第61話 第七層(4)
さて、俺にとっては、とても衝撃的な出来事があったわけだが。
それを仕事には影響させないのが、プロの探索者である。
俺たちはプロ探索者だから(キリッ)
いやまあ、実際にはダンジョン探索の最中にあまりそこを触ってもなぁという、暗黙の了解のようなアイコンタクトのような何かが働いた次第。
そっちは後でちゃんと考えます。
今はダンジョン探索、いいね、と誰に言い聞かせるでもなく──第七層探索、再開。
もうちょっとで目的の場所──マップの北東部の端までたどり着くので、そこに向かって俺たちは歩みを進めた。
ミュータントエイプに遭遇した次の戦闘では、ジャイアントバイパー六体の群れと遭遇、これを撃破。
速攻で殲滅できたため、被弾はなかったが──
「これで残りMPが『35/64』かぁ。やっぱり【ウィンドストーム】重いなぁ」
「もう少しで最大値の半分っすか。たしかにちょっと厳しくなってきたっすね」
この戦闘でも【ウィンドストーム】を使った小太刀さんのMPが、残り半分近くまで削られていた。
帰り道でも同じだけの戦闘があると考えれば、そろそろ前に進むのを躊躇すべきラインに差し掛かってはいる。
「でも俺のMPも毒消しポーションも、まだほとんど減ってないからな。小太刀さんのMPが足りなくなってきても、多少の無理はきくはずだ」
「そのときはお願いします。それに本当にいざというときには『帰還の宝珠』もありますしね」
目的地まではもうちょっとだ。
俺たちは強気で前進を続けることにした。
次の戦闘は、デススパイダーが四体だった。
この戦闘は、俺が一発だけ毒牙を被弾した以外は、特に問題なく勝利。
小太刀さんの【ウィンドストーム】の使用もなしだ。
ちなみに毒効果は「毒除けの指輪」で無効化されたため、【アースヒール】を一発使っただけで状態を全回復することができた。
俺の「毒除けの指輪」、50%の毒回避率のわりにいい仕事するな。
問題はその次の、第七層・七戦目の戦闘だった。
目的地まで本当にあとわずかというところで、そのモンスターの群れと遭遇した。
「出ましたね、この階の真の本命──ミュータントエイプ、二体」
小太刀さんが不敵に笑いつつ、腰の鞘から二振りの短剣を引き抜く。
そして魔法発動のため、緑色の魔力光を体にまとわせていく。
「一体と二体とじゃ、脅威度が段違いだ。油断するなよ弓月」
「分かってるっすよ、先輩」
俺と弓月もそれぞれに武器を構え、魔力を高めていった。
そんな俺たちに襲い掛かってくるのは、二体の強大なモンスターだ。
俊敏な動きと巨体のストライドを活かして、二体のミュータントエイプは猛烈な速度で迫ってくる。
森林層の通路は、街路樹のように整列された木々によって形作られていて、その道幅は国道の一車線にほぼ等しい。
そこを左右並んで走ってくる二体のミュータントエイプを止めるには、俺と小太刀さんが一人一体ずつを受け持つ必要がある。
先の戦闘のように片方をさっさと片付けられればいいのだが、一体に全戦力と意識を集中するともう一体がフリーになってしまうため、現実問題としてはなかなかそういうわけにもいかない。
一体を相手にするのと、二体を同時に相手にするのとでは、難易度が段違いに変わってくるのだ。
「弓月、【ファイアボルト】で右のやつを撃ってくれ! 俺と小太刀さんも単体魔法で右を集中砲火! そのあと小太刀さんは右を迎え撃って! 俺は左を止めます!」
「了解っす! 【ファイアボルト】!」
「はい! 右をすぐに倒して援護に入ります! 【ウィンドスラッシュ】!」
「無理はしないで、小太刀さん! 【ロックバレット】!」
左右二体のミュータントエイプのうち右の個体に、火炎弾と風の刃、岩石弾が立て続けに突き刺さった。
