第400話 フェンリルとの戦い(1)
フェンリルが都市レゼリアに到着するまでに、集められるだけの戦力をかき集めた。
ソフィアさんら王都からの討伐部隊本隊はやはり間に合わず、そこにあるだけの戦力でフェンリルに挑むことになった。
俺たち三人と一体のほかには、衛兵が八人、冒険者が二パーティ八人。
参戦する衛兵と冒険者はすべて25レベル。
総勢十九人と一体だ。
参戦を決めた冒険者たちは、
「俺はこのレゼリアの街が好きなんでね」
「私にとって、ここは守るべき故郷よ」
「勝てる見込みはあるんだろ。なら是非もない」
といった具合だった。
もちろん街から仕事の報酬は出る前提だが。
また衛兵たちは、そもそも参戦しないという選択肢を、あまり想定していないようだった。
「ゆかりもないあんたたちが命を賭けて戦ってくれるのに、俺たちが逃げるわけにいかないだろ」
「こういうときにきっちり働かねぇと、タダ飯食らいになっちまうからな」
と、そんな調子だった。
なお【遠見】スキル持ちの衛兵は、感極まった様子で感謝の言葉を述べつつ、俺たちに向かって深々と頭を下げた。
俺は「喜ぶのは勝ってからにしましょう」と返して、彼に頭を上げさせた。
我ながら偉そうだなと思い、ちょっと恥ずかしくなったが。
なお、俺たち以外の十六人の戦力構成は──
治癒魔法を含む土属性・水属性の魔法を得意とする者が計四人。
火属性・風属性の魔法を得意とする攻撃魔法使いが計三人。
弓の扱いを得意とする者が二人。
剣や斧、槍などを用いた近接戦闘を得意とする者が計七人だ。
俺たちは都市レゼリアの北門を出て、街道でフェンリルを待ち構えた。
フェンリルにとっては、レゼリアの市壁など障害にもならないため、防御設備としての役割を果たせない。
むしろ俺たちにとって足かせになってしまう可能性も想定できたため、打って出ることにしたのだ。
緊張とともに待ち構えていると、やがてフェンリルが、悠然とやってきた。
ここは自分の散歩コースだとばかりに、我が物顔で歩いてくる。
一歩の歩幅が大きいから、ゆっくり歩いているように見えても、意外に接近が早い。
俺たちは全員、一ヶ所に密集していた。
ブレス攻撃の被害範囲を減らすなら散開する必要があるのだが、今はこの位置だ。
これから行使する魔法の効果を最大化するためである。
俺、風音、弓月の三人が、タイミングを見計らって魔法を発動する。
「【エリアプロテクション】!」
「【エリアクイックネス】!」
「【エリアファイアウェポン】!」
その場にいた十九人と一体すべてに魔力の輝きが宿り、補助魔法が効果を示す。
魔法による防壁と速度強化がかかり、加えて各自の武器には燃え盛る炎が宿った。
「散開!」
俺の掛け声で、総員が散らばる。
魔法を扱う者は精神集中を始め、弓を扱う者は矢をつがえ、近接戦闘要員は今か今かと時を待ちわびた。
もうすぐ接触のとき。
悠然と歩いていたフェンリルが、俺たちの遠隔攻撃射程の少し先まで来たところで、速度をあげた。
それまでのゆっくりとした歩みが嘘であったかのように、猛然と突進してくる。
フェンリルの物理的な大きさは、ヤマタノオロチほどではない。
それでも、そんじょそこらの住居より大きい代物が突進してくる様は、恐ろしいまでの迫力がある。
伝わってくる圧の強さは、ヤマタノオロチと同等程度。
俺たちのレベルも上がっているせいか。
フェンリルが、俺たちの遠隔攻撃射程の範囲に入った。
一斉に攻撃が放たれる。
「いけっ、【トライファイア】!」
「「【フレイムランス】!」」
「【ウィンドスラッシュ】!」
「「【ハードショット】!」」
弓月を含む、遠隔攻撃を得意とする覚醒者たちによる一斉攻撃。
小火球と炎の槍、風の刃、火矢といった遠隔攻撃のラッシュが、伝説の魔狼の巨体へと殺到する。
ほぼ同時に、フェンリルが跳躍した。
それまでまっすぐに駆けてきていたところ、斜め前方への予想外の動き。
その回避行動により、弓矢による攻撃のうち一つが、狙いを外して空を切った。
だがもう一矢と、追尾軌道を持つ魔法攻撃のすべては、魔狼の巨体に直撃した。
フェンリルの体にいくつかの傷がつき、黒い靄が薄くあふれ出る。
「残り1926っす!」
【モンスター鑑定】を持った弓月から、フェンリルの残りHPが報告される。
フェンリルの最大HPは2400。
交戦開始前段階で受けていたダメージはなく、現在HPが最大値であったことは確認している。
都市トゥラムでの交戦時にもいくらかのダメージは受けたはずだが、その成果はもう残っていないらしい。
しかし裏を返せば、俺たちの最初の遠隔攻撃で、かなりのHPが削れたことを意味する。
大部分、弓月の力だろうが、ほかの攻撃も多少のダメージを与えている節がある。
弓月の【トライファイア】に、【エリアファイアウェポン】の効果を受けた弓矢攻撃、火属性魔法の使い手たちによる【フレイムランス】。
やはり火属性弱点のフェンリルには、火属性攻撃がかなりの威力を発揮するものと見える。
当たり前のことではあるが、それは確かな勝算として働く。
何よりヤマタノオロチと違って、秒単位での再生能力がない。
これなら──
「グリフ!」
「クアーッ!」
俺は遠隔攻撃が放たれるとほぼ同時に、従魔に指示を出し、騎乗状態で宙へと飛び上がっていた。
従魔を駆り、強大な魔狼へと立ち向かう。
近接戦闘を得意とする覚醒者たちも、魔法の炎をまとった思い思いの武器を手に、雄叫びをあげてフェンリルに向かって駆けていた。
さらに風音が俺とは逆サイドから、フェンリルに向かって駆けていた。
その疾走速度は尋常ではなく、一人突出している。
無論、俺と風音の武器にも【エリアファイアウェポン】による炎が宿っているし、グリフの爪やくちばしも同様だ。
30万ポイントのボスモンスターだろうが、弓月の魔力による弱点属性の威力付与がかかった武器で一斉攻撃すれば、かなりの打撃を与えられるはず──
だがそのとき、フェンリルが一度、足を止めた。
大きく息を吸い込む仕草。
巨大狼の口の中に、エネルギーの奔流が生まれ──
次の瞬間、輝くような冷気を含んだ、激しい吐息攻撃が放たれた。