第457話 横暴
「おう虫けらども、陛下のためにキリキリ働いてるか?」
「サボっちゃいねぇだろうなぁ、あぁん?」
抜き身の剣と槍をひけらかしながらやってきたのは、王国騎士の勲章を身に着けた、武装した二人の男だった。
俺は心の中で舌打ちをする。
今は騒ぎを起こすわけにはいかない。
「ここの王国騎士さあ、テンプレ悪役っぽいのが多すぎない?」
俺の隣で、風音がぼやく。
それには激しく同意。
「ほとんどサハギンと変わらないな」
「あー、分かる。人間の尊厳ってものを、もうちょっとさあ」
「でも人間も一皮むけば、あんなもんなのかもな。人を踏みにじっても咎められない立場に身を置いたら、ひょっとすると俺だって」
「えー、そんなことないと思うけどな。ちょっとシニカルすぎない?」
何しろ俺たち人間は、動物を殺して食べて生きている。
菜食主義者になろうとも思わないし、植物だって生命だ。
人は何も傷つけずに生きていくことなんてできない──そういう正論の網に絡めとられれば、思いやりだとか何とかを冷笑するところには、行き着いてしまう。
なんて他愛もない連想をしているうちに、状況は少し動いていた。
「おいパン屋。今日のパンはいつもより少し小さいんじゃないか、ああ?」
店先でパンを売っている男性に、二人の王国騎士はケチをつけはじめていた。
王国騎士の一人が、並べられたパンの一つを手に取って検分しはじめる。
パン屋の男は怯えた様子で返事をする。
「そ、そんなことは……。いつも通りの大きさでございます。一つ一つ、わずかな違いはございましょうが……」
「いいや、これはいつもより小さいな。どれ、食べてみれば分かることだ」
王国騎士は、手にしたパンにかぶりついた。
パン屋が「あっ」と声をあげる中、ムシャムシャとあっという間に食べきってしまう。
その王国騎士はさらに一個のパンを手に取って、「どう見ても小さいよな。お前も食べてみろよ」と言って、もう一人に渡す。
もう一人もムシャムシャとパンを食べ、「ああ、これは小さいな。悪質な商売だ」と言った。
おろおろとするパン屋の男。
控えめに「あ、あの、お代は……」と聞くと、王国騎士の腕が伸び、パン屋の胸ぐらをつかんだ。
「何だと貴様。陛下のお膝元でこんな悪質な商売をしておきながら、検分をした俺たちにパンの代金まで要求するつもりか?」
「で、ですが……ううっ、分かりました、お代は結構です……」
がっくりとうなだれるパン屋。
だが王国騎士たちの難癖は止まらなかった。
「『お代は結構です』じゃねぇんだよカスが。そんなのは当たり前だろうが」
「陛下のお膝元で、悪質な商売をしていたんだぞ。おい虫けら、分かってんのかテメェ? 罰則金、金貨二枚だ。今すぐ出せ」
「そ、そんな……!?」
周りの人たちは誰も、それを止めに入ったりはしない。
いや、きっと「できない」のだ。
圧倒的な武力を持った理不尽な横暴者に、国が権力のお墨付きを与えてしまっているのであれば、覚醒者でもない力なき市民に何ができようか。
「……ねぇ大地くん。これ、黙って見てなきゃダメ?」
「…………」
震える声で聞いてくる風音に、俺は答えることができなかった。
ここで騒ぎを起こしたら、せっかくの隠密行動がふいになってしまう。
いやしかし、あるいは──
だが、そんな折のことだ。
決定的な出来事が起こった。
それは、このとき俺が躊躇っていなければ、防げていた事態だった。
「ふざけるな! 父ちゃんがそんな、わざと小っちゃいパンなんて作るわけないだろ! ウソばっかり言うな!」
パン屋の入り口前に、一人の少年が出てきていた。
年頃は八歳か、九歳か、そのぐらいに見える。
「こ、こらカルロ、やめなさい!」
