第461話 リスク
「分からんね。俺もそういうモンスターの噂を聞いたことがあるってだけだしな。そもそもその謎の女とは、まったく関係ないかもしれん」
弓使いの優男がそう語ったところで、一行は黙り込んでしまった。
俺もまた、少し前までは楽観的に捉えていたものが、ずいぶんと事情が変わってしまったと感じていた。
あの「謎の女」がもし、ヤマタノオロチやフェンリルや氷の女王を超えるような、凄まじい力を持つモンスターだとしたら──
想定されるリスクが、一気に跳ね上がったと感じる。
このまま突き進んでいいのか。
俺たちは今、とんでもない死地に向かおうとしているのではないか。
一方で俺は、王都の人たちに自らが宣言したことを思い出していた。
『俺たちが協力する以上、レジスタンスは勝ちます。勝ってみせます。ですから皆さんも、協力してもらえませんか』
俺の意志で、俺の言葉で、確かにそう言った。
あの王都の人たちは、俺の言葉を信じて、目撃したことの黙秘や情報提供などの協力を約束してくれた。
今も俺たちの勝利を期待して、現国王への反旗を心に抱いているに違いない。
あのときとは事情が変わって、大きなリスクが見えたから、やっぱりやめます──なんて、そんな不義理を働くのは、嫌だ。
無論、この場にいるレジスタンスのメンバーにも協力を約束した。
それをここに来て覆すのも不義理だ。
レクティモの町のレジスタンス協力者たちの想いも踏みにじることになる。
それでも、ここで身を引こうと思えば、武力の観点からは誰も俺たちを止めることはできないだろうが──
俺はレジスタンスのメンバーに、少し三人だけで話をしたい旨を伝え、風音と弓月とグリフだけを連れてちょっとだけ場所を離れた。
いつものメンバーだけになってから、俺は大きく深呼吸をする。
それから二人の相棒に、こう伝えた。
「風音、弓月……ごめん。風音は知ってると思うけど、俺、王都の人たちと勝手に約束をしたんだ。俺たちが必ず国王ベルトルドを倒してみせるから、協力してほしいって。……俺は自分が言ったその言葉を──信じてくれたあの人たちを、裏切りたくない」
すると、それを聞いた弓月が、首を傾げる。
「えーっと、先輩が何を謝ってるのか、よく分かんねぇんすけど。それは先輩が余計なことを言ったせいで、うちら全員の退路を断っちまったって、そう思ってるんすか?」
「うっ……ま、まあ、そういうことだけど。もちろんそれは俺が勝手にやったことで、二人はここで抜けてもらっても……いや、それもレジスタンスの依頼を三人で引き受けた以上はおかしいんだけど……」
俺がしどろもどろになっていると、弓月と風音が顔を見合わせ、二人で大きくため息をついた。
弓月は俺に向かって、こう伝えてきた。
「先輩は相変わらずっすね。ほら先輩、手ぇ出すっすよ」
「手……?」
弓月に言われるままに右手を差し出すと、後輩はそれを自分の両手で握ってきた。
やわらかくて温かみのある、少女の手。
すこし前までは弟分だと思っていたけど、今では到底そうは思えない、かわいい後輩。
弓月はつぶらな瞳で俺を見上げて、こう言ってきた。
「先輩。うちらがそれを怒ると思うんすか?」
「い、いや、それは……でも……」
「先輩は多分、うちらのことを考えているようでいて、うちらの気持ちをあんまり考えてないんすよ。今うちが先輩のことをどう思ってるか、分かるっすか?」
「……ごめん、分からない」
「じゃあ教えてあげるっす。『またこの人、自分一人で背負い込もうとしてる』っすよ。うちらのことを他人だと思ってるっす。そんなの……寂しいっす」
弓月は手を手繰り寄せて、近付いてきて、俺に抱き着いた。
「うちは先輩と一緒がいいっす。気持ちも一緒になりたいっす。うちのことを、先輩の中に巻き込んでほしいっす。……これ、うちのわがままっすか?」
