第64話 回るお寿司会議
駅近くにある、回るお寿司のチェーン店。
もうすぐ夕食時の時刻とあって、ちらほらと客が入り始めている。
俺、小太刀さん、弓月の三人は、テーブル席の一つに陣取って、タッチパネルでひと通りお寿司を注文した。
そして三人分、湯飲みにお茶を注ぐと、いつぞやと同じように会議を始める。
「さて、今日の議題は──俺たちのパーティが手に入れてしまった『とんでもないアイテムたち』をどうするかです。選択肢は大きく二つ」
俺は小太刀さん、弓月を順番に見る。
それから二人に向かって、人差し指を立ててみせた。
「選択肢その一、競売などで売り払う。オヤジさんの見立てでは、『黒装束』と『【三連衝】のスキルスクロール』は、数千万円から億超えの売り値が見込めるだろうとのこと。これらを売れば、うまくいけば『FIRE』まであり得るかもしれません」
FIREとはこの場合、Financial Independence, Retire Earlyの略で、「経済的自立と早期リタイア」を意味する言葉だ。
ようは人生に必要なお金を早いうちに稼いでしまって、あとはあくせく働かずとも運用やら何やらで優雅に暮らせる状態を作ろうぜ、という考え方である。
軽く調べてみたところ、7500万円あれば、運用益年間4%を見込んで年300万円の生活ができるんじゃないかとか何とか書いてあった。
二つのアイテムが億単位の値段で売れれば、三人で等分したうえで所得税やら何やらを考慮に入れても、そのぐらいの金額が残る可能性は十分にある。
これは我々小市民にとっては、非常に魅力的な話である。
何しろ「働きたくないでござる! 絶対に働きたくないでござる!」を実践しても生きていけるのだ。
理不尽な現実と戦わずに済む。
これほど甘美な誘惑はなかなかないだろう。
だが──
俺はピースをするように中指も立てて、次なる選択肢を提示する。
「選択肢その二、これらのアイテムを自分たちで使う。俺たちは今後もダンジョンに潜り、探索者として生きていく。S級アイテムの助けがあれば、一般の探索者よりも有利な立場に立てるかもしれません」
「うーん……難しい問題ですね……」
注文したサーモンが三皿流れてきたのを見て、小太刀さんが皿を取って、各自の前に一枚ずつ配膳していく。
三人で同時に「いただきます」を言って、各自サーモンに取り掛かった。
うまい。
とろける脂の甘みが舌に絡んでうんたらかんたら。
一皿に二貫載っていたサーモンをあっという間に平らげると、ちょうどいいタイミングで俺が注文したエンガワが流れてきた。
俺がそれを取って自分の前に置いたところで、同じくサーモンをやっつけた弓月が口を開く。
「あの、どっちが正解かとかは分かんないんすけど、率直な感想言っていいっすか?」
「ん、ひとまず聞こうか」
「うっす。んーと、なんて言ったらいいのか分かんないっすけど……うちらだけが手に入れたせっかくの超アイテムを、売り払ってお金にしちゃうのって、なんかつまんなくないっすか?」
「「あー」」
弓月の意見を聞いた俺と小太刀さんが、共感の声をハモらせた。
「火垂ちゃんのそれ、すごく分かる。損得で考えると、売り払っちゃったほうがいいのかもしれないんだけど……」
「そう、それ。俺も分かります。売った方が賢明な気はするんですけど、なんか心が抵抗するんですよね。お前それでいいのかって」
「なんだ。三人とも一緒じゃないっすか」
「まあなぁ。合理的ではない気もするんだけどな」
仮に首尾よくFIREできるだけの高値でアイテムが売れたとして、その先を想像すると、心にぽっかりと穴が開いたようになる。
小太刀さんや弓月と一緒にダンジョンに潜る時間が、それでおしまいになってしまうのか。
そんなの、つまらない。
弓月の言うとおりだ。
このままダンジョンに潜り続けて、行けるところまでは行ってみたい。
この三人で。
そんな風に思ってしまう。
もちろん、それらのアイテムを売り払った上で、さらにダンジョンダイブを続けるという選択肢もあるにはあるのだが──
「……俺たちで使いたくないか?」
俺の口から、ボソッとそんな言葉が漏れた。
ついで小太刀さんや弓月の口からも、同じような言葉が漏れる。
「……うん」
「あの黒装束、風音さんにすごく似合うと思うんすよ」
「なら【三連衝】は六槍さんですよね。突き系の攻撃技、私の短剣でも使えなくはないですけど、私ばかりじゃアンバランスですし」
「じゃあ『魔力のシード』はうちがもらうっすかね。ちょっと見劣りはするっすけど」
話の流れは、いつの間にか固まっていた。
「第九層にも、何かあるだろうしな。そのとき弓月に役に立つものがあれば、優先的に回そう」
「捕らぬ狸の皮算用っすねぇ」
「あははっ。だいぶふわついてきましたね、私たちも。ふわつきついでに、そろそろ生頼んでいいですか?」
「まあ、会議は終わったと見ていいですかね。でも一杯だけですよ」
「はぁい」
小太刀さんがウキウキしながら生ビールを注文し始める。
俺は苦笑しながらその光景を眺め、弓月はなんだか分からないが俺をじっと見つめていた。
こうしている時間が楽しい。
こんな時間がずっと続けばいいのにな──
俺はそんな何かのフラグのようなことを考えながら、少し時間がたってしまったエンガワを口に運ぶのだった。
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