第426話 マンチーニ薬品店
貧民窟然とした路地を歩いていくと、やがて「マンチーニ薬品店」という看板がかかった店の前までたどり着いた。
布袋を握りしめたカリンは、戦場に赴くような面持ちで、店の扉を開く。
キィと扉が軋む音とともに、彼女は店内へと踏み込んでいった。
せっかくなので俺たちも、カリンのあとについて店内へと入っていく。
店内は狭く、ごちゃっとしていた。
左右にある棚には、所狭しと様々な種類の薬品が並べられている。
店主らしき人物が、正面にあるカウンターの向こうに腰掛けていた。
やや人相が悪い中年の小男で、いらっしゃいませの言葉もない。
店内に入ったカリン、それに続いて踏み入った俺たちを、値踏みをするようにじろじろと見ている──少なくとも俺はそういう印象を受けた。
店主の態度にやや怯んだ様子のカリンだが、彼女はすぐに決意をあらためた眼差しで、店主に向かって問いかける。
「あの、ラクラータという薬があると聞いて来たんですけど。目が見えない人でも、見えるようになる秘薬だって。まだ残ってますか?」
「ラクラータ? あー、そんなのもあった気がするな。どこだったか。その辺の棚にあるんじゃないか」
店主は億劫そうにそう返して、カリンの右手側にある棚を指し示す。
カリンは示された棚を探し、やがて「あった!」と喜色に満ちた声をあげた。
そこにはどろっとした緑色の液体が入ったガラス瓶が置かれていて、札には「ラクラータ/時価」と書かれていた。
医者から聞いていた薬品の特徴とも合致している。
カリンはその瓶を大事そうに手に取って、店主の前のカウンターまで持っていった。
「これを売ってください! これがあれば、妹の目が見えるようになるかもしれないんです。金貨三十枚だって聞いて、持ってきました」
カリンは布袋の中から貨幣を取り出し、カウンターの上に並べていく。
金貨が十数枚並んだあとは、大量の銀貨だ。
カリンが必死に貨幣を数えて並べている間、店主は何やら思案顔で、カリンの顔や胸元などをじろじろと見ていた。
それから風音と弓月のほうも、やはりちらちらと見てくる。
「これで金貨三十枚ぶん、あるはずです。確かめてください」
カリンが貨幣を並べ終えた。
それを見た店主は、視線で俺たちを示してこう返してきた。
「なあお嬢ちゃん、そっちの三人は何だ。冒険者か? 俺を脅そうって腹か」
「えっ……? そ、そんなつもりは」
慌てて弁解するカリン。
俺たちが、店主を脅す?
どうしてそんなことをする必要があるんだ。
まあ冒険者みたいな力を持った存在が、一般人から見て怖いのは分からないでもないが。
こういった場所ならではの、よそ者に対する警戒感もあるのかもしれない。
店主は不愉快そうな様子で、こう伝えてきた。
「だったらそっちの三人には帰ってもらおうか。商談の邪魔だ」
「商談の邪魔って、その薬を売ってほしいって言ってるだけっすよね?」
弓月が疑問の言葉をぶつけるが、店主は小さく舌打ちをしてこう答える。
「このお嬢ちゃんとはいろいろ話さなきゃならねぇことがある。脅しじゃねぇってんなら、商売の邪魔だからとっとと帰れ。でなけりゃこの薬は売れねぇな」
「な、なんすかそれ」
面食らった様子の弓月が、店主に食ってかかりそうになる。
だがカリンは慌てた様子で弓月に訴えた。
「ご、ごめんなさい、ホタルさん。ここまで来てもらって本当に申し訳ないんですけど、もう大丈夫ですから。ダイチさんもカザネさんも、ここまで本当にありがとうございました。すごく助かりました」
カリンはやんわりと、俺たちに出ていくように促してきた。
そうでないと薬を売れない、と聞いて慌てているのだろう。
いろいろ腑に落ちないところはあるが、俺たちがいることでカリンの邪魔になっては元も子もない。
しかし帰り道も含め、何かとカリンのことが心配でもある。
「じゃあ俺たちは表に出ています。帰りも送っていかないといけないので。それでいいですよね?」
「ダメだ。さっさと帰れ」
店主は頑なに、俺たちに今すぐ帰ることを要求してきた。
「どうしてですか。脅すつもりなんて、私たちにはないですよ」
風音も抗議するが、やはり店主は頑なだった。
「冒険者なんてもんはな、その存在自体が脅威なんだよ。とにかくお前たち三人はここから立ち去れ。でなければこの娘に薬は売れない。これは絶対だ」
ダメだ、話にならない。
俺たちには脅すつもりなんてさらさらないが、店主がこう言っている以上はどうしようもない。
カリンはこの店で、あの薬を買わなければいけない。
ほかの店では手に入らない薬だ。
「お願いします、皆さん。本当に、本当に申し訳ないんですけど、お店の方の言うとおりにしてもらえませんか」
カリンからも懇願されてしまった。
いろいろ納得がいかない部分はあるが、俺たちが彼女の邪魔になってはしょうがない。
俺たちはしぶしぶ、店を出ていった。
それから店の外まで出てきた店主が、店から離れる俺たちに向かってしっしっと手を振る。
仕方がないので、俺たちはマンチーニ薬品店が視認できなくなる場所まで一度退散した。
「絶対怪しいっすよ。何なんすかアレ」
弓月が憤懣やるかたないといった様子で、不満を述べる。
「だよね。私もあの態度は不自然だと思う。──大地くん」
「ああ」
目で訴えかけてくる風音に、俺はうなずいてみせた。