第410話 「氷の女王」との戦い(1)
合計十二体の竜と巨人が一斉に、俺たちのほうへと向かって突進を開始した。
スノードラゴンは翼を羽ばたかせて飛び上がり、フロストジャイアントはずしんずしんと地響きを鳴らして駆けてくる。
「氷の女王」はというと、配下のモンスターから少し遅れて、前進を始めた。
わずかに浮かんでいるようで、足を動かすことなく浮遊移動してくる。
「総員、突撃!」
ソフィアさんが杖を掲げ、覚醒者たちに指示を出す。
十数人ごとに部隊分けされた、総勢百人からなる覚醒者たちが雄叫びを上げ、巨大モンスターの群れへと向かって駆け出した。
サッカー場ほどもある広大な広間だが、竜や巨人にとっては大した広さではない。
覚醒者たちも、常人よりははるかに素早く移動できる。
ほどなく両者は激突するだろう。
俺は自らが騎乗したグリフを飛び立たせながら、コンマ一秒を刻む脳内時間の中で思考する。
問題は、俺たちがどう動くかだ。
俺たち三人の働き如何によって、この戦闘の結果は大きく変わり得ると想像できる。
勝利か。
全滅か。
勝利できたとして、味方の損害はどれほどか。
この状況、どう動くのが最善手なのかが、いまいち見えてこない。
戦局が複雑すぎて、何をしたらどういう結果になるのか予測が困難だ。
敵の中で最も大きな脅威であるのは、当然ながら「氷の女王」だろう。
主な攻撃手段である「氷嵐」は、クールタイムなしで連発できる範囲攻撃でありながら、25レベルの覚醒者たちを一撃で戦闘不能にできるだけの威力があるという。
俺たち三人やグリフでも、大ダメージを受けることは疑いない。
その「氷の女王」は今、竜や巨人たちのやや後方について、こちらに向かって移動してきている。
こちらが遠隔攻撃の射程に入ったら、攻撃を仕掛けてくるものと予想できる。
覚醒者もモンスターも、遠隔攻撃の射程距離は、実はそれほど長くはない。
この広間であれば、味方陣営の端っこから広間の中央までは届かないし、敵方も同様のはずだ。
弓矢であっても、魔石製のものは同等の射程しか持たない。
なおドラゴン等のブレス攻撃は、どちらかというと近距離から中距離での範囲攻撃に分類されるもので、その射程は遠隔攻撃全般と比べてかなり短い。
スノードラゴンはかなり近付いてからでないと、こちらに攻撃できないということ。
しかしドラゴンのブレス攻撃の威力は、バカにならない。
特に二体以上のドラゴンが同時に同一範囲に向けてブレス攻撃を放った場合、ターゲットとなった者たちは「氷の女王」の「氷嵐」にも匹敵する、あるいはそれ以上のダメージを負いかねない。
もしそこに「氷の女王」の「氷嵐」そのものまで重なったら、俺たち三人ですら、一瞬で戦闘不能に追い込まれる可能性も想定できる。
もちろんフロストジャイアントの攻撃も無視できない。
単純な物理攻撃力だけを見れば、スノードラゴンよりも上だ。
このまま突っ込めば、どうしたってノーリスクとはいかない。
最悪のケースも想定できてしまう。
だがここで足を止めて、どうなるものでもない。
俺たちが安全圏にいる限りは、俺たちの攻撃も敵に届かない。
命懸けで敵の射程圏内に入らなければ、敵を倒すこともできない──それは、ほかの覚醒者たちにとっても同じことだ。
それでも騎士たち、冒険者たち、傭兵たちは、モンスターの群れへと向かって突撃していく。
俺たちと比べてHPや防御力は大幅に低く、その分だけ「死」に近いというのに。
死ぬのが怖くないのか。
そんなわけがない。
しかし誰かがやらなければいけないことだ。
誰かが命を懸けて、強大なモンスターを相手取って戦い、力なき人々の日常を守らなければならない。
利得だけで考えたら、損な役回りなのかもしれない。
いや、どうだろう。
騎士たちはその分だけ、普段の給料をたくさんもらっているはずだ。
人より裕福な暮らしをしているだろう。
冒険者だって似たようなものだ。
25レベルの熟練冒険者なら、一日で片付く程度の仕事で数十万円相当もの報酬を得て、あとの時間は遊んで暮らすことができる。
