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第393話 ヴィダルの狙い

「それでは──始め!」


 審判役のお姫様が、戦闘開始の合図を告げた。


 ヴィダルは大弓に矢をつがえ、弦を引き絞りながら、三人の若者たちの頭上へと照準する。


(さて、お手並み拝見といくか)


 腕から弓矢にスキルの輝きを渡らせながら、ヴィダルはニヤリと口の端を吊り上げる。


 彼にとってこの戦いは、あの三人の若き冒険者の実力を見極めるためのものだ。


 初見であの三人全員が、限界突破していることは分かった。

 そしておそらくは、ヴィダルと同程度か、それ以上のレベルを持っているのであろうとも感じていた。


 だが戦いの実力は、レベルだけですべてが決まるわけではない。

 レベルはきわめて重要な要素だが、スキルや装備や能力値のバランス、戦い方なども総合的な強さを大きく左右する要素になる。


(俺たちに勝てねぇ程度の凡骨なら、そうあてにはできねぇからな)


 ヴィダルは都市トゥラムでフェンリルを間近に見て、その「圧」の強さを嫌というほど感じ取った。

 生半可な戦力であれに挑むのは、むざむざ死にに行くようなものだ。


 ヴィダルの漠然とした直感では、25レベルの熟練覚醒者が百人もいれば、あの規格外のバケモノを相手にしても互角程度かそれ以上に戦えるのではないかと思えた。


 しかしその直感も、完全ではない。

 測り違えているかもしれないし、能力の相性や戦いの流れなどによっても、結果は大きく変わってくる。


 およそ百人という戦力でアレに挑んでも、彼自身と彼が率いる傭兵団の全員が、生還できる保証はない。

 それなりに高い報酬をもらわなければ、リスクとリターンの釣り合いが取れない──それがヴィダルの当初の見立てであった。


 だがそこに、ヴィダルにとって想定外の存在が現れた。

 それがあの三人の冒険者だ。


 ヴィダルの直感に基づくバランス感覚が、あの三人の登場によって大きく傾いた。

 ああ、こいつらも討伐に参加するなら、ずいぶんリスクが下がるなと。


 あるいは、あの三人だけでも勝利があり得るのではないか──そのようにすら感じてしまうほどだ。

 それほどまでに、あの三人から感じる力は圧倒的だった。


 だがそれも、すべてヴィダルの漠然とした直感に過ぎず、確実ではない。

 もっと判断材料が欲しい。


 さらに言うならば、ヴィダルは団員たちの手前、引っ込みがつかなくなっていたこともあった。


 あいつらはバカだから──これはヴィダルにとって、愛すべきバカという意味だが──あの三人の強さがどれほどか、自分の身で味わってみないと分からないだろう。


 この戦いは、団員たちの納得を得るための儀式でもあった。

 お前らの強さを、うちのやつらに示してみせろ──それがヴィダルのもう一つの狙いだ。


「悪いが坊主たち、固まったままじゃいい的だぜ──【アローレイン】!」


 ヴィダルは大弓から、鋭く矢を放つ。

 スキルの輝きを宿した矢が、三人の若き冒険者たちの頭上めがけて飛んだ。


「それはお互い様っすよ──【エクスプロージョン】!」


 ほぼ同時、魔導士姿の童顔娘が、火属性の魔法攻撃を放ってきた。


 魔導士娘が放った火球は、彼女らに向かっていった傭兵団の前衛を素通りし、ヴィダルらがいる後衛に向けて飛来する。


(火属性魔法の使い手か。あの氷狼相手には都合がいいが──)


