第62話 秘密の小広間
目的地と思しき地点までたどり着いた。
第七層マップの北東の端。
通路の先が行き止まりになっている場所だ。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
俺は小太刀さんと弓月に視線を向けて、二人がうなずいたのを確認すると、件のペンダントを地面に置いた。
これでいいんだよな……?
ペンダントを地面に置いても、最初は特に何も起こらなかった。
あれ、間違ってるか?
それとも謀られたか?
などと不安になってきた頃に、それは起こった。
まずはペンダントが、淡い輝きを放ち始める。
次に、森林ダンジョンの、行き止まりだったはずの場所。
その行き止まりを形成していた草木が、ひとりでに動いて左右に開き、そこに新たな通路を作り出した。
いや、草木が動いたというよりは、大地そのものが動いたといったほうが適切かもしれない。
とにかく、現代っ子である俺たちが呆然とするしかないファンタジーな光景が、目の前で繰り広げられたのだ。
「ほえー……すごいっすね……」
「うわぁ……!」
「さすがに驚くなこれは」
ダンジョンの妖精も不可思議だったが、この現象も大概だろう。
だがここで足を止めていても仕方がない。
俺は二人の仲間と再びうなずき合うと、新しくできた通路を進み始めた。
いくつか角を曲がりつつ、森林の間にできた通路をしばらく進んでいく。
するとほどなくして、一つの小広間にたどり着いた。
小広間にあるもので注目すべきは、広間の四隅に置かれた四つの「宝箱」だ。
形状はモンスターがドロップするものと同じ。
箱のサイズは、小箱型が三つと、それより大きい中箱型が一つ。
小太刀さんが気後れした様子で声をかけてくる。
「モンスターが落としたのじゃない宝箱って、初めてですね……。開けます……よね?」
「まあ、そうでしょうね。ここまで来て、開けない選択肢はないかと」
「ミミックかもしれないっすよ? 開けようとしたら、宝箱が牙を剥き出しにしてグワーッと襲い掛かってくるっす」
「もっと下の階層には、そういうのも出てくるらしいけどな。じゃあ開けるのあきらめて帰るかっていうと」
「それはないっすねー」
「ミミックを見破るには、【トラップ探知Ⅱ】っていうスキルが必要らしいんですよね。でもそんなスキル、取得可能スキルリストにも出てきてないですし。出たとこ勝負するしかないかぁ……」
四つの宝箱に、小太刀さんが一つずつ【トラップ探知】を試みていく。
結果、いずれもトラップは仕掛けられていない反応だった、とのこと。
「じゃあ、開けるぞ」
俺が代表して、最初の一つのふたを開く。
何かあってもすぐに対応できるように準備していたが、結果的にはその必要はなかった。
「種……みたいだな」
宝箱の中に後生大事に入っていたのは、植物の種のようなアイテムだった。
取り出してみても、何の変哲もない種だ。
だが「種」といえば、探索者ならば思い出すものが一つある。
「『シード』っすかね? 『筋力のシード』とか『敏捷力のシード』とかのあれ」
「その可能性は高そう。実際のところは【アイテム鑑定】してみないと分からないけど」
「【アイテム鑑定】、うちリストにはあるけど取ってないんすよねぇ」
「持って帰って、武具店のオヤジさんに【アイテム鑑定】を頼むのがベターだろうな。鑑定料は取られるだろうけど、これのために弓月が【アイテム鑑定】を取るのもどうかと思うし」
超レアアイテム「シード」
特定の能力値を1ポイント永久に上げることができるというトンデモアイテムである。
ただ実際にそれであるかどうかは現段階では分からないし、仮にシードであったとしても、どの種類のシードであるかが分からない。
ひとまずその「種」は、小太刀さんの【アイテムボックス】に収納して持ち帰ることにした。
ちなみに弓月も【アイテムボックス】は取得しているのだが、なんか危なっかしいから弓月のには入れたくないと主張したら、当人からめちゃくちゃ抗議された。
さておき、二つ目の宝箱である。
やはり警戒を保ちつつ、俺がふたを開けると──
「巻物だ。『スキルスクロール』か……?」
二つ目の箱に入っていたのは、一巻の巻物だった。
これも【アイテム鑑定】してみないと正体は分からないが、やはり探索者なら連想するアイテムがある。
「シード」同様の超レアアイテム「スキルスクロール」だ。
巻物を開いて中を見ることで、特定のスキルをタダで修得できるという、これまたトンデモなアイテムである。
もちろんそれも、これが「スキルスクロール」であればの話だが。
しかし「シード」といい、これだけ期待感を煽る条件が整っていると、そうでないと想定する方が難しい気はする。
期待が高まるのは当然のことと言えよう。
「よし、じゃあ次、開けるぞ」
俺は続いて、三つ目の宝箱に取り掛かった。
三つ目の宝箱は、少し大きめ、衣装ケースぐらいのサイズだ。
俺はその宝箱のふたを、警戒を緩めずに開いていく。
「黒い衣服……防具か?」
中に入っていたのは、黒装束とでも呼ぶべき衣類だった。
フィクション作品の「忍者」を連想させるデザインだ。
ダンジョン内の宝箱に入っているのだから防具の類だろうと思うが、効果のほどは分からない。
「これもオヤジさんに【アイテム鑑定】してもらうしかないか。いきなり『着てみる』って選択肢はないよな。小太刀さんに似合いそうな気はするけど」
「そ、そうですか……?」
俺の感想を聞いた小太刀さんが、少しテレテレとしていた。
ときどき暗殺者を思わせる動きをするから、などとはいまさら言えないので、俺は曖昧に笑っておいた。
というわけで、それも【アイテムボックス】にしまって、最後の宝箱。
これはサイズが戻って小箱型だ。
ふたを開けると──
「ん……? またペンダントだな。あとこれは、石板……?」
宝箱の中には、「ダンジョンの妖精」から受け取ったのと似たペンダントと、小さな石板が入っていた。
石板を手に取って見てみると、文字が彫り込まれているのが分かる。
文字は日本語。
内容は──
「『第九層、南西部の端』か。また思わせぶりな」
「え、書いてあるの、それだけっすか?」
「ああ、それだけだな。不親切な気もするが、まあ、そういうことだろ」
石板に書かれていた文字は、短く「第九層、南西部の端」だけ。
ほかに何の情報もなく、この宝箱の中身だけを見せられれば、何のことだかよく分からなかっただろう。
しかし俺たちには、この場所に至るまでの出来事がある。
その流れでこの宝箱の中身にたどり着けば、自然と連想するものがある。
すなわち、ここと同じような「隠し部屋」が、第九層にもあるのだろうということ。
その隠し部屋に至るキーアイテムが、この宝箱に入っていた二つ目のペンダントであろうということ。
この小広間にはそれ以上の何かはなさそうだった。
ちなみに宝箱も、それぞれ中身を取り出した段階で、黒い靄になって消えてしまっていた。
俺たちはせっかくなので、この小部屋でお弁当を取り出し、昼食タイムとした。
そして食事を終えると、小部屋をあとにし、ここまで来た道をたどってダンジョンを出る。
出口にたどり着いたときには、俺と小太刀さんのMPがほぼ枯渇状態だったが、どうにか「帰還の宝珠」のお世話にはならずに済んだ。
第五層の中継地点から片道およそ四時間の道のりなので、昼食休憩も含め、往復で八時間強というのが今日の探索時間だった。
転移魔法陣を使ってダンジョンを出た俺たちは、夕刻ながらまだ明るい初夏の空の下を歩いて、さっそく武具店のオヤジさんのもとへと向かった。
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