第441話 冒険者ギルドへ
港でカリンと別れた俺たちは、ひとまず冒険者ギルドに向かうことにした。
朝の潮風に吹かれながら、風音、弓月、グリフとともに上り坂の道を歩いていく。
すると対面から、見知った冒険者たちがやってきた。
男性が一人、女性が三人。
「あれ、アンナちゃん。もしかしてまた、船の護衛のクエストを受けたの?」
風音が少し意外そうな声をかける。
やってきた冒険者は、昨日縁があった四人──エリオット、アンナ、ミャーナ、ルシアさんだった。
声を掛けられたアンナが、曖昧に笑う。
「いいえ──といっても、船には乗るんですけど。私たち、東に戻ることにしたんです」
「ここから西の大地は、この町よりももっと酷いんだと聞いてね」
そう継いだのは、アンナの隣に立つエリオットだ。
金髪の青年は、かたわらの少女へとわずかに視線を移す。
アンナはうつむき、胸のあたりの服を、きゅっと握りしめていた。
エリオットの手が、宙をさまよってうろついた。
アンナに向けて心配そうな視線を寄せたのは、残りの二人も同様だった。
その後、ルシアさんが俺たちに向け、笑顔を作って言う。
「私はもう、昨日みたいなのはこりごりなので~。この土地からはおさらばしたいんです~」
「右に同じくニャン。治安が悪いにもほどがあるニャンよ。とっととノーザリアに帰るニャン」
ミャーナもそう、同意の声をあげる。
なるほどな、と思った。
冒険者ギルドかどこかで、ここより西の地の不穏な噂を聞いて、引き返そうというわけだ。
最も大きな心の傷を負ったパーティメンバーに配慮して──という体裁は取らずに、あくまで自分たちの希望ですよと二人は主張したと。
「この町よりもっと酷いって、どういうことっすか?」
弓月がそう聞くと、エリオットが首を横に振る。
「僕たちもその辺は、詳しく確認していない。ここから先に進む気があるなら、自分たちで冒険者ギルドに行って聞いてみるといいさ」
それからエリオットは、俺たちに何かを言いたそうな仕草を見せた。
視線がうろつき、口が開いたり閉じたり。
何だろうと思って見ていると、彼はやがて、意を決した様子で声を張り上げた。
「き、き、昨日は本当に、どうもありがとう! 今こうして僕たちがいられるのは、キミたちのおかげだ! 昨日言えなかったから、今はっきり言っておく。あ、ありがとう!」
金髪の青年の顔は、耳まで真っ赤だった。
慣れないことをしたのかもしれない。
俺たち三人は顔を見合わせ、クスッと笑い合う。
それから俺は、返事をした。
「どういたしまして。たまたま居合わせてよかったよ」
そこでチクリと、ある可能性が脳裏をよぎったが、意識的に無視することにした。
名探偵がいるから事件が起こるなんてことは、考えても仕方がない。
エリオットは俺と握手をする。
そして彼は、こう伝えてきた。
「キミたちならば、僕にはできないこともできるんだろう。今後一層の活躍を、応援しているよ」
「あ、ああ」
俺はつい気後れしてしまった。
別に活躍しようと思って活躍しているわけでもないし、応援されても困るというか。
でもエリオットにできないこともできる、というのはある意味で事実だろう。
俺のような小市民が背負うには、重いなぁ……。
その後、エリオットたち四人とも別れ、俺たちは冒険者ギルドへの道を進んでいく。
***
冒険者ギルドにたどり着いた俺たちは、まず窓口で冒険者登録を行なうことにした。
ここから西がもっと酷いというのも詳細が気になるところだが、初めての国なので、まずは冒険者としての地位を取得するところからだ。
「ダイチさん、カザネさん、ホタルさんですね。それではステータスを確認させてもらえますか」
窓口のお姉さんから、いつものパターン。
俺は気まずさを感じて、こめかみをかきながら、お姉さんに伝える。
「一応言っておくんですけど。見ても大きな声をあげたりしないでもらえますか」
「??? 何だか分からないですけど、分かりました」
首を傾げる窓口のお姉さん。
まあいつものやり取りだ。
まずは俺が、自分のステータスを開いて、お姉さんに見せる。
お姉さんは訝しげに、それを確認。
「名前に虚偽はありませんね。レベルは62……って、ろっ……! はあ!?」
お姉さんは直前に約束したことを、秒で忘れてしまったようだ。
目をまん丸くして、口をパクパクさせている。
周囲の人々の視線が集まる。
といっても比較的小さな冒険者ギルドなので、そう大した人数はいないのだが。
そこでお姉さん、はたと気付く。
慌てて両手で口を押さえた。
……まあ、うん、いいよ。分かってた。
もうここ最近では、いつもの儀式だから。
その後、風音と弓月のステータスも確認して、やはりお姉さんが似たような反応を見せつつも、どうにか冒険者登録が完了。
となったところで、お姉さんがおずおずと伝えてきた。
「あの……ダイチ様、カザネ様、ホタル様。ギルドマスターに伝えてきたいので、少しお待ちいただくことなどできますでしょうか……?」
いつの間にか、すごく低姿勢である。
俺たちはVIPか何かかな?
特に困ることもないので、風音と弓月に確認を取りつつ、オーケーを出す。
少しすると、俺たちは二階の応接室へと通された。
お茶など出してもらって、ソファに座って待つこと少々。
やがて応接室の扉が開き、一人のふくよかな中年女性が入ってきた。
パッと見、肝っ玉母さんといった雰囲気だ。
彼女が覚醒者の力を持っていることは、気配から感じ取れる。
「お待たせして悪かったね。あたしがここのギルドマスターをやってるダニエラだ。──ふぅん、なるほどね。この不思議な感じ、確かに底が見えないね」
ギルドマスターを名乗ったその中年女性は、不躾に俺たちのほうを見てくる。
少し居心地が悪いが、悪意はなさそうだ。
「信じないわけじゃないが、差し支えなければあたしにもステータスを見せてくれるかい。60レベル超えが三人同時になんて、『八英雄』ぐらいでしか聞いたこともないんでね」
というわけであらためてステータス確認作業。
ダニエラさんは「はあーっ、すごいねぇ。60レベル超えだと、こんな感じになるんだねぇ」などと感心した様子で、俺たちのステータスを見ていた。
ひと通り確認作業が終わったところで、新たにお茶とお菓子が運ばれてきて、一服。
少し落ち着いたところで、ダニエラさんは俺たちに、こう伝えてきた。
「不躾で悪いんだけど、あんたたちに頼みがある。うちの──この町の領主に会ってもらいたいんだ」