第460話 逃走の後
王都北の市壁まで走っても、例の「謎の女」が追いかけてくる様子はなかった。
しかし安心はできない。
俺と風音は、入ったときと同様に市壁を乗り越え、王都の外に出た。
それからも、森の中をひたすら走った。
とにかく弓月たちと合流するまでは、気を抜けない。
仲間たちが待っている場所まで、全速力で駆けた。
そしてようやく、合流地点までたどり着いた。
丈の高い草に覆われた森の中の広場で、後輩がにぱっと笑顔を見せて出迎える。
「先輩、風音さん、お帰りっすー♪ ──って、どうしたんすか二人とも。めっちゃぜぇぜぇしてるっすけど。先輩が戻ってきたら、いの一番に抱き着こうと思ってたけど、それどころじゃなさそうっすね」
「はあ、はあ……ゆ、弓月……お前が、必要だ……!」
「え、な、なんすか先輩。いきなりそんな、人前で。もう~♪」
「ち、違う……そうじゃ、なくて……」
周囲を見回し、【気配察知】持ちの風音にも確認したが、例の女が追ってきた様子はひとまずなさそうだ。
俺は息も絶え絶えながら、事態を報告した。
話を聞いたガヴィーノさんが、思案顔になる。
「ふむ……。それは私が知っている『あの女』と同一人物なのだろうか。私は彼女には、不吉さこそ感じたものの、覚醒者としての力は感じなかったが」
「分かりません。ですが長い黒髪と赤目に黒のドレス、さらに城から出てきたので、同一人物である可能性は高いと思います。それに俺も、覚醒者の力を感じたというのとは、ちょっと違うんです。もっと何かこう、怖気というか、気持ち悪さというか……直感的な『アレはヤバい』という感覚というか……」
俺が答えながら風音のほうを見ると、風音もまた、額に汗を浮かべた顔でうなずいた。
俺と同じ感じ方だった、ということだろう。
「そうか。だとすると、限界突破をした者のみが感じ取れる何かなのかもしれないな」
「でも先輩、そいつそんなにヤバかったんすか? 先輩や風音さんでも勝てないぐらい?」
これは弓月。
俺は首を横に振る。
「分からない。少なくとも、弓月がいない二人だけの状況で、アレと真っ向対峙しようという気は起きなかった」
「じゃあ、うちが一緒にいたら? グリちゃんもいるっすよ」
「クアッ、クアーッ」
「それも分からない、としか」
「そっすかー。うちはもっと分かんないっすね、直で見てないっすから」
「でもよ」
口を挟んできたのはクラウディアだ。
「その女が本当は覚醒者の力を持ってるとしたって、そいつ一人相手にダイチとカザネがビビるって、どんだけだよ。90レベルとかか? いるのかそんなやつ?」
「ふむぅ……。『八英雄』ですら、おおむね70レベル台だと聞いたことがあるな。いささか無理のある想定に思えるが」
ハンマー使いの男が言う。
すると弓使いの優男が、何かに思い当たったような様子を見せた。
彼が「まさかな……」と口にしたところに、クラウディアが声をかける。
「どうしたんだよジノ。何か思い当たることでもあんのか?」
「いや、『八英雄』と聞いて、ちぃと思いだしたことがあってな。けどこれ、言っちまっていいのかどうか」
「あんだよ。今さらもったいぶることなんかねぇだろ」
クラウディアがケチをつけると、弓使いの優男は「そうだな」と苦笑して続けた。
「こんな話を聞いたことがある。かつてこの世界に『魔王』が現れ、世界を震撼させた時代。魔王配下でもトップクラスの力を持つ『アークデーモン』というモンスターは、どいつも人に化ける能力を持っていたって」
「……はあ? 人に化ける? モンスターがか? 人に似てるとかじゃなくて?」
「らしいぜ。俺も噂で聞いた程度の話だし、本当かどうか知らねぇが」
そこで呻いたのはガヴィーノさんだ。
「だが事実なら、大変なことだぞ。それが知れ渡れば、人々が恐怖や混乱に陥ることは想像に難くない。隣人すらも信じられなくなるかもしれん。そのアークデーモンというのは、人の言葉も喋るのか?」
「どうもそうらしいぜ。そういうわけだから、迂闊に話していいものか迷ったんだよ。あまり口外しないでくれよ。この戦いで生き残ることができても」
弓使いの優男は、そう言って肩をすくめてみせた。
「アークデーモン……人に化けるモンスター、か……」
俺は弓使いの言葉を反芻する。
先日戦った『レッサーデーモン』の上位種だろうか。
人に化けている間は、モンスターとしての力の圧も隠すことができる……?
なんだそれ、チート過ぎるだろ。
いや【隠密】スキルとか、諸々のチート級スキルを持っている俺たちの言うことじゃないが。
そいつが知性を持ち、人の言葉を喋り、人間社会に潜り込むことができるとしたら──
洒落になってないぞ、それ。
しかしユニコーンやスフィンクスといった、知性を持ち人語を解するモンスターに会ったことはあるし、想像が及ばないわけでもない。
「えーっと……だとして、その『アークデーモン』とかいうモンスターが、『魔王』が現れた時代からずっと、人間社会の中に隠れていたってこと?」
風音が首を傾げる。
それには弓使いの優男が、両手をあげてお手上げのポーズを見せた。
「分からんね。俺もそういうモンスターの噂を聞いたことがあるってだけだしな。そもそもその謎の女とは、まったく関係ないかもしれん」
そこまで話が進んで、一行は黙り込んでしまった。




