気などとうに消え失せた。
しかも軍曹は男装も何もせずにありのまま。完全に女性として振る舞っているから、こちらもどうしたらよいのか分からない。
「ウチに来て妹とキャンプしてもいいぞ!!」
「サー……?」
なんだ? 今度は何ですか?
「本当は電話で誘おうかと思ったんだがな」
「突き抜けてますね」
軍曹の右手の人差し指にはスマホが突き刺さっていた。正確にはスマホの画面を軍曹の人差し指が突き抜けた。なんだろうか、新手の貫通マジックか?
「椋にスマホをプレゼントされたんだが、普通にタッチしたら破れた」
「破れたって言いませんよ普通。どんだけ柔らかかったんですか」
筋肉ダルマの鬼軍曹が力任せにチェストしたのは想像に難くない。
「だから直接来た」
「鍵掛かってませんでしたか?」
「回したら開いたぞ?」
「……」
見ればドアノブが完全に千切れており、まるで機械か何かで回して捻じ切ったかのようにグニャリと変形していた。
「な?」
「な? じゃないですよ。言葉も出ないです」
「寺門二等兵!」
「サ、サー!」
「細かいことはどうでもいい」
いや、良くはないんですけど。あとで直してもらえるんだろうか?
「それよりキャンプだ! 昨日の一件で妹の椋がいたくお前を気に入ってな。是非一緒にキャンプしたいと言っていた! 行くぞ!」
「サー! しかし今日は予定がサー!」
「全部キャンセルしろ!」
「サー!?!?」
おいおいおいおい!!
ドアぶち壊していきなりキャンプに来いとか、俺の意思完全に無視だな畜生!!
「なんだ、それともキャンプが怖いのか?」
「?」
腰に手を当て、やれやれと軍曹がため息をついた。
「女子とキャンプ出来ないとか……さては貴様童貞か?」
──プッチン
頭の中で、何かが切れる音がした。
「……誰が童貞ですって?」
「お、顔付きが変わったな。いいぞ」
「俺は童貞なんかじゃない……! たとえ軍曹でも、誰にも俺を童貞だなんて言わせない!! 俺は童貞なんかじゃない!!」
「だったら証明してみせろ寺門二等兵!! ウチに来て妹とキャンプしろ!」
「サー!!」
……つい、怒りに任せて咆えてしまった。
まあ、予約していたアニメのDVDとか取りに行くだけだから来週でも良いんだけど。
自分に落ち着けと言い聞かせ、一度大きく深呼吸。
戦場では取り乱した奴から死ぬ。落ち着け俺。
「とりあえず、抜きません?」
「ん?」
軍曹のスマホを指差すと、グッと力を込めて軍曹がスマホを引き抜いた。
「怪我とかしてないですか? 手洗って行きましょう」
「うむ、すまない」
スマホにはしっかりと指が貫通していた穴が開いており、決して種も仕掛けも無い、ありのままの貫通劇のようだ。この人、素手で熊とか殺めそうだな。
「行こうか」
「……」
「ん、どうした?」
「いえ、ハンカチが可愛らしかったので……」
軍曹がキ〇ィちゃんのハンカチを咥えて手を洗っているのを見て、思わず本音が漏れ出てしまった。この軍曹、キ〇ィちゃんすら素手で殺めそうなのに。
「バ、バカモノッ……! あまりそのような事を言うな! ファックされたくなるだろうが……!!」
真っ赤な顔で謎発言をする鬼軍曹。正直どこまで本気なのかは定かではない。
「では行こうか寺門二等兵! 一桁違う高い肉もあるぞ?」
「サー!? イエッサー!!!!」
結局俺は高い肉に釣られ、軍曹の後をついていった。
「あ、雅人さん♪」
「ハハ、どうも……」
キャンプ会場は何故か軍曹のマンションの屋上だった。どうやら管理人と顔馴染みらしい。
妹の椋さんがカレーを作っているらしく、辺りには良き香りが漂っていた。
「もう少しで出来ますからね♪」
ウインク一つ、俺を実に複雑な気分にさせてくれる。
これでトウモロコシが生えてるんだから、世の中ってのは不思議だよなぁ……。
「さて、カレーが出来るまでの間、寺門二等兵には任務を言い渡す!」
「サー! イエッサー!!」
なんだ? 肉か? 肉を焼くのか?
「私をファックしろ!!」
「サー……お断りしますサー」
テントの中に置かれた簡易ベッドに横たわる軍曹からそっと目をそらす。
しょぼくれた顔の軍曹が口を思いっきりへの字にしてキ〇ィちゃんのハンカチを食いちぎった。恐ぇ……。
「お姉ちゃん!! ちゃんとお誘いしないと愛想尽かされるよ!」
椋さんがおたまを持った手でプリプリと怒った。薄いピンクのエプロンが実に可愛らしいが、トウモロコシ生えてるんだよなぁ。
「寺門二等兵!」
「サー!」
「……ファックしない?」
「しません」
「これは任務だ!!」
「サーッ! 職権乱用サー!」
「お姉ちゃん!!」
「……ぅうむ」
再びへの字に口を曲げるも、諦めたのか簡易ベッドに腰をかけ、ため息をつく軍曹。
「寺門二等兵よ、ファックから始まる恋があってもいいんじゃないか?」
「あっても良いとは思いますが、それは今ではないです」
「寺門二等兵は私のことが嫌いか?」
「……軍曹としてしか見れません」
「女として見てくれないのか?」
「軍曹ですから」
「お姉ちゃん、段々面倒な人になってきてるよ? そろそろカレー出来るからご飯よそって」
「……むぅ」
ご飯に山盛りカレーをかけ、頂く。
「どうかな?」
「サー! 美味しいですサー!」
「ふふ、良かった」
椋さんのカレーはお世辞抜きで美味く、俺はあっという間にかきこみ平らげた。
「寺門二等兵は料理上手な女が好きなのか?」
「サー! 下手よりは上手な方が良いと思いますサー!」
本当に軍曹が面倒な人になっていっている。
既に俺の中ではあの凛々しかった軍曹像が滅茶苦茶な事になっている。
「あのね、本当はお姉ちゃんがカレーを作ったんだけど──」
「椋! それ以上言うな!!」
なんだ? 軍曹が作ったカレーがあるのか!?
