第68話 オーダーメイド品(嘘)
俺にとっての不平等条約らしきものが、俺に関わりのない場所で締結されたようだ。
でもおそらく大きな実害はないだろうし、どうも俺が悪いらしき気配も感じるので、とりあえず二人のやりたいようにさせておこうと思った。
そんなわけで、いつも通りに三人でダンジョンに潜っていく。
転移魔法陣に乗って中継地点まで飛び、まずは第五層に向けて螺旋階段を下りはじめた。
その途中──
「えへへっ、先輩♪ 兄妹ごっこするっすよ。ぎゅーっ」
「あーっ! じゃあ私も、大地くんと恋人ごっこする。ぎゅーっ」
「え、えぇっと……?」
俺の左腕に弓月が、右腕に風音さんが、それぞれに抱きついてきた。
待って、何事……?
風音さんはともかく、弓月のアクションがおかしくないか?
いや、もともとこんな関係性だった気が、しないでもない……か?
でもこうやって抱き着かれるたびに、弓月も女子だということを思い出してしまいそうになる。
だって肉体はまぎれもなく女子なのだ。
女子らしいやわらかな肌や、ふわっと漂ってくる甘いにおいが俺を混乱させる。
しかも風音さんと同時の、左右からのダブルアタックだ。
胸のサイズなどに格差社会(もちろん風音さんのほうが遥かに豊か)は感じるものの、本質的に同質のものに左右からサンドイッチされて、俺の中の価値観が崩壊しそうになる。
……ダメだ、落ち着け。
ていうかそもそも、なぜこんなことになっているのか。
「風音さん、これは何かおかしくないですか?」
「ううん、おかしくないです。さっき言ったよね、大地くん。火垂ちゃんにも、大地くんとイチャイチャする権利は与えたって」
「はあ……それらしいことは聞いた気がしますけど」
「何すか先輩。うちとイチャイチャするの嫌なんすか? そういうこと言うと泣くっすよ。ギャン泣きするっすよ」
「いやいや、お前もいつの間にその前提に乗っかってるんだ」
この間までは俺と一緒に「イチャイチャはしてないっす」って言ってただろ。
どうした。反抗期か?
「まあ俺はいいけど……。でも第五層についたら二人とも離れるように。言わなくても分かると思うけど、ダンジョン探索中にこれはないです」
「「はぁーい(っす)」」
ここは二人から、素直な返事が返ってくる。
実際にも第五層の地に降り立つと、二人は俺から離れて、ダンジョン探索と戦闘に対応できる姿勢を整えた。
ちなみに風音さんの探索者としての見た目は、以前とはガラッと変わっている。
以前はダンジョン用衣服の上に、硬革製の鎧「クイルブイリ」を装備している出で立ちだったが、今は忍者風の「黒装束」に身を包んでいる。
もちろんこれは、例の「ダンジョンの妖精」絡みの宝箱に入っていたものだ。
防御力60、筋力+2、敏捷力+2、魔法威力+2という、チートかよと思うような性能を持ったS級防具である。
これをほかの探索者に見せてしまうのはまずいかとも思ったが、その辺は武具店のオヤジさんから、とあるアドバイスをもらっていた。
俺たちは第五層を難なく通過して、第六層へ。
すると第六層の地で偶然、いつか出会った男女二人組の探索者に遭遇した。
「おっ、この間の坊主たちか。あのときは助かったぜ」
「うん……? そっちのお嬢ちゃん、防具が変わったみたいだね。見たことのない防具だけど、オーダーメイド品かい?」
以前に毒消しポーションを譲り渡した二人だ。
武闘家風の男性探索者と、鉄の鎧に身を包んだ女性探索者。
女性のほうが、風音さんの防具変更を目ざとく指摘してきたが──
「はい。武具店のオヤジさんから、オーダーメイドで少しお金をかければ、防具のデザインを好きに変更できると聞きまして。奮発して職人さんにお願いしちゃいました」
「へぇ、そういうのが趣味なんだ。でもいいね、似合ってると思うよ」
「えへへっ、ありがとうございます♪」
風音さんは嘘八百の内容を、滞りなくすらすらと並べ立てる。
風音さん、嘘つくの意外とうまいな。
ダンジョン用の武器や防具は、職人に「オーダーメイド」で作ってもらうこともできる。
「職人」というのは【武器製作】【防具製作】などの生産系スキルを持った探索者たちだ。
彼らはモンスターが落とす魔石を原料として、武器や防具などのダンジョン用アイテムを作ることができる。
こうした職人たちが、通常どおりのレシピで武器や防具を作ろうとすると、ベーシックなデザインの武具が出来上がる。
「クイルブイリ」なら硬革製の軽装鎧として、「プレートアーマー」なら全身を覆う鉄の鎧として完成するわけだ。
なお当然のことだが、上位ランクの武具を作るのには、より高額の魔石が必要になる。
またアイテム生産系スキルの使用にはMPも消費するらしく、上位の武具を作るほど多くのMPを必要とするとのこと。
ところがここで、通常よりも多くの魔石とMPを使って武具を作ることで、本来のデザインとは異なる外見を持った、見た目だけオリジナルな武具を作り出すことができるというオプションがあるのだ。
それにも限界はあって、槍として使い物にならない形状の槍を作るとか、そういうのはできないらしいが。
いずれにせよ重要なのは、ダンジョン用の武具には自由にデザインを変えられる可能性があるということ。
つまり「黒装束」のようなデザインをしているが、性能は「ルーンローブ」という防具が存在してもおかしくはない、ということだ。
ゆえに「黒装束のデザインをした防具」を身に着けているだけで、一般に流通していないレア防具を装備していると直ちにバレることはない。
ちなみに【アイテム鑑定】は、接触距離まで近付かないと使用することができないので、遠目に鑑定されるようなこともない。
よほどのことがなければ、風音さんが着ている「黒装束」が、ウン千万円以上の価値があるS級防具だと見抜かれることはないはず──とは武具店のオヤジさんの話だ。
俺たちは男女二人組の探索者に手を振って、その場を後にする。
やがて第七層へと続く階段までたどりつくと、それを下っていった。
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