第415話 帰還
「……宝箱、ですか?」
ソフィアさんが、虚を突かれた様子で声を上げる。
転移先の広間には、宝箱が三つ、堂々と置かれていた。
それに加えて、奥に続く通路があり、その先の広間にはさらなる転移魔法陣の輝きが見えた。
俺たちの足元に魔法陣の姿はない。
どうやらあちらが進路のようだ。
おそらくは出口につながる道だろう。
「過去の英雄たちの討伐記録では、このような宝箱の記述はなかったかと思いますが……」
ソフィアさんは訝しむ様子を見せる。
だが記録内容がすべてを表しているとも限らない。
それに何しろ、摩訶不思議の塊であるダンジョンのことだ。
過去と異なる事象が起こっても、今さら驚くことでもない。
いずれにせよ、目の前にある宝箱を無視して帰還するという選択肢はない。
何らかの脅威である可能性はあるにせよ、宝箱を開けてみる方向で話がまとまった。
宝箱を調べたところ、いずれも罠はなく、ミミックでもなかった。
ソフィアさんが代表して、宝箱のふたを開いていく。
『おお~っ!』
一つ目の宝箱が開かれたとき、覚醒者たちの間から感嘆の声があがった。
大型の宝箱の中には、金銀財宝がぎっしりと詰まっていたのだ。
俺は過去の経験から、それが財宝に擬態したモンスターではないかと疑ったが、そんなことはなかった。
正真正銘、財宝の山だ。
すべて換金したらどういう額になるのかはっきりとは分からないが、ソフィアさんの見立てによれば、金貨換算で数万枚はくだらないだろうとのことだった。
つまり日本円に換算すると、だいたい数億円相当か、それ以上の価値があるとの見立てである。
残りの宝箱も開いていく。
二つ目の宝箱に入っていたのは、とても見覚えのある弓だった。
氷属性を思わせるアイスブルーの成りが特徴的。
「これは……」
「うわっ、それ、フェンリルボウっすよ。うちが持ってるやつっす」
「ありゃ~。こんなのいくつもあるんだ」
ソフィアさんが取り出した弓を見て、弓月と風音が驚きの声をあげる。
それは【アイテム鑑定】をしてみても、まごうことなき「フェンリルボウ」だった。
そうか、弓月が持っているものが唯一のオリジナル品かと思っていたが、そういうわけでもないのか。
さらに三つ目の宝箱。
中に入っていたのは、一巻のスクロールだった。
【アイテム鑑定】をした弓月が、少し興奮した様子でこう口にする。
「『【ダークサンダー】のスキルスクロール』って出たっす。【ダークサンダー】ってユースフィアさんが使ってた闇属性の範囲攻撃魔法っすよね。これうち、めっちゃ欲しいんすけど」
以前にともに旅をした八英雄の一人、ダークエルフのユースフィアさんが使っていた、あの魔法か。
それのスキルスクロールということは、これを使えば闇属性魔法【ダークサンダー】を修得できるわけだ。
たしかに弓月が修得すると、火属性モンスターの群れと遭遇したときにも小回りが利くようになる。
これは是非とも欲しいアイテムだな。
さて、三つの宝箱から出てきたのは、以上のアイテムや金銀財宝だった。
いずれもきわめて価値が高い代物だ。
その場で財宝の分配協議が行われた。
財宝が見つかった場合の大まかな分配率はあらかじめ決められていたこともあり、分配内容で大きく揉めることはなかった。
俺たちは三人分の分配として『【ダークサンダー】のスキルスクロール』の取得を要求し、その要求が通った。
代わりに金銀財宝の取り分は無しで、今出てきたフェンリルボウの所有権もほかに譲ることになった。
現状お金に困っているわけではないし、二本目のフェンリルボウがあってもしょうがないので、大きな問題はない。
それより何より、火属性以外の範囲攻撃魔法を弓月が修得できる利益のほうが、圧倒的に大きい。
要求が通ったことに、俺たちはホクホク気分だった。
さっそく弓月がスクロールを使用すると、スクロールは黒い靄となって消滅した。
同時に、魔導士姿の後輩がぼうっと燐光をまとい、その光が体に吸い込まれるようにして消えていく。
「おーっ、本当に【ダークサンダー】が使えるようになったっす。──先輩、試し撃ちしてみてもいいっすか?」
自分の体に宿った新たな力を確かめるように、手を握ったり開いたりしながら聞いてくる弓月。
俺は苦笑しつつ「今はやめておけ」と答えておいた。
財宝の分配も終えた討伐部隊は、通路の先の広間にあった次の転移魔法陣に乗った。
すると今度こそ、アイスキャッスルの入り口ホールに出た。
入り口から外を見れば、相変わらずの一面の雪景色だったが、心なしか吹雪は少し弱まっているようにも思えた。
外に出て、方位計を確認しながら帰路を辿る。
やがて戦闘不能状態で担がれていた覚醒者たちも意識を取り戻す。
さらに進むと雪原地帯を抜けた。
討伐部隊が都市レゼリアまで帰還したのは、もうすぐ夕方になろうという時刻だった。
ソフィアさんたちは王都まで戻るという。
俺たちほか冒険者や傭兵たちは、ここレゼリアで依頼報酬を受け取り、討伐部隊は解散となった。
なお宝箱の中身は、ソフィアさんたちにとっても嬉しい誤算だったらしい。
少し人の良すぎる赤髪の王女様は、ご満悦の様子で、騎士たちとともに王都へと帰還していった。
これで少しでも国の財政が改善して、ソフィアさんの胃痛が治ってくれるといいけどな。
ソフィアさんらを見送り、ほかの冒険者や傭兵たちとも別れ、いつもの三人と一体になった俺たち。
まだ少し早い時間だが、今日はもう疲れたということで、今から別の街に向かう案は満場一致で却下。
今日は都市レゼリアで早めに宿をとって、残りの時間は骨休めをすることにした。
宿を探して街中を歩いていると、子供たちが楽しそうな笑い声とともに駆けていく姿を目撃した。
それを見て朗らかに笑う老人や、井戸端会議をする女性たち、商売をする男たちの姿も見える。
この世界の人々は、常にモンスターの脅威と隣り合わせだ。
こうした様子も、束の間の平和であるのかもしれない。
それでも俺たちは、その束の間の平和を守った。
それはそれなりに、価値のあることだと思えた。
「大地くん、早く早く~!」
「先輩、うちもう疲れたっすよ~。早く宿に行くっす~」
先行していた風音と弓月が、振り返って俺を呼んでくる。
俺はそれに手をあげて応え、二人のあとを追った。
弓月の帽子の上から飛んできたグリフが、俺の肩にとまる。
クピッ、クピッと鳴く従魔の頭をなでてやると、仔犬ほどの大きさのグリフォンは、心地よさそうに目を細めた。
元の世界への帰還までは、あと52日。
今日寝て明日になれば、あと51日だ。
そろそろ異世界での滞在期間の──限界突破によってレベルアップを続けられる期間の、ほぼ半分を過ぎたことになる。
俺は次はどこに向かおうかと考えながら、心なしか少し暖かくなった気がするレゼリアの街を歩いていった。