「んーん、お姉ちゃんの為に言うよ。あの簡易ベッドの下にお姉ちゃんが作ったカレーがあるの。食べてあげて。雅人さんのために朝から張り切って作ってたんだよ?」
「……軍曹」
キ〇ィちゃんを噛み千切る凶戦士とばかり思っていたが、やはり意外な可愛いところもあるようだ。
「……がっかりするぞ?」
「失礼します」
カレー鍋の蓋を開けると、普通にカレーの良い匂いがした。見た目にも問題は無さそうだが……。
「……軍曹。これなんですか?」
「……高麗ニンジンだ」
おたまですくったニンジンは、まるっと一本そのままの形だった。ちょっと荒々し過ぎませんか?
おたまで中を覗くと、ジャガイモからニンジン、果ては隠し味のリンゴまではそのままの姿で入っており、お皿に盛るとワイルド過ぎるカレーが姿を現した。
「これなんです?」
「イッカクの角だ。精が付く」
カレールーから突き出た謎の角はさておき、とりあえず食べるとしよう。
「い、頂きます……」
──ジャリ
軍曹……野菜洗いましたか?
中までホクホクの皮付きニンジンをそっと戻すと、カレーの中から見覚えの無い黒いハサミが顔を覗かせた。スプーンでほじくり返すと、それは足が複数あり、尻尾に毒針のような物がついている、まるでサソリのような──
「──ってサソリ入ってる!!!!」
「精がつくからな」
いやいやいやいや……!!
ジャパニーズカレーにサソリを混入するなんて聞いたこともないですから!!
ヤバい! この人全てが規格外だ……!!
「雅人さん。お姉ちゃんは雅人さんの為に……」
「──!!」
椋さんに言われハッとした。
軍曹は自分の料理に自信が持てず、作ったことすら隠していたんだ。俺のために作ったのに……!!
「分かりました。ありがたく頂きます……!!」
──ジャリッ!!
──ボリボリ!
──ジャクジャク!!
──ボリボリボリボリ!!
おおよそカレーに似つかわしくない音を響かせ、俺は一心不乱にサソリカレーを完食させた!
「寺門二等兵……!」
「雅人さん……!」
「ご、ごちそうさまでした……」
流石にカレーを二杯も平らげたので、普通に腹が苦しい。
「精が付いたか?」
「サー」
「するか?」
「サー、お断りしますサー」
「……そうか。残念だ」
すっかり自信を無くした軍曹は、ショボンと悲しそうに髪をいじりだした。普段の訓練では絶対見れないその姿は、やはり女性的で不思議なものがあった。
「雅人さん雅人さん」
「サ、サー」
「今度、海に行きませんか?」
「えっ?」
海と言われ何やら危険な香りがした。出来ることならこれ以上憧れの軍曹の力強いイメージを壊したくはないのだが……。
「お友達も誘って、皆で遊びませんか?」
「……」
「本当はお姉ちゃんが誘いたかったと思うんですが、あの調子で素直になれなくて……」
何故素直になれなくてああなるんだ……!?
「それとも……雅人さんは海はお嫌いですか?」
「いえ……ただ」
ちょいと渋い顔をすると、椋さんは両腕を組んで完全無農薬栽培のメロンを強調させた。
「もしかして……海デートが怖いんですか?」
「…………」
そのような挑発に乗るほど愚かでは無い。
「雅人さんって……童貞ですか?」
──プッチン
俺の中で何かが切れる音がした。
「俺は童貞なんかじゃない!! たとえ軍曹の弟さんでも俺を童貞だなんて言わせない!! 童貞なんかじゃないから海デートでも何でもウエルカム!!!!」
「やった♪」
……いかん。またしても見境無く咆えてしまった。
まあ、普通に遊ぶだけなら良いのかもしれないが……。
「お姉ちゃんも! ファック禁止令、ね!」
「……いぇすまむ」
「決まり♪ 今から楽しみですね」
「は、はぁ」
しかしよく考えればこの二人と居て普通で終わるはずが無い。
俺は心の中で死んでもいい生贄を検索し始めた。
まあ、俺は友好範囲が広いわけではないので、すぐに犠牲者は決まった。
「マイフレンドよ、かくかくしかじかだ」
「海!? しかも美女二人とダブルデート!?」
「ダブルデートかどうかは置いておいて──来るか?」
「行かないわけないじゃなーい! 張り切っちゃうよ~!!」
何も知らぬ哀れな子羊を取っ捕まえたところで、俺は椋さんとSNSを通じて日取りを確認した。
【お姉ちゃん雅人さんの事、明日も休みにしちゃったみたいで……ごめんなさい】
…………まあ、休みが増えたのは良いことだが。
しかしあの人本当にやりたい放題だな。
諦め就寝しようとしたところでふと思い出した。
「高い肉食うの忘れた……」
サソリカレーで悶々とする俺。仕方なく持ち帰ったイッカクの角を握りしめ、椋さんの顔を思い浮かべ寝ることにした。
「トウモロコシが一本……トウモロコシが二本……トウモロコシが──」
その日、俺はイッカクの角が頭と股間に生えた悪魔に性的な意味で襲われる夢を見た。




