第69話 ウン千万円以上の価値
第七層に到着した。
今日から(厳密には昨日から)ここが、俺たちの主な稼ぎ場になる。
この第七層、昨日の初探索の段階では「概ね攻略できた」という印象だったものの、いくつかの不安は残った。
不安点の一つ目は、MP消費量の激しさだ。
昨日の探索でも、例の宝箱があった小広間までの往復コースを踏破してダンジョンを出たときには、俺と風音さんのMPが枯渇寸前というギリギリ状態だった。
昨日のあれが、ちょうど実働八時間程度の探索だ。
毎日八時間程度、フルタイムで探索することを前提に考えると、まだいささか危ういと評価せざるを得ないだろう。
そして危うい点といえば、もう一つ。
この第七層初出のモンスター二体編成との戦闘も、ヒヤッとさせられる結果だった。
そしてどういう因果か、今日はそいつらと、第七層の初戦闘で遭遇することになった。
「出たな、ミュータントエイプ二体。──風音さん、悪いですけど作戦通りで行きます。左が最初のターゲットで」
「うん、全然オッケー。私だって大変なほうを、いつも大地くんにやらせたくはないよ」
二体の巨大ゴリラが、地鳴りを響かせながら、俺たちに向かって駆け寄ってくる。
相変わらず巨体に似合わぬ俊敏さだ。
対する俺、風音さん、弓月の三人は、それぞれに体内の魔力を高めていく。
「弓月も計画通りだ。あいつらのHPの動きも【モンスター鑑定】でしっかり確認しておいてくれ」
「了解っすよ、せーんぱい♪」
「その甘ったるい感じはやめろ。気持ち悪い」
「ひどいっす! かわいい後輩女子から『先輩♪』って呼ばれるのは全男子の夢じゃないんすか!?」
「お前はそういうキャラじゃないんだよなぁ」
などと与太っている間に、魔法発動の準備が整った。
俺、風音さん、弓月の三人が、一斉に攻撃魔法を発動する。
「【ロックバレット】!」
「【ウィンドスラッシュ】!」
「【バーンブレイズ】!」
ごうと唸りを上げて、三種類の魔法が炸裂した。
弓月が放った範囲魔法は二体のミュータントエイプを同時に焼く。
一方、俺と風音さんがそれぞれ放った単体攻撃魔法は、左右二体のミュータントエイプのうち左側に直撃した。
だがもちろん、強靭なミュータントエイプのこと、それだけで倒れることはない。
続いて俺と風音さんで、それぞれ一体ずつのミュータントエイプにあたる。
左のダメージが大きいほうを俺が。
右のダメージが小さいほうを風音さんが担当する。
ミュータントエイプ二体編成を相手にするとき、一番厄介なのは、二体を同時に相手にしなければならないことだ。
逆に言うと、初手で一体を撃墜することができれば、残りの一体には三人がかりで落ち着いて対処できる。
ゆえに《《最大火力がより大きい俺が》》、まず確実に一体を仕留める戦術を選んだ。
「弓月、左の残りHPは!」
「55/138! 残り四割っす!」
「了解!」
弓月からの報告を聞きながら、俺は目前に迫ったミュータントエイプに向けて槍を構え、その腕と武器にスキルの力をまとわせていく。
俺の腕から槍全体にかけてが、淡い輝きに包まれる。
ミュータントエイプがまさに直前まで来て、恐ろしい勢いで剛腕を振り上げた。
俺はそれが振り下ろされるよりも一拍早く、スキルを発動させる。
「くらえ──【三連衝】!」
俺の腕が通常あり得ない速度で、連続で前後した。
槍の鋭い穂先が三度、ミュータントエイプの胴に深く突き刺さる。
そのミュータントエイプの剛腕が、振り下ろされることはなかった。
一瞬の後、俺の目前の大型モンスターは黒い靄になって消滅する。
「よしっ」
俺は小さく快哉の声を上げた。
スキル【三連衝】
例の小広間の宝箱に入っていたスクロールを使って、俺が修得した大技だ。
その効果は、近接武器による突き攻撃を、一瞬のうちに三度連続で行うというもの。
槍や剣などで使ったときに最も効果的に威力を発揮するスキルで、通常攻撃の三倍のダメージを与えることができるらしい。
消費MPは8と重いが、それだけの価値は十分にあると思う。
ただウン千万円以上の売却代金を犠牲にして、自分で修得しただけの価値が現段階であるかと聞かれると、さすがに微妙と言わざるを得ないが。
一方で──
「ぐぅっ……!」
もう一体のミュータントエイプと交戦していた風音さんが、おそるべき拳の一撃を受けて吹き飛ばされた。
「風音さん!」
「っとと。最近ミス多いなぁ私。でも大丈夫、平気だよ」
風音さんはすぐに体勢を立て直し、二本の短剣を手にミュータントエイプに向かっていく。
素早く閃いた二連撃が、巨大ゴリラの胴を鋭く切り裂いた。
風音さん、以前にミュータントエイプの攻撃を受けたときとはまったく雰囲気が違って、危機的な様子が見当たらない。
ダメージが小さいわけではなさそうだが、取り立てて深刻なものでもなさそうだった。
風音さんが身に着けている防具「黒装束」がいい仕事をしているのだろう。
あれだけの性能でもノーダメージにならないのはちょっと残念だが、ミュータントエイプを相手にそれは贅沢すぎるというものか。
結局その後、それ以上の被弾を受けることなく、俺たちはもう一体のミュータントエイプも問題なく撃破した。
かつての強敵との戦闘も、ずいぶんあっさりとした勝利となった。
ハイタッチをするなどして勝利を祝い、ダメージを受けた風音さんには【アースヒール】で治癒を行う。
ちなみに治癒前の風音さんのHPは、「42/60」まで減少していた。
一撃でHPの六割を持っていかれた昨日と比べると、被ダメージが半減している。
正直に言うと「黒装束」にはもっととんでもない防御力を期待していたのだが、とはいえ十分に劇的な効果であるのも間違いない。
「ありがとう、大地くん♪」
治癒を終えると、風音さんは笑顔満面でそう伝えてきた。
ヤバい、好き、今すぐ抱きしめたい。
ダンジョン探索中だから自重するけど。
だがその後、俺の前に立った風音さんは、腰に手を当てて眉根を寄せた。
「だけど大地くん、『気持ち悪い』は本当にひどいんじゃないかなぁ。お姉さんは大地くんをそんな子に育てた覚えはありませんよ」
「えっ、何の話ですか?」
俺、風音さんに「気持ち悪い」なんて言った……?
言うはずないと思うんだけど。
あと風音お姉ちゃんに育てられた覚えもないです。
と、そこに慌てて止めに入ったのは弓月だった。
「い、いいっすよ風音さん。先輩は前からこんな感じっすから」
「そう? 火垂ちゃんがいいならいいんだけど……」
「ん……? ああ、弓月に言ったあれか。弓月には似合わないってだけの意味ですけど……」
「あーっ、反省してないな! それでも相手は傷つくの! 大地くんは火垂ちゃんに冷たい! もっと優しくしてあげて!」
「え……あ、はい。すみません」
「か、風音さん、いいっすから~」
なんかパーティ内の人間関係が、以前よりややこしくなってないですか?
しかし、うーん……弓月に優しくか……。
ノリで対応しているから、優しくと言われても難しいんだけどなぁ。
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