もちろん頑強なミュータントエイプのこと、それだけで撃破されることはない。
無傷の一体と、魔法によるダメージを蹴散らすようにして突進してきた一体を、俺と小太刀さんがそれぞれに迎え撃つ。
「くらえっ!」
「落ちて!」
俺の槍と、小太刀さんの短剣二刀流による攻撃が、それぞれに受け持った敵を穿つ。
だがそれでも、落ちない。
ここで右のやつを仕留められれば、だいぶ楽になったのだが。
二体のミュータントエイプによる強烈な反撃の拳が、俺と小太刀さんに向かって振り下ろされる。
「ぐぅっ……!」
俺はどうにか盾で攻撃を受け止め、ダメージを最小限に抑えた。
体に伝わった衝撃力から察するに、ノーダメージではなさそうだが、今すぐどうこうというダメージではない。
だが──
「しまっ──きゃあああああっ!」
小太刀さんは、早く倒して俺を援護しようと焦ったのか、はたまた単に足元が滑ったのか。
運悪くミュータントエイプの拳の直撃を受けて、吹き飛ばされてしまった。
「小太刀さん!?」
「くっ……! だ、大丈夫です!」
小太刀さんは吹き飛ばされつつも、うまいこと受け身を取ってすぐに立ち上がる。
硬革鎧の一部が大きくひしゃげ、小太刀さんの口元からわずかに血がたれていた。
大丈夫と言ったが、その表情は苦しげに見える。
「よくも風音さんを……! いい加減に落ちろっす! 【ファイアボルト】!」
弓月が二度目の魔法攻撃を放つ。
それが右のミュータントエイプに命中すると、そいつは今度こそ撃破された。
よし、これで残るは一体。
あとは俺がこいつを止め切って、削り落とせばいいだけだ。
「小太刀さんは下がって【ウィンドスラッシュ】で援護を! こいつは俺が止めます!」
「でもっ……! ──わ、分かりました!」
俺の心配をしたい想いがありつつも、自分のダメージが小さくないことも分かっているのだろう。
小太刀さんは葛藤を見せつつも、指示には従ってくれた。
結局、その後。
俺がもう一撃、今度は盾による防御が間に合わずに直撃でダメージを受けたが、こちらの被害はそこまで。
俺の槍による攻撃と、小太刀さんの【ウィンドスラッシュ】、それに弓月の【ファイアボルト】がミュータントエイプに殺到すると、そいつもついには倒れた。
そうして、戦闘終了。
どっと疲れが出て一息をつきたくなったが、それよりも治癒が先だ。
「小太刀さん、大丈夫ですか?」
「うん、私は大丈夫です。六槍さんのほうこそ」
「俺はわりとHPがありますから……って、それでも結構削られたな。残りHP38って、最大が80だから、半分以上削られたのか。盾防御の上から一発、直撃一発のダメージでこれか……」
「ひぇっ。あ、でも私も、残りHP25だ。最大が60だから……うわぁ、一撃で六割近く持っていかれてる。これじゃ痛いわけだよ……」
「いや、一撃で六割って、二発もらったら落ちるやつじゃないですか」
「ですね。怖ぁっ」
ミュータントエイプ、単体相手なら楽勝感あったけど、やはり二体になると一気にヤバくなるな。
ここまでの流れで第七層もおおむね攻略できた感があったけど、全然そんなことはなかった。
まだまだ危なっかしさあるわ。
俺は【アースヒール】をトータル四回使って、俺と小太刀さんのHPを全快。
俺のMPもこの戦闘で一気に18点削られ、現在値が「50/90」と少し心もとなくなってきていた。
第七層はやっぱり手ごわいな……。
さておき、目的地はもう目の前だ。
軽く休憩を終えた後、俺たちは目的の場所へと向かって歩を進めていって──
俺たちはついに、目標地点へとたどり着いた。
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