第66話 恋人っぽい何か
どれだけ長いあいだ抱き合って、キスを続けていたのか分からない。
どちらからともなく唇を離したとき、小太刀さんは恥ずかしそうな上目遣いで、こんなことを聞いてきた。
「……すみません。やっぱり、お酒くさかったですか?」
「えっ……? いや、そんなこと考えもしませんでしたよ。とにかく気持ちよかったです」
「はわっ……! そ、そ、そういう恥ずかしいこと、結構言いますよね、六槍さんって」
「そ、そうですか? そんなつもりはないんですけど」
「……でも、嬉しいです。一緒の気持ちになれて。ありがとうございます」
「え、あ、はい。こちらこそありがとうございます」
お互いしどろもどろだ。
なんで抱き合ってキスして、どっちもお礼言ってるの? これ普通?
「あの、六槍さん。名前……『大地くん』って呼んでもいいですか?」
「は、はい。俺も『風音さん』って呼んだ方がいいですかね?」
「もう、そこは私に聞かないでくださいよぉ」
「あっ……す、すみません。……か、風音さん」
「……はい、大地くん」
頬を真っ赤にして、はにかんだ表情を見せる小太刀さん──改め、風音さん。
再び強く抱きついてきたので、俺も抱きしめ返す。
しばらくそうしていると、ようやく周囲を歩く人々の目が気になり始めた。
こんな公道のド真ん中でやるようなことじゃないな。
「場所、移しましょうか」
「そうですね。でも、どこに行きます?」
そう聞かれて、俺の頭の中にパッと、ピンク色の背景で「ワァーオ」と擬音が入るような場所が思い浮かんだ。
いやいやいやいや。待て待て、落ち着け。
俺がぶんぶんと首を振っていると、不思議そうに見ていた風音さんが、くすっと笑う。
「某大衆向けイタリアンレストランで、いろいろつまみながらワインとかどうですか?」
「い、いいですね。──ところで風音さん、今の風音さんって、酔ってないですよね? 大丈夫ですよね?」
「あははははっ……えっと、実は私、ビール一杯ぐらいの酔いならある程度テンションコントロールできます。酔ってないわけじゃないんですけど、なんだろう、酔ったときのテンションに身を任せるかどうか決められる、みたいな? 実は責任能力はあります。えへんっ」
「えっと、それは……これまでのも、全部?」
「そ、それ今、聞きますか? ……しょうがないじゃないですか。大地くんが悪いんだよ? ずっとOKサイン出してるのに、攻めてきてくれないんだもん」
「すみませんでしたーっ!」
「あははっ。でもいいです。なんだかんだ言って楽しかったし、今も楽しいし」
その後、俺は風音さんと二人で、みんな大好き大衆向けイタリアンレストランのチェーン店に入った。
向かい掛けの二人席について、あれこれと注文を頼みつつ──
俺はずっと疑問だったことを、風音さんに質問する。
「でも風音さん、どうして、その……俺なんかのことを、気に入ってくれたんですか? 言っちゃなんですけど、俺、何の取り柄もないし。風音さんだったら、もっと相応しい人がいるんじゃないかって思うんですけど」
すると風音さんは、スッと冷たい目を俺に向けてきた。
「大地くん、それ絶対にダメ。悪いけど、それは許せない」
「えっ……?」
「『俺なんか』って、それじゃあ大地くんを好きになった私の見る目がなかったみたいになるでしょ?」
「あー、いや、そういうつもりじゃ」
「そういうつもりじゃなくてもダメ。今後『俺なんか』は絶対禁止。分かった?」
「……はい。すみません」
「よろしい。……ていうかさぁ、大地くんのいいところなんかいっぱいあるじゃん。優しいし、思いやりあるし、誠実だし、私のダメなところにも寛大だし、ちょっとかわいいところあるし。何より一緒にいて楽しいもん」
「あ、あう……」
「あ、照れてる照れてる。そういうとこだぞ♪」
正面に座る風音さんは、にひひっと笑いながら、指先でつんつんと俺の頬をつついてくる。
ダメだ、完全に弄ばれてる。
「最初に会って一緒にラーメン食べたときから、この人なんかいいなー、一緒にいて心地いいなーって思ってたよ。だから、波長が合うんじゃないかな」
「波長……」
「大地くんは、私と波長、合わない? 合わないって言われたらショックで寝込んじゃうから、合うって言ってほしいんだけど」
「えーっ……。いや合いますけど」
「にゃはははっ。そういうとこ、そういうとこ♪」
気が付けば風音さんの前にはグラスワインが配膳されていて、風音さんはそれをちびちびと飲んでいた。
そういえばこれ、前の店のビールに続いて二杯目のお酒だな。
ちゃんぽんをすると酔いが速くなるって聞いたことあるけど。
風音さんはそのワイングラスを手に持って、俺に差し出してくる。
「大地くんも少し飲まない? 間接キッスだよ」
「うっ……。いや、そもそもさっき間接じゃないの、たっぷりやったじゃないですか」
「うわぁっ……。恥ずかしい話してくるね、大地くん」
「風音さんの恥ずかしいの基準が分かりません。俺さっきからずっと恥ずかしいです」
「奇遇だねぇ。実は私もだよ。ずっと恥ずかしくてドキドキしてる」
「羞恥プレイしてたんですか」
「してたんです」
そんなあれやこれやの会話をしながら、二人の時間を過ごす。
結局レストランを出るまでに、俺も風音さんもまあまあ飲んでしまった。
ふわふわとしながら、俺は風音さんの肩を抱いて、夜の街を歩く。
風音さんもそっと身を寄せてきて、完全に恋人っぽい何かだった。
っぽい何か、ではなくて、恋人なのか。
まあいいや。
その後も、初めて尽くしの経験に戸惑いながら、俺は風音さんと二人の夜を過ごした。
そして、翌朝──
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