たとえばお店に従業員として雇われて、毎日朝から晩まで働いて、理不尽なクレームにも耐えて──そんな生活とどっちが望ましいかなんて、一概に言えたもんじゃない。
もちろん利害だけでもないだろう。
愛する故郷や、そこに暮らす人々を守りたいという気持ち。
そうしなければならないという責任感。
人それぞれ、利害と感情とその他いろいろなものがないまぜになって、戦士としてこの場に立っている。
命を懸けて強大なモンスターの群れに挑んでいる。
俺たちはどうだ。
似たようなものだろう。
利益と感情と、あるいはその場そのときのノリと。
いろいろな要素がぐちゃぐちゃに混ざった結果として、今ここに立っている。
ただ一つ確実に言えるのは、ここで芋を引くのはダメだろうということ。
ここまで来たなら、俺たちだってほかの覚醒者たちと一緒だ。
リスクを恐れるな。突っ込め。
俺たちがここでやるべきことは──
「風音、弓月! 俺たちで『氷の女王』を叩く!」
俺はそう叫んで、敵の大ボスを見据えた。
あいつを俺たちが倒せるかどうかが、この戦いの趨勢に大きな影響を与えるはずだ。
雑魚を先に潰して、敵の火力を削ぐような状況でもないと思う。
スノードラゴンのHP1200、フロストジャイアントのHP1650に対して、「氷の女王」のHPは2200だ。
25レベルの覚醒者では、高い防御力や敏捷力に阻まれ「氷の女王」に大打撃を与えることは困難であるかもしれない。
だが俺たちならば、話は別だ
この状況下で真っ先に落とすべきは、圧倒的大火力を持つ「氷の女王」だろう。
竜や巨人に手間取っている間に「氷嵐」を連発されれば、俺たちも含め、味方陣営があっという間に崩壊しかねない。
「了解! でも敵の前衛はどうするの?」
風音が疑問の声を返してくる。
「氷の女王」は敵陣営の後衛に位置している。
前衛であるスノードラゴンやフロストジャイアントの集団をどうにかして突破しないと、「氷の女王」に近接攻撃を仕掛けることはできない。
敵の前衛は、ほぼ横並びの状態で突進してきている。
竜、巨人、竜、巨人……と並んでいる。
合間を縫って通り抜けるのは、容易くはなさそうだ。
風音の速さならうまくやれるかもしれないが、俺やグリフの機動力ではやや心もとなく、突破を阻止される可能性も高い。
別の誰かが気を引いてくれれば、その隙に突破できる可能性も上がるだろうが──
もしくは大きく迂回するか。
横手に大きく迂回すれば、竜や巨人を回避して「氷の女王」の元まで回り込めるかもしれない。
だがその場合は、十秒ほどのタイムロスが予想できる。
敵の頭越しを狙って迂回する手は──これも厳しそうだ。
風音もあらかじめ【フライト】で飛んでいる状態だが、天井の高さが無限にあるわけではない。
巨人の背丈は二階建ての建物ほどもあるし、武器も長い。
竜に至っては向こうも飛んでいる。
妨害されずに突破する難易度は、合間を縫って潜り抜けるのと大差がなさそうだし、上方に向かう分だけ移動ロスにもなる。
あるいは素直に、邪魔な前衛を倒して突破するというやり方もある。
しかしこれもやはり、十秒ほどの余分な足止めを食らう可能性が高い。
強敵との戦いで、十秒というロスはかなり痛い。
その間に「氷嵐」の一発や二発は飛んでくるだろう。
これを俺たちが受けても手痛いダメージになるし、ほかの覚醒者たちが受ければ五人や十人、あるいはそれ以上の人数がまとめて戦闘不能にされてしまう可能性が高い。
やはり援護を受けて突破するのが最善か。
俺はこの場の指揮官──赤髪の王女に向けて叫ぶ。
「ソフィアさん! 中央の竜と巨人を一体ずつ、気を引けますか!」
「やってみます! ──第三、第四部隊は中央の二体に攻撃を集中! 勇者たちの突破口を作ってください!」
王女からの指示に「承知!」という騎士たちの声。
そうこうしているうちに、ついに敵味方が、互いの遠隔攻撃射程に入った。
「氷の女王」が移動を止め、その身に青色の魔力を帯びはじめる。
数秒後には「氷嵐」が飛んでくるのだろう。
あるいはより威力の強い単体攻撃である「氷槍」のほうかもしれないが。
「グリフ、まっすぐだ!」
「クアーッ!」
俺はグリフを羽ばたかせ、「氷の女王」目掛けて突進した。