「父ちゃんも、なんでだまってるんだよ! 父ちゃんはいつもパン作りにいっしょうけんめいじゃないか! こんなこと言われて、くやしくないのかよ!」
「い、いいから、やめなさい!」
胸ぐらを掴まれたままのパン屋が、言葉だけで少年をたしなめる。
もう一人の王国騎士が、少年のほうへと向かう。
あっ、と思ったときには、王国騎士が少年を蹴り飛ばしていた。
少年の体は、まるでボールのように飛びあがり、放物線を描いて地面に落下した。
地べたを転がった少年は、お腹を押さえてげほげほと苦しみ、嗚咽する。
「カルロ! くそっ、なんてことを……!」
胸ぐらを掴まれたパン屋は、自分を掴む手を放させようと必死に足掻いたが、彼を掴んだ王国騎士の太い腕はびくともしない。
腕の主はニヤニヤしながら、少年ともう一人の王国騎士の様子を見ていた。
地べたでのたうち回って苦しむ少年のもとに、彼を蹴り飛ばした王国騎士がのしのしと歩み寄る。
ほかの町の人たちからも、さすがに抗議の声が上がったが、王国騎士は取り合う素振りも見せない。
「おい小僧。貴様、陛下の遣いである我ら王国騎士を、嘘つきと呼んだな? それがどういうことだか分かっているのか」
少年のもとまで歩み寄った王国騎士は、その足を上げ、地べたで苦しみもがく少年の頭を踏みつけようとした。
「ごめん、大地くん──私、もう無理!」
風音が地面を蹴っていた。
少年のほうに向かって、あっという間に駆けていく。
止めるのは間に合わないし、止める気もなかった。
代わりに、こう伝える。
「風音、瞬殺しろ!」
「──っ! 分かった!」
そして俺自身も走る。
パン屋の店主の胸ぐらを掴んでいる、もう一人の王国騎士のもとへ。
「は……? 冒険者だと!?」
「ど、どこから湧いて──いや、さっきからいたのか!? なんで気付かなかった!」
少年を踏みつけようとしていた王国騎士は、風音のほうへと振り向き。
パン屋の店主の胸ぐらを掴んでいた王国騎士も、その手を離して、俺に向かって応戦の構えを取ろうとした。
しかし実質的に不意打ちとなったこの状況で、対応など間に合うはずもない。
「【ミリオンスラッシュ】!」
「【三連衝】!」
風音の短剣による四連撃と、俺の神槍による三連撃が、二人の王国騎士を打ちのめす。
その二人は武器を取り落とし、白目をむいて地面に倒れ、動かなくなった。
風音は、両手の短剣を腰の鞘にしまうと、少年のもとに駆け寄った。
そして「誰かお医者さんを呼んでください! 早く!」と周囲に向かって叫ぶ。
近くにいた町の人たちのうちの一人が、「レオナルド先生を呼んでくる!」と言って駆けて行った。
もちろんパン屋の店主も、少年のもとに駆け寄っていた。
店主は少年が苦しんでいる姿を見て、心配そうな様子で抱き上げると、風音に礼を言ってから店の中に少年を運んでいく。
風音はその様子を心配そうに見つめながら、俺のもとへと戻ってきた。
周囲には、そんな俺たちを見つめる町の人たちの目。
「……ごめん、大地くん。でも」
「いや、俺の判断が遅すぎたんだ。最初からこうしていれば、あの子は傷つかずに済んだのに」
後悔に苛まれそうになったが、どうにか頭を切り替える。
過ぎたことを悔やんでも仕方がない。
今の問題は、この状況をどう切り抜けるかだ。
隠密行動の利は、すでに失われてしまった。
戦闘を行うなどの激しいアクションをとると、【隠密】スキルの効果は自動的に剥がれ落ちる。
……どうする。
ここにいる人たちはみんな、俺たちの味方をしてくれるか?
確実性を考えるなら、周囲の人たちをすべて気絶させて回るとか。
それも、やってできなくはない気もするが……。
いや、賭けになるけど、ここは──
俺は一つ、大きく深呼吸をする。
それから周囲の人たちに向かって、こう伝えた。




