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朝起きたら探索者《シーカー》になっていたのでダンジョンに潜ってみる 〜1レベルから始める地道なレベルアップ〜  作者: いかぽん


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第382話 氷狼

「……おいおい、なんだありゃあ」


 アニキと呼ばれた男が、店を出て周囲を見回してから、最初に発したのはそんな言葉だった。


 彼が視線を向ける先には、驚くほど大きな、獣のような姿があった。


 スノーウルフという、オオカミの姿をしたモンスターに似ている。

 雪色の毛並みを持ったその姿は、どこか気高い美しさのようなものすら感じさせる。


 だが通常のスノーウルフであれば、その大きさは馬と同格程度だ。

 それでも一般の狼と比べるとはるかに大きいのだが、傭兵団の荒くれ者たちの視線の先にいるモンスターは、その比ではなく巨大だった。


 四つ足を地に着けてなお、その体高は二階建て住居の屋根よりも高く、体長に至っては十メートルをもゆうに超えるのではないか。

 まるでドラゴンを彷彿とさせるような──あるいは、それよりもなお巨大であるかもしれないほどの威容。


 そんな巨大モンスターが、なぜか都市の内部に現れていたのだ。

 あちこちの住居は打ち砕かれ、人々は恐怖と混乱に見舞われ逃げ惑っている。


 アニキと呼ばれた男──彼が率いる傭兵部隊“迅雷の鉄槌団”の団長ヴィダルは、ふと思う。

 ああ、あのでかさのバケモノなら、この都市を囲う市壁を跳び越えるのもわけねぇか──と。


 ヴィダルたちが今いる場所から、モンスターまでの距離はまだ遠い。

 だがあの怪物がその気になれば、ヴィダルたちを殺すため目の前までやってくるのに、数十秒もあれば十分だろう。


 それに何より、これだけ距離が離れているというのに伝わってくる、あのモンスターのプレッシャーだ。

 ヴィダルの額から、一筋の汗が流れる。


「冗談じゃねぇぞ。何だあのバケモノは」


 ヴィダルは「限界突破」をしている、稀有な覚醒者だ。

 熟練冒険者や騎士などと比べても、数段上の力を持つと自負している。

 その他を圧倒する力ゆえに、傭兵団の団員たちからも怖れられ、慕われているのだ。


 だがそんなヴィダルをして、かの巨大オオカミの強さは、途方もないと感じられた。


「なんであんなモンスターが、街ん中に」


「ア、アニキ、どうします?」


 ヴィダルが従える“迅雷の鉄槌団”の面々も、都市の中に入り込んだ規格外のバケモノを目の当たりにして、うろたえていた。


 ヴィダルはわずかに思案しただけで、すぐに答えを出した。


「ズラかるぞ。あんなのとやり合っていたら、命がいくらあっても足りやしねぇ」


「へ、へい、アニキ!」


「アニキじゃねぇ、団長と呼べ」


 街を破壊し、人々を虐殺して回る怪物。

 爪や牙で人間や建物を引き裂き、口から吐く氷のブレスであたり一面を凍りつかせる。

 そいつは少しずつだが、ヴィダルたちのほうに向かってきていた。


 のんびりしていたら餌食になる。

 ヴィダルは団員たちに、出立の準備を急ぐよう伝えた。


 そのとき、街の衛兵らしき男が、ヴィダルたちの姿を認めて駆け寄ってきた。


「おいお前たち、覚醒者だな。手伝ってくれ」


「ああ?」


「俺たち衛兵だけじゃ、あの怪物を倒すのは難しい。手を貸してくれ。報酬は俺の責任で必ず何とかする。非常事態なんだ」


 衛兵はヴィダルたち傭兵団の面々を見回して、必死な様子で頼み込んできた。

 それに対してヴィダルは、問いで返す。


「この都市の衛兵の数、それに冒険者の数はどれだけいる。ひよっこは含めるな。熟練の覚醒者の数だけ教えろ」


「正確な数は分からないが、お前たちも含めて三、四十人といったところだろう。頼む、一刻を争う。今こうしている間にも、力なき市民が命を落としているのは分かるだろう。時間がないんだ」


 その言葉を聞いたヴィダルは、鼻で笑った。

 そして次には、こう言い切った。


「金貨で10万だな」


「は……?」


「うちの野郎どもに一人あたま金貨5千、俺には3万、合計で10万だ。この額が出せるなら考えてやるよ」


 それを聞いた衛兵は最初、あっけにとられた様子を見せた。

 だがすぐに我に返り、彼は激昂した。


「ふ、ふざけるな! Aランク冒険者への依頼相場の百倍以上だと!? 足元を見るのも大概にしろ! そんな戯言を言っていられる場合でないことは分かるだろう。力なき市民が、今も虐殺され続けているんだぞ!?」