 今はヴィダルらが、その威力を味わうときだ。

 飛来した火球は、ヴィダルの足元の地面に着弾すると、激しい爆炎を巻き起こした。


 ヴィダルも敏捷力には自信があるほうだが、それでも回避は到底かなわない。

 彼の周囲にいた四人の団員ともども、紅蓮の爆炎に巻き込まれた。


「ぐっ……!」


 ヴィダルの身に、途方もない威力の衝撃と炎が襲い掛かった。


 彼は過去にファイアドラゴンの討伐に挑んだこともあるが、そのとき竜が吐いてきた灼熱の炎ですら、これには到底及ばないと思えるほどの凄まじい威力。


 それでもヴィダルは、ただちに戦闘不能に陥るや否やのダメージを負うわけではない。

 爆炎がやんだとき、それなりの大ダメージは受けていたが、そこまでだ。


 だが彼の周囲にいた四人の傭兵たちは、それでは済まなかった。


『ぐぁああああっ!』


 三人の傭兵が、どさどさと地面に倒れた。

 残る一人も、地面にがくりと片膝をついて、今にも倒れそうな様子だ。


「……おいおい、こちとら全員が『抗魔の指輪』を装備してるんだがな」


 ヴィダルは思わず苦笑する。

 戦術も何も通用しない、すべてをねじ伏せる圧倒的な破壊力。


 だが当の魔導士娘は、不満そうな声をあげる。


「あーっ! 一人残ったっすよ!」


 おそらく「限界突破しているヴィダル以外にも一人」という意味だろう。


 ヴィダルが率いる傭兵団のメンバーは、その全員が25レベルに達している熟練の覚醒者だ。

 それを相手に、この言い様である。


「チッ、そういう世界を見てるってことかよ」


 ヴィダルは二の矢をつがえながら、相手方の被害状況を確認する。

 残る二人──甲冑の青年と黒ずくめ女は、初手は補助魔法を行使したようだが。


「風音、弓月、大丈夫か」

「半分はよけたし、どうにかかな。でもHP半分近く持っていかれたかも」

「うちもちょっと痛いっす。あと三、四発同じのもらったらヤバい感じっす」


 それなりのダメージを負ってはいるようだが、今すぐ戦闘不能に陥るや否やという状態には見えなかった。


 ヴィダルが放った弓系の攻撃スキル【アローレイン】は、放った矢が相手の頭上でスキルの力によって「分裂」し、それが雨のように降り注いで範囲内の全対象にダメージを与える効果を持つ。


 威力は通常攻撃と変わらない。

 だがヴィダルの攻撃力と掛け合わされば、オーガやサーベルタイガー、フレイムスカルやグールといった中堅クラスのモンスターの群れを一発で全滅させるほどの破壊力となる。


 それに加えて、彼の周囲にいた四人の魔法部隊は、黒ずくめ女に向けて攻撃魔法の集中砲火を行なっていた。


 まずは物理防御力も魔法防御力も低そうなあの女を狙って倒し、次は魔導士娘、最後に頑丈そうな甲冑の青年を潰そうという算段だったのだ。


 だが集中砲火を受けたあの黒ずくめ女ですら、まだピンピンしている有り様だ。

 見たところ虚勢を張っているようにも見えない。


 だいたい「半分はよけた」と言うが、魔法攻撃は通常、回避がきわめて困難であるはずなのだが。


「くそっ、しぶてぇやつらだ!」

「だがよ、この人数差だ。囲んで叩くぞ!」


 そんな三人の冒険者のもとに、近接武器を手にした傭兵団の前衛部隊が殺到する。

 その数、十人。


「風音、悪いが予定どおり、前衛いけるか」

「ま、なんとかなるでしょ。お姉ちゃん頑張っちゃう」

「でもこれだけいると、さすがにうちも巻き込まれそうっすよ」


 槍と盾を構えた甲冑の青年と、両手に短剣を持った黒ずくめ女が前に出て、魔導士姿の娘が後ろに下がる。

 二人が前衛、一人が後衛のフォーメーションらしい。


「へへっ、その服を切り刻んで、真っ裸にしてやるぜ!」

「キェーッ!」


 傭兵たちが剣や斧、槍などの武器を振り下ろし、あるいは突き出す。

 幾重もの刃が、冒険者たちに向かって一斉に襲い掛かった。


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