第405話 雪原地帯
「うう~っ、寒い~、寒いっすよ~」
雪を運んだ風がびゅうびゅうと吹き荒れる、真っ白な景色の中。
モコモコの防寒服を着た弓月が、震えながらそう口にする。
防寒服を着用した総勢百人ほどの武装集団が、吹雪の中、ざくざくと歩を進めていた。
目指すは、この雪原地帯のどこかにあるという氷の城──アイスキャッスルだ。
数時間前に都市レゼリアを出立して北上、しばらく進んだところで雪原地帯に入り、今ここである。
「そう? そんなに寒いかな。防寒服とウォームストーンのおかげで、そこまででもない気がするけど」
同じく防寒服を身にまとった風音は、自らの懐に手を突っ込み、そこから橙色の魔力を発するこぶし大ほどの石を取り出す。
その魔力は風音の全身を覆うように薄く広がり、その身を保護していた。
ウォームストーン。
ソフィアさんから渡された、使い捨てのマジックアイテムだ。
暖房効果を持った魔力の膜が所持者の全身を覆い、寒気から身を守るアイテムである。
討伐部隊の全員に配られたので、弓月も当然に持っているわけだが。
「いや風音さん、こういうのは雰囲気が大事なんすよ。この吹雪の中で暖かそうにしていたら、せっかくのムードが台無しじゃないすか」
「んー、それだったら実際に寒いほうが、もっと雰囲気出るんじゃない? 火垂ちゃんのウォームストーン、預かろうか」
「やめてほしいっす。死んじゃうっす。ううっ、グリちゃん、風音さんがうちを亡き者にしようとしてるっすよ。先輩を独り占めにするつもりっす」
「クアッ、クアーッ」
弓月が隣を歩いていたグリフに抱き着いて、ふさふさの毛並みに頬ずりをする。
なおグリフにも、ネックレスのように紐を使ってウォームストーンを身に付けさせている。
風音は「人聞きが悪いなあ。どうせだから事実にしちゃおうかな」と言って弓月の背後に忍び寄り、わが後輩を震えさせていた。
俺はそれを見て苦笑しつつ、前方へと視線を向ける。
「ウォームストーンのおかげで寒さはいいとして、問題は視界だな。この吹雪の中でアイスキャッスルを見つけるのは、かなり難しいんじゃないか」
「そうだね。空を飛んでみたって、どうなるものでもないだろうし」
「うちが【エクスプロージョン】をぶっ放しながら進むのはどうっすかね?」
「さすがにキリがなくないか?」
「……っすよねぇ。こういうの、モンスターより厄介っすね。モンスターなら倒せばいいだけだから話が楽っす」
すると近くで話を聞いていたソフィアさんが、話に割り込んできた。
「視力強化系スキルの所持者を中心に、どうにか探し出すしかありません。大まかな方位や距離は文献に記されていましたし、近付くほど吹雪が強くなるともありました。アイスキャッスルを探し当てることは、不可能ではないはずです」
方位計を手にした赤髪の王女は、注意深く視線を周囲へと巡らせている。
と、そのときだった。
「あれは──! ソフィア様、前方にモンスターの大群です! こちらに向かってきます!」
騎士の一人が、そう報告をした。
その両目には、スキルの輝きが宿っている。
吹雪で視界が遮られており、俺たちの目にはまだ、モンスターらしき姿は映らない。
ソフィアさんが言っていた視力強化系スキルの持ち主なのだろう。
「具体的な数は分かりますか」
「そ、それが……数十体以上、おそらくは百体を超える規模のモンスターの群れが、整然と歩みを進めているのです」
ソフィアさんに向けた報告を耳にして、周囲の覚醒者たちが騒めいた。
加えて報告者は、さらなる情報を付け加える。
「それに……群れの中には、ドラゴンや巨人と思しき姿も」
覚醒者たちの騒めきは、いや増すこととなった。
ソフィアさんは額に汗を浮かべつつ、報告者に問う。
「距離は。モンスターの種別と数も分かる限り詳しく。『氷の女王』はいますか」
「あと数十秒で戦闘距離に入るかと。ドラゴンと巨人は一体ずつ、ほかの大多数はフロストウルフ、イエティ、フロストスカルと思われます。『氷の女王』らしき姿は見当たりませんが、軍勢に紛れているかもしれません」
「分かりました。──総員、戦闘準備を! 私たちがここで食い止めなければ、モンスターの群れはレゼリアに向かうかもしれません! ここで撃退します!」
凛としたソフィアさんの声。
百人ほどの覚醒者たちが一斉に武器を手にして、戦闘態勢を整えていく。
ソフィアさんの言うとおり、ここで俺たちがモンスターの軍勢を迂回して戦闘を回避できたとしても、その場合はレゼリアが標的になる可能性が想定できる。
むしろモンスターの軍勢は、レゼリアを目標として進軍していた可能性もある。
そこにたまたま俺たちがぶつかったのかもしれない。
かつて「氷の女王」が現れたときも、モンスターの大群が都市や村を襲ったという。
どういう力が働いて、モンスターの軍勢が人里へと向かうのかは分からない。
だがこの事象に「氷の女王」が無関係であるとも考えづらい。
問題は、目前に迫ったモンスターの群れの中に、「氷の女王」本体が混ざっているかどうかだが──
ボスモンスターには拠点でふんぞり返っていてほしいものだが、フェンリルだって人里に現れたのだ、どうだかは分からない。
「頼むぜ、英雄さんたち。大物相手になりゃあ、お前さんたちが頼りなんだ」
弓に矢を番える姿勢で前方を見据えているのは、荒くれ傭兵団のリーダー、ヴィダルだ。
彼の前には、傭兵団の荒くれ者たちが、思い思いの武器を手に敵を待ち構えていた。
俺はいくつかの塊になった覚醒者たちに、順に【エリアプロテクション】をかけながら答える。
「英雄はやめてください。それにヴィダルさんたちだって、戦力になるからここにいるんでしょう」
「まあな。露払いぐらいの仕事はするぜ」
「助かりますね。大物と戦うときに、先に雑魚から潰していかないといけないの、結構大きなロスなんですよ」
「フロストウルフやイエティなんてのは普通、雑魚とは呼ばねぇんだけどな」
「傭兵団の団員はともかく、ヴィダルさんにとっては雑魚なのでは」
「あいつら【アローレイン】一発で落ちねぇんだよ」
「なるほど。でも今日は、一発で落とせるかもしれませんよ」
「あん? ──ああ、そういうことか」
ヴィダルの大弓に、炎の力が宿る。
傭兵団全員を対象に、【エリアファイアウェポン】が行使されたのだ。
それを行使した当人は、俺の隣にいた。
「さあ、武器は強化してやったから、キリキリ働くといいっすよ。──先輩、『氷の女王』、いるっすかね?」
「さあな。対面してみれば、プレッシャーで分かるだろ」
「ま、そっすね」
「──大地くん、火垂ちゃん、来るよ!」
そんな風音の声より、少しばかり後。
吹雪の向こうから、数多のモンスターが姿を現した。
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