第459話 妖しい女
「ねぇ大地くん、例の『怪しい女』っていうの、どう思う?」
王城へと向かう道すがら、風音が聞いてきた。
王都の町の人たちから、いくつかの情報を聞き出した俺と風音は、その足で王城へと向かっていた。
今は大通りの雑踏の中を、【隠密】スキルを発動しながら歩いている最中だ。
「うーん……バチクソ怪しいけど、それ以上何も分からない──としか言えないんだよな」
「だよねー。やっぱりそっかぁ」
俺の返答を聞いた風音は、腑に落ちないといった様子で下唇を突き出す。
分かる。モヤモヤとはするよな。
「怪しい女」というのは、国王ベルトルドの傍にある日忽然と現れたという、黒髪赤目の謎の女のことだ。
厳密には、現れたのはベルトルドが王子だった頃だというが。
その「謎の女」の噂を、先ほど、この王都の町の人たちからも聞いたのだ。
あくまでも噂レベルだが、前国王や王妃、兄王子を殺したのはあの女に違いない──とまで陰では囁かれているようだ。
大っぴらに言うとどんな目に遭うか分からないので、陰でしか言えないらしいが。
ただそこまでは、特に新しい情報ではなかった。
問題はその先だ。
ほかにも、こんな噂が出回っていたのだ。
今より少し前の、ある日のこと。
ある路地裏の暗がりで、一人の王国騎士の惨殺死体が発見された。
その路地裏から──ちょうど事件に合致するタイミングで──例の「怪しい女」が出てきたところを見た、という証言があったというのだ。
その証言をしたのは、みすぼらしい物乞いの男だった。
男は事情聴取のために、王国騎士たちに囲まれて王城へと連れていかれ──
その後、かの物乞いの姿を見た者はいないという。
今も女は、国王の側女として城に住んでいるようだ。
毎日のように、今ぐらいの昼下がりに町に出てきて、あちこちぶらついているようだと聞いた。
多くの人は不気味がって、話しかけることもないが、当人はそれを気にした風もないという。
「お城の門、見えてきたね」
前方を仰ぎ見て、風音が言う。
王城へと向かう通りを進んできた俺たちは、ついに目的の建造物の威容を、間近で拝める場所までやってきていた。
風音が近くの建物の陰まで小走りで行って、俺を手招きする。
俺もまた、同じ場所まで行って、物陰から城のほうを見た。
堅牢な石壁と、堀に囲われた王城は、たしかに警備が堅そうだ。
跳ね橋を渡った先の門前には、王国騎士の勲章を身につけた覚醒者の門番が、二人立っている。
城壁の上の通路にも、王国騎士の見張りが複数巡回している姿が見えた。
城内にもたくさんの人の目があるだろう。
【隠密】スキルも万能ではなく、人前で露骨にあやしい行動をとるほど、注目されたり怪しまれたりするリスクが上がる。
王城へは、市壁を乗り越えたときとは違って、簡単に侵入することはできなさそうだ。
ただ──だとしても、違和感があった。
「……これが50万ポイントか?」
「あ、やっぱり大地くんもそう思う?」
俺のふとしたつぶやきに、風音が共感を示す。
確かに警備は堅い。
騒ぎを起こさずに侵入することは、やや困難であると感じる。
だが正直、どうとでもやりようがある気もする。
例えば、夜になってから城内に忍び込んで国王を手にかけることは、そんなに難しいことではないように思える。
もちろん、やってみなければ分からない部分はあるが。
これがヤマタノオロチや、フェンリルや、氷の女王を超える脅威度のミッションか……?
考えすぎかもしれない。
特別ミッションの獲得経験値に、脅威度判断を依存しすぎているかもしれない。
だがどうしても、気持ちが悪いという感覚が拭えなかった。
「何かあるなら、今のうちに正体を探っておきたいよね。お城に突入してみる? 試しに正面突破で行ってみるとかさ」
風音が、先ほど奪った王国騎士の勲章を、ぴょこぴょこと見せてくる。
【隠密】スキルの認識疎外能力を利用して、王国騎士ヅラをして正門から堂々と入る作戦か。
「それならまだ、城壁を登って忍び込んだほうが、リスクが小さそうな気はするが」
「うーん、かなぁ。面白いと思ったんだけど」
「気持ちは分かる。まあ夜を待ってから忍び込むのが順当か。あるいはこの段階でガヴィーノさんたちのもとに戻るのも一手か──」
──そんな話をしていたときだった。
俺は、ぞわりと、肌が粟立つような感覚を覚えた。
城の門前に、一人の女が現れていた。
長い黒髪に、赤い瞳、黒のドレス。
城内から出てきたその女は、覚醒者の力は持っていないように思え──る?
何かがおかしい。
怖気を覚えるほどの違和感。
ただの一般人? アレが?
そんなはずはない。
だったらこの、吐き気を及ぼすまでの気持ち悪さは何だというのか。
見たところ、まだ俺たちの存在に気付いている様子は……ない……と思う。
俺たちは今、城からかなり──少なくとも三十メートル以上は離れた場所で、物陰に隠れながら、城門を見ている。
この状況下で、【隠密】スキルを発動している俺と風音が、覚醒者の力を持たない一般人に存在を察知されるはずがない。
いや、違う。だからその前提がおかしい。
そんなものがアレに通用するはずがないだろ。
城門から、跳ね橋のほうへと歩み出てきた女──少なくとも『その姿をしたもの』が、辺りを見回すような仕草を見せる。
俺たちのほうへと視線を動かそうとする。
「風音、逃げるぞ!」
「う、うん!」
見れば風音の額にも、冷や汗のようなものが浮かんでいた。
俺たちは一目散に、その場から逃げ出した。
大通りの雑踏を、来たときとは逆方向に全速力で走る。
【隠密】の効果が切れることなど、気にしている場合ではない。
人にぶつからないように走るのは、そう難しくはなかった。
ただまったくタイムロスにならないわけでもない。
後ろを見ながら走っている余裕はなかった。
あの女は──アレは今、俺たちを追いかけてきているのか?
それすらも分からない。
ただ、アレと今、正面衝突するのはまずい──そのことだけは直感的に分かった。
弓月が一緒にいない現状で、立ち向かうべき相手じゃない。
「大地くん、姿は見えないよ! どうする!?」
俺よりも足が速く、振り向いて確認するだけの余裕があった風音が、そう聞いてくる。
「ひとまず出よう! 弓月と合流する!」
「わ、分かった!」
俺たちは王都への侵入経路として使った北の市壁に向かって、一目散に走った。