「……ごめん。正直、分からない」
俺がそう答えると、弓月は離れて、また大きくため息をついた。
「ま、いいっすよ。先輩に多くは期待してないっす。これから少しずつ調教していくっすよ」
「……おい。いい雰囲気にまぎれて、聞き捨てならない単語が聞こえたんだが」
「うちは先輩を調教するっす。先輩もうちを調教するといいっす。先輩はうちを従順なペットにしたいんすよね? にひひっ」
「相も変わらず人聞きの悪いことを言うな。ここには俺たちしかいないからいいけどさ」
「自分に素直になるっすよ、先輩。うちは先輩の従順なペットになるのはやぶさかじゃないっす。先輩は優しい飼い主っすからね。わんわんっ」
両手を丸めて胸の前に出す犬のポーズをして、にぱっと笑顔を向けてくる。
こいつに尻尾があったら、ぶんぶんと左右に揺れているに違いないと思った。
と、そんな弓月がふと、風音のほうを見る。
「ん? 風音さん、どうしたんすかそんな顔して。顔の上半分にシャドーかかってるっすよ」
「……火垂ちゃん、私ね、ときどき思うことがあるんだ。火垂ちゃんを亡き者にしないと、私は大地くんに捨てられちゃうんじゃないかって」
風音の声は、地の底から響くような冷たい色をしていた。
「ヒィッ!? さ、さっきまでうちと意気投合してたのに、なんでそうなるっすか!?」
「火垂ちゃんは、大地くんのこと、分かりすぎてる……私、火垂ちゃんにはきっと一生勝てないんだなぁって。だから……」
「と、とりあえず落ち着くっすよ! せ、先輩、助けてほしいっす! 風音さんの目に光がないっすよ! ギャーッ!」
風音が弓月の肩をつかんで、地面に押し倒した。
仰向けに倒された弓月、その腰あたりに馬乗りになった風音。
風音はぺろりと舌なめずりをして、その両手を弓月のお腹から胸へと這わせ、やがて首に──
……えーっと、冗談だよね?
よく分からないけど、とりあえず見なかったことにして。
「だから悪いけど、風音、弓月。二人の力と命を、貸してほしい」
俺は気を取り直して、二人に頼んだ。
俺のわがままに、付き合ってほしいと。
少し前までヤンデレと犠牲者の様相を呈していた二人は、こちらもじゃれるのをやめて立ち上がり、居住まいを正して俺のほうへと向き直る。
「『悪いけど』が余計っすねー。でもいいっすよ」
「『貸してほしい』じゃなくて『委ねてほしい』ぐらい言ってほしいけど、ま、大地くんだし。追々調教していこう。私ももちろんいいよ」
風音も「調教」って言った……。
弓月節が移るのは良くないと思う。
けども、だとしたら──
「えっと……風音のことも『調教』していいの?」
「……したいの? ……だ、大地くんなら、いいよ。私のことも、火垂ちゃんと一緒にたくさん『調教』してね?」
「ごめんなさい。調子に乗りました」
二人がサキュバスすぎて死ぬ。
危機的状況であることを忘れてしまうぐらい。
違う違う、シリアスなシーンだったはずだ。
俺はこほんと咳払いをして、話を戻す。
「それじゃ、行こう。アークデーモンだか何だか知らないが、蹴散らしてやろうぜ」
「うん」
「先輩の従順なペットとして、頑張るっす!」
「クアッ、クアーッ!」
自分のことも忘れるなとばかりに、グリフが鳴く。
そうだな、お前も俺たちの一員だ。
俺はグリフの頭をなでてやった。
従魔は心地よさそうに目を細めて、その身を寄せてくる。
なお弓月にはもう、ツッコミは入れてやらない。
「くっ、ペット枠はやっぱりグリちゃんっすか」などと言って悔しそうにしていたが、これ以上取り合うと話が進まないからな。
それから俺たちは、レジスタンスのメンバーのもとに戻って、今後の相談をした。
そして夜になるのを待ってから、レジスタンスと俺たち総勢十一人と一体で、王都突入作戦を開始したのだった。