「ハッ、んなことは俺たちの知ったことじゃねぇ。『力なき市民』とやらを守るのはテメェらの仕事だろうが」


「なっ……!?」


「報酬が出せねぇなら、話は終わりだ。じゃあな」


「お、おい、どうする気だ。まさか逃げる気なのか」


「俺たちもその『力なき市民』の一員ってことだ。せいぜい逃げ惑うさ」


「くっ……この人でなしどもめ! 腰抜け(チキン)野郎が!」


 顔を真っ赤にした衛兵は、捨て台詞を吐いてから、怪物のほうへと向かって駆けていった。

 それを見送るヴィダルは、顔をしかめつつ頭を掻いた。


 一方では、酒場から出てきた団員が、ヴィダルに伝える。


「アニキ、動く準備は整いやしたぜ」


「よし。んじゃあ酒は名残惜しいが、動くとするか。もたもたしてると、あの怪物の餌食になっちまう」


「ちょ、ちょいと、あんたたち」


 団員たちの後から、酒場の女将が出てきた。

 マスターと、ウェイトレスの少女も後について出てくる。


「あ、あんたたち、どこに行くつもりだい。いったいどうなっちまうんだよ。あ、あれは──あんたたち覚醒者が、倒してくれるんじゃないのかい!?」


 遠方で暴れている巨大な魔獣を指さして、女将が言う。

 ヴィダルは大きくため息をついた。


「そういうのは、この街の衛兵にでも言ってくれ。連中はアレに勝てるつもりでいるらしいしな」


「あんたたちは戦ってくれないのかい」


「ああ、俺たちは撤収する。一応忠告しておいてやるが、命が惜しけりゃ、あんたらもさっさと逃げたほうがいいぜ。この街はもう終わりだ」


「に、逃げるったって、そんないきなり。だいたいあんたたち、飲みの代金は」


「これから死ぬやつらに金払ってもしょうがねぇだろうが。今すぐ逃げるなら俺らについてこい。飲み代は道中の護衛代でチャラだ」


「そ、そんな……」


 女将はその場にへたり込んでしまう。

 マスターは難しい顔をしており、ウェイトレスの少女は大泣きを始めた。


 だがそんなとき──怪物が暴れている方角から、砕かれ弾き飛ばされた住居の瓦礫が、放物線を描き飛んできた。

 瓦礫が向かう先は、へたり込んだ女将たちがいる場所だ。


「チッ……!」


 ヴィダルはとっさに女将たちの前に立ちふさがり、両腕を交差させて瓦礫を受け止めた。

 瓦礫は二つに砕けて近くの地面に転がる。


 ヴィダルの腕と額から、だらりと血を流れる。

 致命傷ではないが、小さくはない負傷。


「今ので護衛代、金貨三枚追加だ。一緒に来るなら早くしろ。もう時間がねぇ」


「な、あっ……こ、このっ、金の亡者!」


「なんとでも言え。来ないなら俺たちは行く」


「ま、待っておくれよ。行くよ。すぐに準備してくるから」


 女将は酒場に駆け込んでいった。

 一方、ずっと難しい顔をしていたマスターは、ヴィダルに向かってこう口を開く。


「すまない、恩に着る。道中の護衛を頼む」


「承った。俺が言うのもなんだが、力がねぇ男ってのは大変だな。守りたいものを守るにも、気に食わんやつに頭を下げなきゃならねぇ」


「…………」


「あー、すまん。口が滑った。今のは無しにしてくれ」


 ヴィダルは諸手をあげて、酒場のマスターに謝った。


 その後、出立の準備を手早く整えた酒場のマスターと女将を連れて、ヴィダルが率いる“迅雷の鉄槌団”は都市トゥラムを出た。


 その際には、ウェイトレスの少女とその家族などいくらかの人々も着のみ着のままついてきていたが、その数は都市の住民すべてに対して、ごく一部に過ぎなかった。



 ***



 他方。都市トゥラムの北方に広がる、雪原地帯の奥地。

 猛吹雪に覆われた、人が滅多に訪れることのないその地には、「氷の城」と呼ぶべき巨大な建造物があった。


 アイスキャッスル──人々からはそう呼ばれている。


 それを建造物と呼ぶのも、事実と異なるかもしれない。

 いつ誰が造ったとも知れないそれは、過去の英雄たちの報告によれば、「ダンジョン」にも似たものだともされている。


 そのアイスキャッスルの心臓部。

 城の謁見の間を模したようでいて、通常はあり得ないようなその広大な空間の奥には、氷の玉座に腰掛けた一人の美女がいた。


 否。人であろうはずもない。

 雪のような白い肌に、氷のような透き通った髪。

 薄氷で作られたかのようなドレスを身にまとい、悠然と玉座にもたれかかっている。


 彼女の周囲には、大小さまざまな、数多のモンスターの姿。

 氷の女王は、モンスターの群れの中にあって、薄く笑っていた。


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― 新着の感想 ―
そうなんだよなぁ。守るのは衛兵の仕事であって、力があるから守らなきゃいけない訳じゃないもんなぁ。 金に値する何かがなければ、助ける義理も無ければねぇ。
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